第17話 モテない男とモテすぎる隣人
あれから一晩明けて、日曜日。
今日も朝起きてから、ずっと未だに信じられない自分がいるし、実感が全く湧かないが...。
「......」
この俺の住むマンションの部屋の、壁の1枚向こうに、彼女は本当に住むことになったんだよな。
そう、色々といきなりすぎる上、こんなドラマみたいなことが本当にあるのかと思わざるを得ない状況でしかないが、まぎれもなく
あの高崎さんが
そう。昨日から俺の隣人に。
目が覚めて、あれは夢だったのではないかと思ってしまった瞬間もあったが、頭がクリアになってくるにつれ、あらためて昨日のことが現実であったことを俺は再認識。
そんなことを考えながらも、俺は日課の腕立て伏せを、今日もいつもの様にしているところなのだが、何だろう。
今まででこんなに身体が軽いと感じることがあっただろうか。
やばいな、俺。本当にやばい。
気持ちが悪いのは自分が一番わかっているが、完全に浮足立ってしまっている。
駄目だ。もしかするとこれが運命というやつなのではないかなどと思ってしまったら本当にもう終わりだぞ、俺。
そう。絶対に駄目だ。あとあと虚しく惨めな思いをしたくなければ、しっかりと思い出せ。あの時の現実を。俺のこれまでのしっかりと色々な意味で実績のある数々のモテないヒストリーを。
例えば...
中学時代、バレンタインに部活の皆に対してチョコを配っているはずの当時好きだった同級生の女の子から、何故か俺だけチョコがもらえなくて涙ながらに全力疾走で帰宅したあの時のことを。
他にも...
高校時代、好きだった女子から告白されたと思って舞い上がっていたら、罰ゲームで告白されているだけ。そして俺の返答が取り巻きの陽キャたちの賭けの対象になっているということがわかり、涙ながらにフッてやったあの時のことを。
そして...
大学時代、俺のことを結婚するなら絶対に進藤くんみたいな男の子がいいかなと飲み会で言ってくれていた子と、俺らしくもなく長い時間かけて奇跡的にものすごく仲良くなれて、いや、今となっては俺だけがそう思っていただけなのだが、結果としてその子に人生初めての告白をした結果、『本当にごめん。嘘ついてたけど...私、実は彼氏いるの。』と一言で撃沈させられたあの時の記憶を。
そう。その時の俺は色々と勘違いをして都合よく彼女にずっと使われていた哀れな道化だった。その後も彼氏のことで相談があってとか、その彼女の方から何度か連絡をとってこようとしてきた記憶があるが、そもそも異性と付き合ったことのない俺が相談に乗れるわけがないし、彼氏持ちの女性と二人で飯とか色々とおかしいし、もう都合よく使われるのはごめんだと連絡を絶った記憶がある。
とにもかくにもだ。そういうモテない男のエリート街道を歩いてきた俺が、今回も同じ過ちを犯してみろ。
もう取り返しのつかないことになる。
そう。いくら隣人になったとしてもだ。彼女は確実に俺の手の届く範囲にはいない女性。いずれ、ハイスペック完璧イケメンと結婚してここからもすぐに出ていくことになるであろう存在だ。
そんな中で自分を忘れてまた勘違いでもしてみろ、彼女がいなくなった後に俺の心に残るのは、今までにないレベルの空虚感であることは目にみえてわかっている。
だから、この脳が制御できなくなりそうな浮足立った状況は非常に危ないのだ。
よし、ちょっと冷静になるためにまた外を歩こう。
スーパーでの昼飯の調達もかねての軽いウォーキングだ。
そう。壁だ。理性に堤防を作って自分を制御しろ。今までもそうしてきただろうが。
そんなことを考えながら、運動用のシューズを履き俺は玄関を出る。
うん。今日も昨日と変わらず爽やかないい天気だ。
「あ、進藤さん。おはようございます!」
「え、あ、おはようございます」
って、まさかの音速エンカウント!?
そして玄関の掃除...中?
そう。すぐそこには、この晴れた天気よりも爽やかな笑顔を俺に向けてくる、今日から本格的に隣人となった女性。
高崎さんの姿...。
って、何だ。それ。
「.....」
し、私服。ラフだがめっちゃ可愛い...。その髪型も何だ。休日仕様? とりあえず...めっちゃ可愛いすぎない? て、天使? いや、本当に。
これが休日の朝の高崎...さん?
やばい。破壊力がやばい。やばすぎる。
本当にやばい。壁が、さっき強化した俺の心の堤防に、また新たなヒビが...。
修復だ。落ち着いてすぐに修復しろ、俺。
「ふふっ、どこか行かれるんですか?」
「えーっと、ちょっとスーパーに昼飯の調達に」
そう。メインの目的はあくまでウォーキングだが、実際にスーパーも行く。だから嘘ではない。
ちょっと、筋トレとかウォーキングをしていることは他人には知られたくないからな。何となくだが、そういうことをしていることを他人に知られるのは個人的に恥ずかしく思ってしまう。
「え!スーパーですか!」
「あ、はい」
近所のスーパーマーケット。
「もしよかったらなんですけど...」
「え、はい...。どうしました」
何だ...。どういうことだ。
本当に何だ。もじもじとその可愛すぎる上目遣いは...。
「私、ここら辺の土地勘まだ全然ないので、ご迷惑でなければ一緒について行かせてもらえたりなんて...」
「え、あ、はい。歩きなんですけど、それでも...いや、車でもどっちでも、はい。どっちでも」
やばい。何だこの状況。さっきからやばいとしか言ってないけど、やばいんだから仕方がないだろう。想定外の出来事がこの数瞬で次々と...。頭の整理がもう...。
つまり、俺はもう何も考えずに、とりあえず彼女に言葉を無意識に返すしかできない情けない状況というところ。
「やった!では道も覚えたいので歩きで一緒に行かせてください!」
あらためて、やばい。本当になんだこの状況。そして相変わらずのその最強の愛嬌のよさは。
俺、高崎さんと、休日に、二人で、朝から、一緒に。
ちょ、やばい、マジでやばい、やばすぎるから。壁が。心の堤防の修理が間に合わない。崩れる。崩れるから。
「じゃ、行きましょうか!今日は絶好のお散歩日和です!」
「はい」
あぁ...決壊。
一旦、修復は諦めます...。
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