秋の夜明けに若葉が芽吹く

 フィナが夜に外を出歩いた最後の記憶は、父親と町の夜警をしたときだった。そしてそれは、父親と手をつないで歩いた唯一の記憶でもあった。


 いまの孤児院は監視がゆるくなったので、抜け出すのは簡単だった。フィナは事前に示し合わせたとおりにトーイと学校前で待ち合わせて、鉄製の正門を乗り越えた。そして校庭の隅に積まれた修繕用のペンキ缶を持てるだけ持って、校舎裏に走った。


「……やばいことしてるね、私たち」


「うん、してるな」


 言葉とは裏腹に、フィナとトーイの胸はどうしようもなく高まっていた。ついこのまえの“やばいこと”では硝煙の臭いがしたけれど、今日は土と草の匂いがした。


「じゃあ早速、もっと“やばいこと”しよっか?」


 小悪魔のように笑うフィナが、ペンキ缶を勢いよく開けた。


 初秋の涼しい空気の中で、フィナとトーイはハケやひしゃくを使って石畳にペンキを撒きはじめた。


 赤、青、黄、緑と様々な色が夜の明かりの中で波のように舞い、しぶきを上げる。白い壁も、ベンチも、ふたりの服も、混ざり合ったペンキでベトベトになっていく。フィナとトーイはまるで波打ち際のようにはしゃいでいて、最後にはペンキを手ですくい、お互いにかけ合っていた。


 盗み出したペンキ缶がすべて空になったとき、もう空が白みはじめていた。校舎裏はまるで色とりどりの花が咲く花畑のようで、首都の美術館にもここまで思い切った“作品”はないだろうと、フィナは確信していた。


「……これがフィナの“描きたいもの”なのか?」


 疲れ切ったフィナとトーイは、サクラの木に並んで寄りかかっていた。サクラの木にはペンキの雫ひとつも飛んでない。尻の下の土が、ひんやりとしていて心地よかった。


「……たぶん、そう、なのかなぁ?」


「ここまでやって“たぶん”なのかよ?」


「まだよく“わからない”よ。………でも、すっごく楽しい!」


 フィナは青く澄んだ瞳を細めて、若葉のように晴れやかな顔で笑っていた。

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秋の夜明けに若葉が芽吹く 紀乃 @19110

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