第2話 色々あって疲れましたが、俺は元気にやってます。

 そこには、鬼の形相をした野口の母が立って居た。朝10時、野口家に怒号が響く。

「啓人! 朝から五月蠅い! 」

 何故、こんなことになったのか。時刻は2時間前に遡る。


 二時間前、俺たちは漢同士の暑い握手※イメージですを交わした。

 その後、この世界の初心者である俺はふと思った。

「俺、この世界について何も知らないな。」

 すっかり忘れていたが自分はパラレルワールドあくまでも仮説ですに来てしまったのだ。

 とは言っても、この状況は上司のサムいギャグ位手立てがないのでどうしようもない。ならば今は、この世界について知ることが先決だろう。

「フッフッフ…僕に何でも聞いてくれよな! 」

 偉そうなのが中々にムカつくクソガキセンサーが反応したが、今のところこの世界の確かな情報源はこいつである。…本当に大丈夫なのかと疑問を呈さずにはいられないのだが。

「じゃあ、魔法って何だ? 」

「うーん、改めて言われると悩むぜ。…まあ簡単に言うなら、超自然エネルギーっていうのを利用して起こす化学反応の一種だな。」

 なるほど、魔法も科学で解明できる世界になったのかと俺が最初思った訳だが、正にその通りだった訳だ。我ながら見事なフラグ回収だ、素晴らしい。

「そもそも超自然エネルギーは空気中に含まれる魔力元素に対しての抵抗力なんだぜ。魔法はその抵抗力をエネルギーに変換して行う一連の操作の総称だぜ。」

 以外にも馬鹿っぽい話し方だが知識量は凄まじい。

 ということはこいつ、変人タイプだろう。賢いのに変人故に、手放しで賢いとは言えないタイプ、又の名を馬鹿と天才は紙一重タイプとも言う。

「へえ、免疫みたいな感じか? 」

「大正解! そういう事情もあって、使える魔法は自分自身に対してのバフ魔法_一次魔法と自分以外を対象とした干渉魔法_二次魔法、最後に特例の固有魔法。こいつは、世界人口の約18%の人間が持つ、何故そうなるかはわからないけど、取り敢えず魔法であることが分かっている魔法。要は科学的に説明のつかない魔法。」

「なるほどな、じゃあ次は歴史だな。」

「それなんだけどさ、歴史に魔法は殆ど関わってないから歴史は大方同じだと思うぜ。」 

「いや、関係ないことはないだろ。」

「…実は魔法、というか超自然エネルギーが発見されたのが数十年前で、戦後に確立された学問という性質上、歴史に全く関係してこないぜ。」

「それくらい最先端の技術なんだな。」

「そう! 」

「なるほどなあ。…因みに今って西暦何年何月何日だ。」

「2125年8月11日だけど。」

「え、俺の最後の記憶は2024年7月14日なんだが。というか、それじゃあこのガイオハザード8の画面があるのはおかしいだろ! 」

「え、斎藤さん、もしかしてリアタイでゲームした勢? 」

「? ああ、そうだよ。」

「嘘、やば、てことはあの名作ゲームも?! 」

「なんの事かは分からないが俺はベタなゲームは大体してる。」

「うおおおおおお、熱い、これは熱い! 」

「おい、年代にズレがあることよりもゲームかよ。」

 この後ゲームの話で盛り上がってしまい、暑く語り合った結果、野口家に朝から怒号が響くこととなったのだ。


 時刻は再び現在に戻る。俺は咄嗟にゲーム画面の後ろに隠れた。ゲームのウィンドウが壁となって声だけが聞こえる。

「朝からゲームばっかりしてるとパソコン没収するからね。」

「うん、わかったよ。」

 俺のせいで怒られたと言っても過言ではないし、後で謝らないとな。謝罪の基本は、精一杯の誠意を見せる事。本当は粗品くらい送りたいが今現在は不可能。精一杯の謝罪と出てこない俺の存在をバラさずにいてくれたことに対してのお礼を言おう、そうしよう。

