第3話 モテない男は弁える


 今日も疲れた。何故人間は働かなければ生きていけないのだろう。

 AIの誕生に喜んだのもつかの間、そのAIの発展によりむしろ仕事が増える未来しか見えない事実に辟易だ...。


 そんなことを考えながら夜の発車待ちの帰りの電車の中で独り、ワイヤレスイヤホン片耳に学生時代に流行っていた懐メロを聞きながら目を瞑る。

 

 乗車する場所はいつもホームの階段から一番離れた車両。理由は空いていて座れる確率が格段に上がるから。案の定、今日も余裕で座席に余裕で座れている。


 「進藤さん!お疲れさまです!」

 「ん? あぁ、お疲れ様です」


 そして、そんなしょうものないことに機嫌をよくしてぼーっとしている俺のすぐ傍から聞こえてくるのは可愛らしい女性の声。


 そんな女性の声にすぐに目を開けると、そこには笑顔をこちらに向けてくるスーツ姿の さんの存在。


 そう。まさかのお昼にも話題にあがったあの美女、さんの姿だ。


 「今日もお隣いいですか?」

 「はい。もちろん」


 そしてそう言って、俺の隣に自然にいつの間にか、その華奢な腰を下ろす彼女。

 当たり前だ。その屈託のない笑顔でそう聞かれて首を横に振る男はいないはず。


 でも何だろう。最近は割と頻繁に帰りに同じ電車になる気がする。

 だから、当初ほどの緊張感は正直ない。まあ、持つ必要もないのだが。


 ただ、別に何もないことはわかっているのだが、やはり女性に隣に座られてしまうと、モテない男は条件反射で多少の緊張をどうしてもしてしまうのが悲しき性。


 一応、片耳に装着していたイヤホンも反射的に俺は取る。


 「あ、そういえば進藤さんは昨日の休みは例のラーメン屋に行かれたんですか?」

 「ああ、行ってきました。ちょっと遠かったですけどそれなりに美味しかったです」


 そして情けなくも彼女から先に会話を切り出してくれて、少しほっとしているモテナイ男の代表である俺。


 「ハハ、それなりになんですね。車で行かれたんですか?」

 「はい。結構かかりました。普段、家に引きこもっている分かなり疲れましたけどね」


 片道1時間はかかった記憶がある。


 「へえー、でも引きこもりとか言って、先週の休日は何か他県に遊びに行ってませんでしたっけ?あ、もしかして中野さんと?」

 「いや、あれはあいつと遊びに行ったのではなく、妹に用事で呼び出されてパシらされただけです...」

 「おお、妹さんがいらっしゃったんですね。いいお兄ちゃんですね!」


 そして俺なんかに、この愛想満点のリアクションだ。

 この時間は彼女という神の気まぐれで与えられたものでしかないのだろうが、仕事の疲れを吹き飛ばす最高の癒し時間。


 「いやいや、俺なんてただの奴隷ですよ。高崎さんはご兄弟は?」


 「ふふ、奴隷って。私も兄が一人。でも、残念ながら進藤さんみたいにできたお兄さんではないので」

 「いやいや、俺ができたお兄さん?なわけないでしょ。俺こそ高崎さんみたいな、しっかり者で気配りのできる、できた妹さんが欲しかったですよ」


 「いやいや、私なんてそんなことないですよー。あ、そうだ。私も土曜日にちょうど友達とラーメン食べに行ってきたんです!」


 友達とラーメン。友達(彼氏)だろうか?

 まあ、そんな無粋な質問はしないが。


 でも、やっぱりいちいち俺の方に顔を向けて目を見て喋ってくる彼女のこのキラキラした感じ。色んな意味で影の者の俺には全然慣れないな..。


 「へぇーどこに行ったんですか?」


 そんなことを考えながらも、別に特別ラーメン屋に詳しいわけではないが一応俺もそんな質問を彼女にしてみる。


 「えーっと、ちょっと待ってくださいね。ここです。ほら、見てください!美味しそうじゃないですか?」


 するとそう言って、隣の彼女は自らのスマホでその時に撮ったであろうラーメンの写真を俺に見せてくる。やはり写真を撮るのに慣れているのか映えたラーメンがそこには映っている。


