闇がささやく(2025/1/4に加筆修正)

 孤児院では消灯時間になると、居住区の明かりが一斉に消される。町の外れにある、元は精神病院だった場所。コンクリートが打ちっぱなしで、窓に鉄格子がはまった部屋は狭くて寒々しい。


 床を照らす青白い光を、フィナはベッドの上からぼんやりと見つめていた。いま進んでいる養子縁組の話のせいで、最近は眠れない夜がつづいていた。


 五年前におわった〈大戦争〉の最中に獄死したフィナの父親は、〈赤軍〉の幹部だった。フィナはその政治思想についてはよく知らなかったが、物静かな人だったことだけは覚えていた。


 当時はまだ八歳だったフィナには難しい話よりも、父親の死によって“怖い人たち”から解放されたということだけがわかっていた。けれどもそれから七年経って、〈赤軍〉の残党が銀行強盗や警察署襲撃をしているというニュースを、フィナは学校帰りに見た街頭新聞で知った。


 そしてフィナを養子にと話しているのは、フィナの父親の秘書だった男だ。


 窓から入ってくる初秋の夜は肌寒くて、フィナは薄い布団の中で丸くなった。


 子どものころは、眠れない夜には母親が手を握ってくれた。その母親も三年前に、心労がたたって死んだ。流されるままに孤児院に入ってからは、自分の胸に自分の手を抱え込むことしかできない。


 (もう、手を握ってくれる人なんていない)


 いくらもがいても抜け出せない負のスパイラルに、フィナはもうやけっぱちな思いになっていた。一瞬トーイのひょうひょうとした笑顔が浮かんだけれど、フィナは頭を振ってそれをかき消した。フィナの肩には、無表情で、冷たくて、凶悪な手が伸びてきているのだ。


 掴まれてしまえば、あとは闇に飲まれるだけだろう。そんな人間が、日の当たる世界で生きる人たちに関わっていいわけがない。


 ――――――誰の心にも、居ついちゃいけないんだ


 暗闇に沈みかけている意識がそうフィナにささやいてくる。フィナは頭ごと布団をかぶって、目を閉じて耳をふさいだ。

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