 …ん?誰かがパソコンに向かって来ているような。

 マウスが移動される音がして、その音が止む。そして、カチリと音が鳴ると、野口によく似た女の人の顔が眼前に合った。

「啓人、これはどういうこと。」

「これには深い訳があって。」

 既視感があるこの状況だが、さっきと違うのはかなり危機的な状況ということだろうか。取り敢えずは謝罪だろうな、うん。言い訳はしても意味ない。

「息子さんと話し込んでしまいすみません。」

「…待って待って待って、どういうこと。」

 流石親子、反応も全部同じだ。…これは一から説明しないといけないフラグを感じる。というか、説明しても納得してもらえない気がするが。


「なるほど、事情は分かりました。それで、熱中した結果啓人の声が騒音ボイスになってしまった、ということですね。」

 事情を一から十まで説明すると、野口さんは納得した。…いやいやいや、おかしい。何で疑わないんだ。本人である俺でさえ疑うようなことをこの人簡単に受け入れてる?! 

 俺は自分の置かれている状況に困惑をしつつも頷き、説明を続けた。

「…勿論、長居するつもりはありません。息子さんは、ああ自分のパソコンの中に居ればいいと言っていますが、自分でクラウドにデータを移動するなりなんなりで如何にか出ていきますので。」

「別に追い出そうとは思ってはいませんよ。…確かに、斎藤さんがおっしゃる話をいきなり信じることは出来ません。でも、表情の真剣さと話の内容から嘘である可能性は低いと私が自分で判断しましたから、啓人のパソコンなんかで良ければ幾らでも居座って下さい。」

 野口さんの提案は自分にとって都合の良い物だった。俺は自分の所在や事情を気にせずに居られるというのは有難かった。しかし、いや、だからこそ、この底抜けに優しくお人好しな二人に迷惑をかけたくなかった。結果的に、俺は直ぐにはいと言えずに、黙りこくることとなった。

「斎藤さん、何心配してるか分かんないけど、僕の家族は僕と母さんだけだし、母さんも在宅勤務が基本の漫画家やってるから大丈夫だよ。」

 野口は何故か慌てていて、俺を必死に引き留めていた。その姿は人懐こい子犬を想起させ、少し申し訳ない気持ちが湧く。人はこれを場が湧くと言う。

 俺は暫く悩んでいたが最後には長い溜息を吐いて言った。

「分かりました、これからお世話になります。」

 すると二人は嬉しそうに笑った。顔や性格だけでなく笑い方もそっくりだ。まるで、向日葵が咲いたような夏を連想させる明るい笑顔。仕事で精神を擦り減った俺には眩しく、サングラスをかけたくなってしまう程だった。


 俺が野口家の一員になってから一週間。俺は、会社員時代と同等、いやその時以上の仕事をこなしていた。

 何を隠そう、野口さん_じゃなくて、紀子さんは連載漫画を持つ人気漫画家だったのだ。だが、同時にそれ以外はからっきしの典型的なアーティスト肌の人だった。

 なので、俺が紀子さんのファイル整理を手伝ったり、漫画のベタ貼りを手伝うと、(勿論パソコンの中でツールも使いつつだが)有り難られて色々と手伝いを頼まれてしまって、今の仕事量に至る。

「紀子さん、ベタ貼りこれでいいですか? 」

「ありがとうございます。いやあ、私、家に息子がいる関係でアシスタントは本当に忙しい時だけにして、連載誌も月刊誌にしてたんですよ。それが斎藤さんのお陰で、週刊誌に復帰できそうで…。本当にありがとうございます。」

 紀子さんは数日前と同じ向日葵のような明るい笑顔で、新たな仕事を追加しつつ言った。幸い俺はこの体になってから疲れや眠気を感じなくなっていたので、仕事があるというのは暇つぶしになるし、このような状況下では仕事があるというのが心理的によかった。

