第16話 モテない男といつも通りではない休日


 駄目だ。今の俺はどんな顔をしている。

 とりあえず今、間違いなく言えることが一つある。


 そう。一つ。


 それは今の俺が、誰がどう見ても自然体ではないということだ。


 当たり前だ。こんな状況では自然体という概念自体が吹き飛ぶぞ。

 あれ、呼吸ってどうやってするんだっけ。あれ?どうやって。


 「な、なんで進藤さんがここに!?」

 「い、いや、こっちのセリフ。な、何で高崎さんがここに...!?」


 そう。今、俺のマンションの部屋の玄関の前にいるのは高崎さんに似た人物ではない。


 何と言うか、もう似ている似ていないの次元ではなのだ。



 そう。声も顔も何もかもさん...なのだから。



 さすがにわかる。


 どこからどう見ても本人。本当に何でここに。


 そして今、その本人が、ただでさえ大きな目をさらに見開いて驚いた表情を目の前でしている状況。


 「......」


 嘘だろ...。いや、マジか。そんなこと、そんなことが本当に?


 これこそ...夢?


 「わ、私はここに引っ越してきて。ちょうど隣の人に挨拶をしようと...」

 「ここの家の人に挨拶?」

 「はい。ここの家の人に。昼間に訪れてもいなかったみたいなので...」

 「ここの家の人に...」

 「はい。ここの家の人に...」


 駄目だ。頭がうまくまわらない。

 ここの家の人...は間違いなく。そうだ。そうだよ。表札はかかってないけど俺だよ。俺じゃなきゃ誰だよ。しっかりしろ、俺。


 「ここの家の人」


 だから、あらためて再認識したその事実を彼女に言って、自分で自分の顔に向けて人差し指を向ける俺。


 「え?」


 すると、今度は、あいかわらずのその小さくて綺麗な顔を少しかしげる素振りを見せる目の前の彼女。


 「えーっと、すみません。俺、ここの家の人。もう数年前から」

 「う...そ」


 いや、申し訳ないけど本当。


 で、な、何だ。その表情は...。いや、俺も自分で自分が今どんな表情をしているのか分からないレベルで驚いているが、それはどっちの...


 目の前の彼女は口元を右手で隠していて、表情がよく読み取れない。


 「え、そんなことってあります...。」

 「あ、あるみたいです...ね」


 一応、目元は笑ってくれている様子ではあるが...相変わらず口元が見えないからその表情全体は読み取れない。


 え、どっち。嫌か。やっぱり俺の隣は嫌なのか。


 「え、嘘、ちょっと待って。え? 進藤さんが本当に私の隣?」

 

 え? こ、こっちもちょっと待って。この後に続く言葉って何?

 もしかして? とか言われたら俺、もう立ち直れないよ。いや、マジで。


 一応、ここに来た順番が逆だったら事案かもしれないけど。違うから。俺の方がかなり先にここに住んでるから。それはわかって。頼むから考慮して、高崎さん。


 「こんな...奇跡みたいなことってありますか?」


 えーっと、

 ...って、悪口では...ないな。うん、ない。良かった...はず。

 

 「そ、そうですよね。こんな確率」


 そして、それはそう。こんな知り合い、それも会社の同僚がマンションの隣に住むことになる確率なんて奇跡的な確率だ。


 でも、とりあえず


 「とりあえず、ごめんなさい」


 謝っておこう。一応。


 「え、ちょ、何で進藤さんが謝るんですか」

 「いや、せっかく引っ越してきて隣人が俺って...」


 それにまた俺、気が付けば何かネガティブなこと言ってるし...。

 最悪だな、俺。それも含めてごめんなさいだ。

 

 「いやいや、そんな。最高です!いや、本当に最高です!進藤さんが隣。私、一人暮らしは、恥ずかしながら初めてなので。これ以上に心強いことはありません」


 やばい。そんな俺に相反して...


 本当にいい子だな。高崎さん。


 今も、気が付けば、いつも見る様な明るい笑顔でガッツポーズを俺にしてくれている彼女。

 

 「ありがとう」


 その笑顔と優しさ、痛いほどしっかりと心に染みます。

 もう涙がでそう。


 「ふふっ、でも、私。進藤さんと今日からお隣さんなんですね」

 「そ、そうみたいですね。不束者ですが、よろしくお願いします」

 「ふふ、不束者って。はい。それはこちらこそです。ぜひよろしくお願いします!」


 そしてやばいな。あらためて思うが、相変わらずの笑顔の破壊力...。

 これからこの笑顔を毎日のようにもしかしたら...


 って、そういえば


 「と言うことは、今日の用事って...もしかして」

 「そうです。そうなんです。すみません。こんな急に引っ越しだなんて言って、嘘だと思われたらどうしようと思ったりしたら結局言えなくて。本当にすみません」 

 「いやいや、そんな。高崎さんは何も悪くないですよ」


 本当に。何も悪くない。


 「でも、本当にまさかです。進藤さんと隣。そっか。ふふ、当たりですね」

 「いやいや、そんな多分、はずれですけど。こちらこそです。何か困ったことがあったら言ってください。僕でできることなら何でもしますので」

 「はい!ありがとうございます!本当にお言葉に甘えちゃうかもです」

 「はい。ぜひ」


 当たり...。俺と隣が当たり...。


 100%お世辞だとはわかっているが...


 嬉しい。嬉しすぎる。


 何だ。これ。今日から俺の隣人が...


 さん。


 やばいな。やばすぎるだろ、これ。


 「.....」


 一応確認するけど、俺、生きてるよな...

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