狂心

 民生局に駆け込んで来たトーイとフィナから話を聞いて、ミキノはふたりを下宿部屋があるタバコ屋の物置にかくまうことにした。左寄りの人間が多い職場では、“相手”に情報がもれる恐れがあった。


 タバコ臭い下宿部屋でふたりから詳しい話を聞いたミキノは、「確かに『やりたいことは応援する』と言ったけれど…!」と頭を抱えた。けれどもすぐに立ち直って、タバコ屋で電話を借りて、警察署のロス署長に連絡をつないだ。イノシシのような頼もしい見た目のロス署長とは、浮浪者の引き取りや物乞いの取り締まりなどで関わりがあった。


 ことの次第を聞きおえたロス署長は、山賊の親分のように大笑いした。思わぬ手柄の機会に、嬉しさを抑えきれないようだった。


『あの孤児院にアカが何人かまぎれ込んでいるのは知っていたんだ。このチャンスに一気にやってやるさ』


 ロス署長のやる気満々な声を聞いて、ミキノはトーイとフィナを部屋に残してきてよかったとため息をついた。そしてその下宿部屋が修羅場になることは、どうやら避けられないようだと悟った。


「相手は武器を持っていますかね?」


『ピストルが流れとるというような話は聞いとらんが、まさか自分たちがいる所で火炎瓶やダイナマイトは使わんだろう。せいぜいナイフか指導棒じゃないのか?』


 片田舎の警察署らしいのんびりした考えになって、ミキノの眉根が寄った。


「……追い詰められたネズミは、ときにはひどく馬鹿なことをしますよ? それに得物がナイフ一本だけだったとしても、集団で来れば撃ちますよ?」


 ロス署長に念押しして言質を得たミキノは、下宿部屋の隅に置いたトランクから、大口径の軍用ピストルを取り出した。ずっしりとした重みを両手に感じて、ミキノは下腹部から湧き上がってくる震えに歯をくいしばった。


 粗末なテーブルに座るトーイとフィナからは、ミキノの背中しか見えない。薄暗闇の中で、ミキノの焦げ茶色の瞳は爛々と輝いていた。

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