第20話 モテない男の休日の昼


 マジか...。


 「ふふ、どうでしょうか。お口に合いますか?」

 「今まで食べてきたカレー至上、一番おいしいです」

 「もう、大袈裟すぎますよ」


 まさか俺の人生にこんなことが起こるなんて...。


 一体誰が想像できただろうか、いや、想像できるわけがない。

 

 俺、進藤 力也。30歳。

 今、生まれて初めて、異性の家にお邪魔しています...。


 それも、あの高崎さんの自宅に...。


 そして何だ。このナチュラルテイストで優しい雰囲気や温かい印象を感じる明るいお洒落な部屋は...。


 これが女性の自宅...。


 「足、楽にしてくださいね」

 「はい。ありがとうございます。でも正座は割と自分の基本姿勢なので問題なしです」


 そして、今、俺はお洒落なローテーブルを挟んでこの家の主、高崎さんと昼食中。


 もちろん、ここにいるのは俺と高崎さん。二人きり。


 やばい。やばすぎて息の仕方さえ忘れそうになる。

 本当に何だ...。相手が俺であるにも関わらず、そのあいかわらずの愛嬌全開の可愛すぎる笑顔は...。


 「......」


 そしてこの俺が、天気のいい休日のお昼に、美女の自宅に上がらせてもらって食事をいただく。


 夢でも本来、見る事のできないであろう夢だ。

 もう、自分で何を言っているかはわからないが、もうすぐ天からの迎えが来るに違いない。


 長い人生の間で一人の人間が享受する幸せと不幸の総量は同じだと言うし...


 おそらく、俺は来週あたりにこの世界から消えるのだろう。


 そして、そんな俺に神が最後のボーナスステージとして、一生分の幸せを今、味あわせてくれているに違いない。


 でないと、この現象に説明がつかないから。


 ほんと、母親以外の女性が作った料理が食べれるなんて、それも高崎さんが作った手料理が食べれるなんて。

 

 こんなの冥途の土産でしかないだろう。


 「.....」


 でも、そうだ。


 忘れていたし、もう遅いのかもしれないが一応、トラブル回避のために念のために聞いておかないといけない。


 「すみません。失礼な質問だと思うんですけど、ちなみに高崎さんは彼氏さんとかは...」


 そう。いないとは会社の噂で知っているが、あくまで噂。


 俺のことを男として見ていないから家にあげただけで、実は相手がいるなんて可能性も普通に彼女の場合はなくはないからな...。


 もしいたら、大問題だ。すぐに退却しなければならない。

 

 「え、あ、彼氏ですか? 残念ながらいないです」

 「いやー、本当にもったいないです。引手数多でしょうに、いらない感じですか?」


 そう。まさに引く手数多。会社にいるだけでもそれはわかる。よく色んな男からアプローチを受けているところも見てきたし...


 「.....」


 って、おい。


 何てデリカシーのない失礼な質問しているんだよ、俺。


 そんなの俺には関係ないこと、余計なお世話すぎることだろう。バカかよ。いや、バカすぎるだろ。


 やばい。この空間にいることで頭のフィルターがぶっ壊れて。


 駄目だ。す、すぐに謝罪を


 「私ですか? そんなことないです。絶賛募集中です」


 実際、これはやばい。さっきまでの笑顔はいつの間にか真顔に。


 やってしまった...。


 「ちなみに進藤さんはどうなんですか? 彼女とか、いらないんですか?」

 

 そ、そして俺?


 「いや、俺はその...高崎さんとは違って、まあそもそもモテないんでそういうのは諦めたといいますか。ハハ、生涯独身ですから」


 そう。俺は生涯独身、進藤力也だ。


 「そっちの方がもったいないです。進藤さん...自分で気が付いていないだけで普通にモテてます」


 え?


 「誰からですか?」


 誰? 


 「え、あ、内緒です」


 内緒...。知っている。


 それはってこと。


 あまりにも薄すぎるお世辞は罪だよ。高崎さん。

 

 いや、今のはあからさまなお世辞にも関わらず、つい『誰からですか』なんて聞き返してしまった俺が明らかに悪いな...。


 なんか、そんな深刻な顔をさせてしまってすみません。


 悪かったのはさっきからずっと完全に俺でした。


 「......」


 ちょっと、何とかして雰囲気を元に戻したい...。


 「あ、あの」

 「でも、本当に美味しいです。このカレー。俺、恥ずかしながら親以外が作ったご飯とか食べたことなかったので感動です」


 そして、これは本心だし、本当のこと。

 って、今、何か彼女は喋ろうとしていた? もしかして言葉をかぶせてしまった?いや、気のせい?と言うか、今の俺の言葉、割と普通にキモくなかったか?


 やばい。もうマジで色々とわからない。混乱。


 「わ、私も家族以外に料理を作ったのは進藤さんが初めてです...」


 そして、やはり駄目。真顔...。

 彼女にさっきまでの笑顔が戻らない...。

 

 というか、この状況に頭が真っ白すぎて、もう自分が何を喋っているのか完全にわかっていない。彼女の言葉もいまいち理解せずに反射的に言葉を返している状況。


 言うならば身体がもう宙に浮いている状態。


 そう。冗談抜きで会社の面接なんて比にもならないぐらいに緊張している自分がいる。

 情けなさすぎるが、間違いなく、人生至上一番の緊張と混乱。


 やっぱり駄目だ。もう何を喋ればいいかもわからないから、退却だ。

 と言うか心臓がもたない。


 「でも、本当に美味しくてもうなくなっちゃいました。あんまり長居するのも申し訳ないので俺はそろそろ戻ります」

 「え、あ...はい」

 「あ、食器だけ洗います」

 「いえいえ、そんな大丈夫です。置いておいてください」

 「すみません...」


 残念ながら、この雰囲気は俺の実力ではもう戻せない...。


 「あ、でも本当に今日はありがとうございました。次はぜひこっちの家にも来てください。もうすぐ妹の家の猫を預かることになっているのでぜひ」


 やっぱり俺に美女の家は耐えられない。いや、美女じゃなくても耐えられない。

 耐性が皆無。


 「え、はい!ぜひ!」


 って、あれ。すごい笑顔?

 戻った?


 あれ? 俺、今、彼女になんて言った?


 ま、まぁ、とりあえず...退却

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