孤児院の談話室

 人気のない孤児院の談話室で、フィナはスグリから「養子に行く話が早まることになった」という話を淡々と聞いていた。


 いつも復員スーツを着ているスグリは、服同様に飾り気のない人柄で周りから好かれていた。けれどフィナにとっては、ただの話しやすい孤児院の職員というだけではなかった。


 スグリの母親は、夫を労働争議中の暴動で亡くしてから「炎の女」と呼ばれるほど過激な〈赤軍〉活動家になった。スグリは十歳に満たないころから母親に「貧しい人以外はすべて敵だ」と教えられ、警察の尾行を撒く練習をさせられ、仲間の隠れ家までピストルを運ばされた。


 普通の子どもらしい生活を許されなかったスグリは当然反発していたけれど、母親とその仲間に取り囲まれた環境ではそれを表に出すことはできなかった。


 なんとかそこから抜け出したくて、開戦と同時にスグリは志願兵になった。けれども出征中に母親が警察と撃ち合って死んだあとでも、その仲間の手からは逃れられなかった。


 ――――――望めば望むほど、願いは叶わなくなる


 スグリはもう世界のすべてに対して物憂くなって、ただ「どうすればこの世から“退場”できるか」だけを考えて生きていた。けれどもスグリには、同じ闇に引き込まれかけているフィナの行く末だけが気がかりだった。


「諸々の手つづきはこっちでやるから、やりたいことがあったら早めにやっておきなよ?」


 スグリとしてはフィナの“やりたいこと”はなんでも叶えてあげたいと思っていて、それどころかフィナが「養子に行きたくない」と言ってくれることを期待してすらいた。


「………今度知り合いと絵を見に行くから、そこで色々話すつもり」


 伏せられていた青い瞳が、真っ直ぐにスグリの黒い瞳を捉えた。スグリが最近やけっぱち気味だったフィナから「これからこうする」という言葉を聞いたのは久しぶりで、それは自分の言葉のニュアンスを察してくれたからだと信じたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る