第9話 モテない男はわかりやすい。


 やはり昨日の夜に高崎さんに送ったlineは悪手だったということか...。


 「.....」


 既読はついたが、一夜明けた今も彼女からの返信はない。


 つまり、本格的に俺は彼女に気持ち悪がられてしまったと言うことかもしれない。


 くそ、今度こそ間違えた。美味しかったという感想でやりとりを終えておくべきだった。


 そう。絶対に。


 そもそも始まってもいないが、今度こそ完全に終わった...。


 今も、隣の部署で働く高崎さんの姿が俺には見えているが、直接何かを言いに来る気配も全くない。


 窓の外から見える快晴の景色とは対照的に、受ける必要のないダメージを独り勝手に地味に心に受けてしまっている俺は、デスクで朝から仕事にやる気がでない状況に陥ってしまっているところ。


 「…」


 無能がさらにその無能さに拍車をかけている最悪な状況だ。目も当てられない。

 

 「あ、進藤さんー」

 「ん? お、どうもお世話になります。高田さん」


 そして、そんな中、いきなり知っている女性の声が聞こえて来たかと思えば、そこには前にいた部署で取引をさせてもらっていた営業会社の美女


  さんが満面のビジネススマイルで俺に小さくお辞儀をしてくる姿。


 彼女はスーツ姿が映える相変わらずのモデルのようなスタイル。そして見るからに営業成績がいいことがわかる、できる雰囲気の綺麗な黒髪な女性だ。


 とりあえず、俺も思い腰をあげて彼女の元に。


 そして、どう考えてもプライベートでは関わっていただけないような高田さんのような女性にも、仕事では対等に接してもらえるのだから、俺の頬が自然と緩んでしまうことは仕方のないことだ。

 

 「ねぇ、進藤さん!もう見ましたか?あの私たちが昔ハマってたドラマの映画!」

 「ん? あー、あれか。もちろんです。公開初日に独りしっかりと見に行きました」

 「えー、また独りで行っちゃったんですねー。もー、まだなら一緒にどうですかってお誘いしようと思ってたのにー。行くなら誘ってくださいよー」

 「ハハッ」


 そう言って、目の前の彼女は俺の肩に静かにその指の長い綺麗な右手を置いてくるが...。


 嘘つけ。


 高田さんと一緒に映画に?そんなお世辞をよくも息を吐くようにその笑顔から自然に...。


 さすができる営業マン。そして俺みたいな弱男は私のボディタッチでイチコロでしょ?ってか?


 俺もさすがにそこまでバカではないから。

 と言いながらも、心臓がこれでもバクバクとしている俺は大バカ。

 

 だってボディタッチよりも、これ顔の距離が相変わらず近すぎないか?昔から思っていたがもはやバグレベル。これは弱男には絶対に耐えられない。


 高崎さんも人との距離感が近い人だとは思っていたが、この高田さんはそれよりもさらに近い。


 まあ、これが彼女の弱男に対する営業スタイルなのかもしれないが、いつまで経っても慣れるものではないことは確かだろう。


 「あっ、やばい。もう会議室に行かないと。進藤さん!じゃあまた!」

 「はい。では。」


 はい。高田さんの暇潰し時間は終了。

 彼女は俺が元々いた部署のある階の会議室へと向かっていった。


 「…」


 もちろん、わかっている。毎回ここで、俺と中身のないたわいもない会話をすることにより、会議までの時間を彼女が調整していることは。


 わからないわけがない。

 

 でも、やっぱり凄いよな。それでも俺なんかと何年も前に話した好きなドラマの話を覚えているのだから。


 やはりプロだ。


 歳は同じくらいか?

 聞いたことはないが、人間としてのスペックの差をまじまじと毎回痛感させられてしまう。


 手に指輪はしていないからおそらく結婚はしていないのかもしれないが、いや、仕事の時はそもそも外す人もいるみたいだし...


 って、マジで俺には関係なさすぎることすぎるな。


 どちらにしろ、超ハイスペックな相手が彼女にはいることだろう。いないわけがない。


 俺も、さすがにあのビジネス対応に勘違いして舞い上がるほど、イカれた頭はしていない。


 「…」


 ただ、美女と喋れていつの間にかテンションが上がってしまっている俺は


 やはりチョロい弱男なのであろう。


 情けない...。


 って、何だ?

 上の階に向かったはずの高田さんが早歩きで階段を下ってくる。


「進藤さん、すみません。言い忘れていましたー」

「はい。どうしました?」

「会議が正午には終わる予定なんですけど、その後にちょっとだけ時間いただけたりしますか?」

「え、はい。昼休みなんで何もないです。どうぞ」

「やった!ありがとうございます。ではまた終わり次第ここに寄りますので」

「あ、はい。わかりました…」


 そう言ってすぐにまた上の階へと上がっていく彼女...。


 何だ。よくわからないが、初めてのパターン。


 「…」


 もしかして、あれか...。


 友達の保険の営業マンを、取引先の会社にいいカモがいるからと俺のところに連れてきたりするのか...。

 

 いや、保険ならもう入っているから入らんぞ。


 でも、美人の友達は美人が多いとも言うし...。


 もし、高田さんみたいな人がもう一人来たら...


 ち、ちょっとやばいかもな。

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