ラーメンハンターはちょっと大変

縦横七目

ラーメンハンターはちょっと大変

 獣王無人村 

 都心から車で4時間。その後、徒歩1時間ほどの山道を越えた先にある村だ。

 そこに村唯一のラーメン屋があるという噂を聞き、日野はわざわざここまでやってきた。



「はいお待ち! 特製鹿肉ラーメン大盛りです!」


「どうも」


 ラーメンハンターである日野は、ラーメンに妥協はしない。都心のラーメン街の店は制覇し、地方ローカル店もほとんど訪れた。ゆえに、個人で経営している小規模の店を探してはラーメンをすすっていた。

 今回訪れたのは、偶然SNSで見かけたからだ。取れたてのジビエ肉を使用したラーメン。日によって変わるそうだが、今日はどうやら鹿肉のようだ。獣特有の臭いが店内に漂っている。


 ラーメンの写真を撮り、SNSにアップ。

 これでOK。ではさっそく頂きます。


 パキッと箸を割り、手を合わせる。そして実食。


 ズルズルッ


 店は特にBGMをかけているわけでもなく、また、店には店主と日野の2人だけしかいない。

 麺をすする音が狭い店内に響いていた。

 暇なのか店主はじっと日野が食べているところを見てくる。

 しかし麺をすすることを辞めない。豚骨スープの味と麺のもちもち感を楽しんでいるからだ。


 そしてすすり終えた後は、鹿肉に箸を伸ばす。ツヤツヤとした赤身肉を口にする。想像とは違ってとても柔らかい。この手の肉は大抵が硬いことが多く、むしろその弾力を売りにすることが多いのだが、この店は違うようだ。

 麺とスープと共に鹿肉を味わう。柔らかな鹿肉ともちもちの麺が不思議とよくあっている。

 うまい。


「この肉柔らかいな……ジビエ肉って硬い印象があったんですけど、すごく柔らかいですね」


「ええ、うちの店はいい部分を使用していますから。一般に流通するジビエは大抵、いい部分を取り除いた残りの部分のことが多いんですよ。本当においしい部分は、身内で食べたりするんです」


 謙遜しつつも丁寧に解説してくれる店主。いい部位というのは間違いないかもしれないが、それだけではないだろう。ぎゅっと凝縮されたような旨み。これはなかなか調理方法を研究した証だ。

 このレベルの料理人がこんな田舎にいたとは、ラーメン道はまだまだ深い。


 その後、黙々と箸を動かしては、食べる食べる。


 そして時折、店主と会話をする。


 話を聞くと、店主は元々都会のラーメン店に勤めていたらしい。そして、数年後、自身のラーメン店をオープン。しかし、味のクオリティが足りなかったのか、立地が悪かったのか、1年ほどで廃業に。そして、今、この店でジビエ肉を使ったラーメンを研究しているらしい。


「へえ、なかなか面白い経歴ですね。でももうこのラーメンはほとんど完成しているのでは? これなら都心でも負けることはないですよ」


「ははは、ラーメンハンターの日野さんにそこまで言われるとは嬉しいですね。

 ……しかし、まだ最後の調味料が足りてないんですよ」


 あれ、そういえば店主に名前を名乗ったっけ?


 そう考えた時、橋を持つ手が震え始め、やがて身体全身が動かなくなってくる。



「……あっ、な……んで」


 椅子から転げ落ちると、店主は日野をじっと見る。


「ようやく薬が回ってきましたか。ちゃんと効いているのか心配でしたが、問題なさそうですね」


「何故? という質問に対してですが、さきほど言いました調味料についてです」


「私の作ったラーメンはほとんど完成しています。しかし後一つ、大事な要素が足りない」


「私はその足りないものをずっと探していました。キノコに魚に肉、果ては昆虫まで」


「そして気づいたのです。私のラーメンに必要なものを」


「日野さん、あなたの肝臓です」


「数多のラーメンを食べたラーメンハンターたる貴方の肝臓こそが究極の調味料なんです」


 そういうと、店主はその手を日野の腹に突き刺した。


「がっ! ……っっっ!」


「おおお! これがラーメンハンターの肝臓。数多の塩分油分に耐えると言われる伝説の臓器!

