第18話 モテない男とスーパーマーケット


 到着。


 「へぇー、結構近くにスーパーがあるんですね。助かります!進藤さんもここにはよく来るんですか?」

 「はい。かなり来ます。安いんで」


 そう。今いるここは、俺がよく来るスーパーで間違いない...。

 間違いないんだけど...何かが違う。



 いや、違いすぎる...。



 別に、店名や店のレイアウトが変わったとか、商品の陳列棚が変わったとか、品揃えが大幅に変わったとか、そういうわけでは全くない。無論、先週と同じだ。


 そう。今いるこの店は何ら変哲もない、何もかもがいつも通りの、この地域にチェーン展開されている大型スーパーだ。


 店中に響き渡る本日のお買い得商品の店内アナウンスや、休日に子供連れの夫婦などが多いこの光景も、全くもっていつもの日曜日のここの光景でしかない。


 ないのだが...。


 隣に彼女がいるだけで...


 「......」



 そう。さんがいるだけで、こうも変わってしまうのか...。



 眩しい。眩しすぎるな...。

 きっと俺がバカなだけなのだろうが、何か、見えるもの全てが色々と違って見えすぎるというか、何というか...。


 と言うか、休日の朝に会社の同僚とスーパーって特殊すぎないか?

 だって、周りは本当にもう夫婦とかそういう類の人たちばかりと言うか...


 いや、彼女が俺の隣人になったこと自体、そもそもまだ現実感が...


 「そういえば、進藤さんはお昼は何にされるんですか?」


 そう。そうだった。本来は一人でウォーキングがてら、ブラブラと昼飯をいつもの様にここに調達に来る予定だったんだ。


 だったのだが...


 そうか。昼飯か。そうだな。白飯は家にあるから...


「そうですねー。カレーでも買おうかなと思ってます」


 もちろん、レトルトの。

 

 でも、本当に違和感しかない。

 すぐ隣で、買い物かごを片手に持った高崎さんが歩いているこの光景。


 「え? カレーですか?」

 「はい。カレーにしようかと。まあ、レトルトですけど」


 しかも、こんなに愛想よく、俺に笑顔で喋りかけてきてくれる休日仕様の私服姿の高崎さん。

 あらためてやばい。やばすぎるから本当に。

 

 「いいですね。カレー。私もお昼はカレーにしようかな。どうしよ」


 何だろう。俺、もうすぐ死ぬのかな...。


 あまりにも、夢よりも夢みたいな出来事が現在進行形で起こっている。


 ほんと、女性とこうやって休日にスーパーで買い物なんて、本来であれば俺なんかには一生訪れないイベントだから。それも相手がこの高崎さん。


 ただのスーパーが、誇張抜きで、隣に彼女がいるだけで遊園地以上の価値に...。


 「あ、見てください。進藤さん!玉ねぎもちょうど安いです」


 そして、もう駄目だ...。


 今だけ、今だけだから、いつも以上にバカになろう...。

 だって、こんな機会は正真正銘、俺なんかには一生に一回の今しかないのだから。


 そう。



 恐れ多すぎるが、高崎さんとしたら、こんな感じで幸せなのかな...なんて妄想をさせてもらおう。



 大丈夫。勘違いなんかはしないから。


 野球をしたことがない奴が、30歳から野球を始めてメジャーリーガーになれないことぐらいに、俺が彼女に釣り合っていないことは、わかりきったことなのだから。


 「あ、ニンジンも安い!ここ、いいですね!」


 でも、やっぱ可愛い。可愛すぎるな...。

 やっぱ、夢だろ。これ...。


 「えーっと。進藤さん...」


 って、やば。ちょっと妄想に浸りすぎたか。


 「あ、すみません。どうしました?」


 あと、今の俺の笑顔。ちょっと、いや、かなり気持ち悪かったか...。


 「......」


 すみません。現実に戻ってきました。気持ち悪い男罪で警察に自首します。

 

 「もし...」


 ん? もし?

 何だ...? 笑顔が消えた? 


 え、まじで高崎さんの機嫌を損ねてしまった系か? 俺。

 やばい。冗談抜きでやばいかも。


 の後に続く言葉って...もしかして


 『もし、勘違いされている様ならさきに言っておきますけど、進藤さんはただの同じ職場の人だと思っていますので。すみません』


 とか言われてしまう感じですか?


 いや、わかっている。そこは一番僕が弁えています。本当にすみません。

 最悪だ。おそらく妄想していることが顔に...


 本当に最悪すぎる。終わった。


 「もし、今日のお昼。本当に私もカレーにした場合、多分作りすぎて余っちゃうんですけど...よかったら進藤さんも食べますか?」

 

 え?


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