第6話 モテない男は後悔する


 夜の9時。俺は自宅で腹筋ローラーを使いながら脳内で今日の反省会を始めてしまっている。


 でも、実際は反省するところばかりで正直もう脳の処理が追い付かない状態だ。


 ただ、もう今後あるわけがない奇跡的なあの体験に、何だかんだで楽しかったと思ってしまう気持ちの方が、反省よりもはるかに大きいことも事実。


 「今日は本当にありがとうございました」と言いながら、俺の車を降りて小さくこじんまりと笑顔で手を振ってきた彼女、高崎さんの姿が鮮明に脳にはフラッシュバックしてくる。


 あの光景を毎回のように味わうことのできる男が今後現れるのだろうから、羨ましい他はない。


 ただ、彼女を隣に乗せてのドライブもそうだが、本来の俺では一度も味わうことなんてできるはずもない光景を、今日は目にできたんだ。もう思い残すことはない。


 「またお礼はさせてもらいます」なんてことも言われたが、あれはあからさまな社交辞令だろうし、しっかりと断っておいた。

 

 断っておいたが


 そういえば...運転中の、あの時の質問に対する答えの最適解は何だったのだろうか...。


 『今日の晩御飯はもうご自宅にあったりするんですか?』


 反射的に昨日の晩御飯の残りが家にあるなんて嘘をついてしまったが、もしあの場で『ない』と答えていたらどうなっていたのだろうか。


 もしかして、「じゃあ、せっかくですし。一緒にどこかでご飯でもどうですか?私、お礼に奢りますよ』...


 なんてことには普通にならないわな。何だこの気持ちの悪い都合のよすぎる妄想は。


 まず、そもそも実家暮らしの彼女だ。家にご飯は用意されているはずだし、絶対にないな。うん、ない。


 どうせあの場で『ない』と答えていても「そうなんですねー。何食べるんですかー」ぐらいの会話で終わっていたはずだ。


 そう。あの車の中での会話はお互いに沈黙を埋めるためのいわば何の意味のもたない会話。それぐらいは脳内お花畑の俺でも理解はしている。


 そして、本当に何と言っても今日の反省はだ。

 必死に記憶から消して都合のいい場面ばかりを思い出そうとしていたが、消せるわけがなかった。


 そう。車内でプニキュアの音楽が流れたとか、そういうのはもう正直どうでもいいレベルで俺はしでかした。

 

 あれは本当に最後。彼女の自宅の前に車を停めて、あとは車から降りてもらうだけとなったあの場面。


 彼女は何かを考えていたのかすぐには車から降りずに何故かよくわからない沈黙というか間が一瞬生まれて。いや、それも俺の勘違いで本当はそんな間なんて生まれていなかったのかもしれない。


 とりあえず、何故か、気が付けばあの間に俺は飲みこまれて


 あの時の俺の口からは無意識に...



 『もしよかったら、一応lineの交換とかどうですか?』



 なんて言葉が彼女に漏れてしまっていた...


 本当に、何であの時の俺はあんな愚かな。


 俺らしくなさすぎる。


 もしよかったらって何だよ。一応って何だよ。今ふりかえってもあの場面は全くもってそんな場面ではなかった。


 本当に、これでは、モテない同族の男の中でも俺が一番嫌う、ちょっと優しくされただけで距離感がいきなりバグる一番ヤバい奴に俺がまさしくなって...。


 最悪だ。最悪すぎる。


 案の定、その時はまた空気が一瞬何とも言えない雰囲気になったからな。

 あからさまに彼女の瞳孔が一瞬開いたのがわかった。


 おそらく、彼女の心の中では(え?こいつ、いきなり何?キモっ)という言葉が流れていたのだろう。


 まあ、そこは彼女は優しいから一応は交換してくれて、さっきも思い出していた、車を降りて別れ際に俺に向かって小さく手を振ってくれた高崎さんの場面へと移るんだけど。


 きっとあの笑顔の裏でも心の中では(こいつヤバいなー。次からちゃんと距離おこー)みたいな言葉が流れていたに違いない。


 やってしまった。


 案の定、彼女と交換したlineもメッセージなんてものは来ていないし、確認はしていないが今も来ているわけもない。

 もちろん、こっちからメッセージを送るなんて気持ちの悪いこともしない。


 が、おそらく明日からは、もし顔を合わせることがあっても俺は彼女から素っ気ない対応をとられることになるのだろう。


 まあ、元々彼女とはそういう関係になれるなんて微塵も思ってはいないし、思うほどバカでもない。


 そう。いわゆる俺は彼女のファン的なものでしかなかったから。


 そうか...。癒しがひとつ消えた。


 女性との距離感がバグった俺、ダサすぎる...。


 最悪だ...。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る