スターターピストル

 もう夕方になった。下宿部屋でミキノたちがコーヒーを飲んでいると、ドアがノックされた。


『ごめんください、お届け物です』


 木のドアの向こうから、くぐもった男の声が聞こえてきた。


「おかしいな。いつもはタバコ屋に預けてくれるんだが」


『……すみません、いつもの者が風邪をひいてしまいましてね』


「なるほど」


 わざとらしくうなずいて、ミキノは音もなく立ち上がった。


「………にしても、ずいぶん大人数で届けに来られましたね?」


 ミキノのあと、少し沈黙があった。と思うと、ドアがガン!ガン!ガン!と激しく叩かれはじめた。ミキノがトーイとフィナを背中にかばったとき、ドアノブごと鍵がハンマーで壊された。


 ドアが蹴破られて、覆面をした四人の“配達人”が踏み込んで来た。覆面の中の眼はギラついていて、手には千枚通しやゴム製の指導棒を持っている。


(もう撃っちまおうか)


 ミキノがピストルを構えたとき、部屋中の暗がりからロス署長たち警官隊が飛び出して来た。


「そこまでだ。馬鹿なことはするなよ?」


 獲物に目がけて飛び込んで、まんまと罠にかかった男たちはパニックになった。声もなくオロオロとして、得物を勇ましくかかげていた手がシナシナと下がっていく。


 その様子を見て警官隊の気が抜けた隙をつかれた。復員スーツを着た男が、銃剣を手にフィナたちの方へ突っ込んだ。


 覆面の中で光る眼にフィナが気づいたときには、ミキノがピストルを撃っていた。ズドンッという音とともに床に叩きつけられた男の腹には、黒い染みが広がりはじめていた。


 下宿部屋は一瞬で修羅場になった。警官隊と男たちが揉みあう中、フィナはいがらっぽい臭いをかきわけて、さまようようにゆれているスグリの手を握った。スグリの黒い瞳の中では、光がかすれはじめていた。


「………ありがとう」


 フィナの言葉が聞こえていたのか、覆面がほどけたスグリの口許は「やってやったよ」と言っているかのように笑っていた。

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