種はまかれた(2025/1/4に加筆修正)

 町の有志により旧別荘で開催された「新世代絵画展」を一巡して、フィナはトーイと玄関ホールのベンチで休憩していた。


「アレが“新世代”? ただのラクガキじゃない」


 フィナは空気が抜けるようにぼやいた。飾られていたのは線や色をでたらめに組み合わせた、“技術の高い子どものラクガキ”のような絵ばかりだった。


「俺は普通にふしぎな絵だなって思ったけど………」


 その道のことが少しでもわかると、もっと色々なことがわからなくなるらしい。制作の参考になればと誘ったのは余計なお節介だったかもと、トーイは不安になった。


「どう? 絵は描けそうか?」


「描ける、と思うけど。コンクールまでにわかるかなぁ………」


 フィナの言葉はどんどん尻すぼみになっていく。力なく笑うフィナの横顔を見て、トーイは無性に叫びたくなった。


「—――俺は待つよ。描けるまで、ずっと待つ」


 衝動に任せて遮断桿を乗り越えたトーイの言葉に、フィナはキョトンとした。青い瞳を猫のように丸くした顔を、トーイははじめて見た。


「………あー、おどろいたよ。そんなこと言うなんて」


「いやじゃないけど」というフィナの呟きに、トーイの心臓が一瞬跳ねた。口の中はもうカラカラだった。


「にしても、急だね」


「自分なりに、後悔しないようにって思って」


「なにそれ」と笑ったフィナは、そこで話を切り上げるべきだとわかっていた。トーイを巻き込むことはできないのに、それでもトーイの言葉のつづきを聞きたくなった。


「………この先、どうなるかわからないんだよ?」


「フィナがどうしたいのかなんだ。俺はそれを大切にしたい」


 フィナは(めずらしくグイグイ来るな)とトーイの変わりようにおどろきながら、その言葉が胸にじんわりと染みてくるのに気づいた。暗闇の「上手くいくわけがない」というささやきよりも、フィナはトーイの言葉を無性に信じたくなった。


 久しぶりに握った人の手は母親の手より少し硬くて、同じように温かかった。

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