 ありがとう日野さん。これで究極のラーメンが完成しますよ。」


 そういうと店主は厨房に向かっていた。






 2時間ほど経った後、店主はついに究極のラーメンを完成させる。

 お玉で一口分のスープを掬って口にする。



 うん、最高のスープだ。


 その出来に満足な店主。今ここに究極のラーメンは完成した。


「お味はどうですか?」


「ええ、完璧といって差し支えない……はあ!?」


 突如背後から店主に声をかけたのは、先ほど肝臓を取り出し死んだはずの日野であった。


「何故! 何故あなたは生きている。さっき肝臓を取り出したはずだ!」


 動揺しながらも日野をにらむ店主。


「そうですね。それは私がラーメンハンターだからです」


 意味不明な返しに店主も困惑を隠せない。


「あ、あんた頭おかしくなったのか!」


「いやいや、ラーメンハンター試験では、どんな過酷な環境でも、どんな猛毒でも、どんな食材だろうとラーメンを食べる。そういった試験を乗り越えてきたんですよ」


「ふざけるな! そんなバカげた試験があるか! 舌で勝負しろ!」


 怒り心頭の店主、一方日野は余裕綽々だ。


「事実ですから、それよりもそんな悠長に話していいのですか? こう見えて私、結構強いですよ?」


 ゆっくりと拳を構える日野。明らかに武道経験者の動きだ。冷や水を浴びせられた店主は、すぐそばにある鍋をつかみ


 一気にスープを飲み干した。



「ふふふ、ふははははははは!」


 大柄の店主の筋肉が膨れ上がる。顔はだんだんと赤く染まり、生命力が満ち溢れていく。


「あなたがどれほど強いかは知らないが、このドーピングD豚骨TスープSを飲んだ私は無敵だ!」


 勢いよく拳を振り上げ日野に近づいていく。

 そして、そのまま顔面を狙い、


 膝をついた。


「何故?」


 ふと視線を下げると、腹に穴が開いていた。位置的に肝臓だ。


ドーピングD豚骨TスープSとやらは知りませんが、隙があり過ぎです」


 表情を変えず、相変わらず余裕綽々に日野が答える。

 その手には、店主の肝臓が握られていた。


 ばたりと床に倒れる店主。もう身体に力が入らない。ドーピングD豚骨TスープSは自身の肝臓を強化することにより全身を強固にするスープ。肝臓を抜かれた今、力は発揮できない。


「また、私の邪魔をするのか! 日野!!」


「え、私何か以前やっちゃいましたか?」


 そう返答すると、店主の恨み言がつらつらと述べられる。


 店主が以前オープンしたラーメンは赤字と黒字の境目を行き来していたらしい。が、そんなとき現れたラーメンハンターの日野である。その時のSNSでの評価が微妙だったこともあり、次第に客が減っていくことになったのだとか。


「えっ、私のせいにしないでくださいよ。基本的にSNSのレビューは、忖度はしないけど、悪評も書かないように心がけてるんですから」


「くそう! そういう態度もむかつく! 興味ないって感じがヒシヒシと伝わるんだよ! ちくしょおおお!」


「えぇ?」


 それが店主の最後の言葉になった。


 日野は、厨房にあった店主のラーメンを全て食べ、肝臓を完全修復。さすがの日野も肝臓が無い状態での戦闘は、こたえた。

 しかし、彼はラーメンハンター。そんな甘いことは許されない。肝臓を狙われたのは、これで17回目。

 ラーメンハンターの道は過酷。それでも彼は、ラーメンを食べ続けるのだった。








 後日、北海道のトドの肉を使ったラーメンを食べに向かった日野は、スープまで完全に飲み干した後、店員に化けていたトドにより殺害される。

 ラーメンハンターの道は過酷であった。

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ラーメンハンターはちょっと大変 縦横七目 @yosioka_hatate

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