 あと、彼女のスマホを二人で覗きこんでいるということもあるのだろうが、相変らず距離感が近い。ただ、これが彼女の普通。


 狼狽えるのはダサい。と自分では平常心を保っているつもりでいる。まあ、そのマインドが既にダサいのであろうが。


 「おー、美味しそうですね。てか、高崎さんもラーメンとか食べるんですね」

 「フフッ、どういう意味ですか。そりゃ私だってラーメン食べますし、むしろかなり好きな方ですよ」

 「美味しかったですか?」

 「ちょー美味しかったです。進藤さんはここ行ったことないですか?」

 「はい。ないです。ないはずです」

 「じゃあ今度ぜひ、どうですか?」

 「はい。また独りで車を走らせて行ってみます。情報ありがとうございます」

 「はい。ぜひ行ってみてください!」

 「はい。ありがとうございます」


 そうか。


 「.....」


 危なかった...。

 これか。数々の男が引っかかった罠は。


 彼女にその笑顔と上目遣いで「今度ぜひ、どうですか」なんて言われてしまうと、文脈をすっとばして、「あ、じゃあぜひ。いつにしますか」なんて言葉がらしくもなくこの俺の口から滑りだしそうになってしまった。


 散っていったあいつ等の気持ちが今まさにわかった。


 マジであぶなかった。一歩間違えれば勘違い男の仲間入りかつ、救えない地獄のような空気が流れるところだった。


 とはいえ、どちらにせよまた、俺と彼女の間には沈黙が生まれてしまってはいるのだが...。一応、俺の降りる駅はまだもう少し先。


 そして何だろう。話がうまいわけではないのに、沈黙に耐え切れなくなって何かを喋らないといけないと思ってしまうこの感覚はやはりモテない男特有のものなのだろうか。


 「えーっと、そう言えば。興味ないかもしれないですけど、この前話してた妹の赤ちゃんの動画。見ます?」


 まあ、もう何でもいい。別に高崎さんとはそもそもどうこうなれるわけもないのだから。この沈黙を埋められるのであれば話題は何でも。


 「え!見ます。見ます。見せてください!」


 よかった。喰いついてくれた。


 「ほら、これです。妹に似てふてくされた顔をよくします」

 「えー、可愛い!!!すごっく可愛い!!!ずっと見ていられます!こんな赤ちゃん私も欲しいー。超癒し動画ですよー」


 いや、普通にその笑顔でキャピキャピしたリアクションをとる今の高崎さん。あなたの方が断然可愛いです。俺の方こそずっと見ていられます。


 「え、もう一回見てもいいですか?」

 「はい。何度でも」


 そして、また危なかった...


 今まさに、思わず「もしよかったらこの動画いります?」なんて気持ちの悪いムーブを彼女にかましてしまいそうになった。要はこの俺が赤ちゃんを餌にlineの交換を試みようとする勘違い男の仲間入りをしかけてしまった。


 セーフ。


 とりあえず、俺はそんな勘違い男にはならないし、なりたくない。


 って、そんなしょうものないことを考えていたらもう降りる駅。


 「あ、じゃあここで俺は」

 「はい。では、また」


 そう言って静かに俺はさっきまで彼女に見せていたスマホをポケットにしまい込む。


 「では」


 そして、降車。


 静かに電車の自動ドアが閉まり、また発車した。


 「......」


 それにしてもだ。また何の面白い会話もできなかった。

 いや、別にする必要もないのだけれど、結局は俺だけが楽しくなってしまった時間だった。


 だからモテないんだろうな...。


 実際、今もちょうど別れる際に満面の笑みを俺に向けてくれた彼女も、電車が発車した後は下を向いて何とも言えないつまらなさそうな表情をしていた。


 あらためて思うが女性と会話って難しい...。


 でも、何だろう。最近は高崎さんの様な可愛い女性と喋る機会が増えたからだろうか。ちょっとは女性との会話も慣れた気がする。


 まあ、あくまでそれでも最低ラインにも俺は達してはいないのだろうがな...。


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