 要は、前よりも充実しつつも忙しい楽しい一週間を過ごしていた、その時までは。

「ただいま。」

 普段からは考えられないくらい低い声だった。啓人とは一週間の間にすっかり仲良くなり、今ではお互いのことを下の名前で呼んでいる。

 そんな弟分のような存在が落ち込んでいるのは気になったので、何も言わずに紀子さんとアイコンタクトをして、俺は啓人のパソコンの方へ移った。

 因みに、俺のデータファイルは矢張り啓人のパソコンの中にあり、何か起こって消えてしまっては不味いからとUSBにバックアップを取った。その時に、絶対にコピーできないデータが一つだけあり、コピーできない物=恐らく二つとして作れないものだろうとそれだけは別のUSBにデータを移して金庫で保管している。

 そして、そこで分かったのが、俺のファイルの中にあるdoorファイルを行き来できるということだ。勿論、ネットに繋がれていなければならないという制約はあるが。

閑話休題

 兎に角、俺はここ一週間で慣れたファイル移動で啓人のパソコンへと移った。

「…大丈夫か。」

 啓人の顔は出会ってここ一週間の俺でも分かるくらい暗く澱んでいた。瞳は辛うじてパソコンの光が反射している程度で、決して光輝いているとは言えない。何故、啓人はこんな風になったのだろうか。今朝、いってきますと言った声は確かに普通だった筈なのだが。

 そうやって俺が思考を巡らせていると、啓人は重々しい動きでベッドに座り、顔を上げた。

「亮太さん、僕、厄介な事に巻き込しれない。」

 第一声はそれだった。

 俺は色々と質問したいことがあった。厄介事とは何か、何に巻き込まれたのかとか、何があったんだ、とか。色々聞きたいことがあった。しかし、俯いた表情の啓人にそんなことを言うことは叶わず、俺はただひたすらに待った。

 体感にして数分程度の沈黙が続いた。俺たちは何も言わずにただ沈黙を享受した。そして、それを破るようにのそりと起き上がった啓人はこう言った。

「僕、肝試しに行かなくちゃいけないんだ。」

 俺は溜息を吐いた。なんだ、そんなことかと。ただ、よっぽど怖いのだろう。啓人は布団に包まって小刻みに震えている。

「そんなに怖いんだったら、俺が付いて行ってやるよ。イヤホンしたら、周りには気付かれないだろうしな。」

 リターンもないのに、俺らしくない提案だ。同僚にこんな姿を見られれば笑いものだな。俺はそう思いながら眼前で震えている弟分に提案をした。

「本当か?! 嘘吐いてない?! 」

 俺はそれを適当に流しつつ仕事を再開した。はてさて、肝試しとはいつぶりだろうか。そもそも、自分はそんなに肝試しと言った罰当たりそうな感じの事は避けてきた。しかし、どうしてもやむを得ず参加しなければならない場合は普通に参加してきたし、そのどれもが只の子供騙しばかりで、拍子抜けする者ばかりだった。今回もそうだろう。

「で? どこに行くんだ。」

「魔法関係のラボがあったところ。違法に研究されてた動物が人間とキメラされてて、生物兵器も研究されてたっていう噂がある場所。」

 矢張り、肝試しはよくない。不法侵入良くない。というか、魔法で何かされても俺、抵抗できないし、仕事あるし? やっぱりやめようか

「やっぱり、止めるなんて言わせないぜ。」

「…俺さ、研究所とか行ったらヤバいと思うんですけど。」

「大丈夫だぜ、僕いるし。」

「いやだああああああああ。」

 野口家に虚しい叫び声が響いた。因みに、叫んで喉が枯れるかと思ったが、全く枯れなかった。

 因みに肝試しに行くことは防げなかった。

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前略_平行世界と思しき世界に来ましたが、俺は元気にやってます。 江古田ワミコ@うなぎパイ信者 @wamiko

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