第5話井藤砦5

 その間、足軽衆のい中でも身軽な者数人で斥候をたてていた。

 その中でもぐんをぬき小男で背中の丸まった「マシラ」と呼ばれている男が、渋い表情で休息地に戻ってきた。

「こりゃなかなか厄介な形をしとる山でゲスぜ」

 マシラは薄笑いを浮かべたような顔で言う。「厄介とはどういうことじゃ」

 甲四郎は険しい表情で返すと、額の汗を拭った。

「砦のある山がこう・・・ありやょ・・・」

 マシラは枝で地面に丘の形状を簡単に描いて見せた。

「この山が切れて谷になっとる所をアシらは登って来て、今、ココでげさぁね」

 マシラは崖の頂上付近を枝先でつついて見せてから。

「アシらはこのストンと落ちてる所を登りきれば砦の東側と地続きになってると思って登ってきやしたが、ココとココは」

 とマシラは崖の山頂と砦の東端を突き、その間に湾曲した窪みを書き足した。

「このように、繋がってねぇでゲスよ、アシらが遠くから見ていたココは、木が茂って一つに見えたって寸法で・・・」

「ではそこまで下りて砦を目指す」

「その考えはどうでゲショ・・・」

 マシラは地面に描かれた砦の東側を指し、丘の窪みのぎりぎりの所に砦の東の見張り台があり、そこから東側に取り付くにはまず、誰かが見張り台に攻撃を仕掛け、そのすきに砦に侵入しないと難しいだろうと説明した。

「栗原様、よろしいでしょうか」

 甲四郎のすぐ後ろでマシラの描いた「図解」をクソ真面目に見ていた加藤甚六がゆっくりと前に進み出た。

「私がこの崖の頂上まで行き、そこから見張り台を弓で狙います故、その間に甲四郎様は皆を連れ、砦をお獲り下さい」

 甚六はそれだけ言うと身を引き、小声で「弓の腕には多少自信があります故」と付け加えた。

 甲四郎は軽く頷き、足軽大将に「行くぞ」と小さく言い、立ち上がった。



 一方三郎兵衛は、無数の矢が降り注ぐ中、砦を見上げ応戦していた。

 踏みとどまり応戦するはずではあったが、人の心理として、自然と砦との距離がつまって来ている。

 戦の興奮状態にあるため、三郎兵衛が冷静に敵との距離を調整しているのだが、それでも敵の矢が時折「薪枝」を貫くまで、兵が前進することを止めることが出来ない。


「とまれ!後退せよ」

 三郎兵衛が叫んでも、雑兵は

一時的止まっては前進を繰り返し、雑兵の興奮を止めることは困難を極めた。

 貫いた矢は「薪枝」を持っている者すら貫くようになり、傷つき斃れた者を引きずり下ろし、その後ろの者が薪枝を担ぐ。

 兵達が修羅の塊となり、叫び吠え斃れて行く。

「さがれ!この場で耐えるのだ!」

 すでに戦の熱に犯された者どもに三郎兵衛の指示が届く事はなく、雑兵等の前進はつづく。

 三郎兵衛もその熱気の渦に?まれ、砦の門まで僅かの所まで接近していた。

 このままでは門を突破出来ても、数で劣る三郎兵衛達の損害が増えるばかりである。

 三郎兵衛は降り注ぐ矢玉の中、思いを巡らせた。

 すると、砦内から放出される熱量が明らかに低下した。

 砦から放たれる矢や投石の数は減り、敵兵の怒号も消え、時折逃げ惑う者達の叫びが聞こえてきた。

「やりおったな、甲四郎」

 三郎兵衛は、皺の深く刻まれた顔に微笑みを浮かべ、隊列の後方に控えていた大男に向かって叫んだ。

「斧と木槌!前へ!門を壊せ!」

 三郎兵衛の声に応え、人の背丈ほどあろうかという大斧と大木槌を担いだ男が数人ノソノソと前進してくる。

 大男等は砦の門に辿り着くと、斧をもった男が門に亀裂を入れ、その周辺を木槌の男が叩く、それを三度ほど繰り返すと門に大穴が開き、その穴から一人が手を突っ込み、閂を取り外す。

 もうそうなってしまえば、三郎兵衛の一団は雪崩を打つように砦内に入り込み、占領するのみである。

 砦を守る敵は戦闘経験のほとんど無い寄せ集め、それに対し三郎兵衛達は二百数十人の少人数であるが、歴戦の強者と戦闘慣れした足軽の集団である。

 砦側の意気消沈ぶりは明らかで、三郎兵衛らが雪崩れ込んで来たときには、ほとんどの兵士が降参の意思を示してくるほどであった。

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