秋の夜明けに若葉が芽吹く
紀乃
黄色いサクラの木
こんな田舎の学校にもおしゃれな場所はあるもので、校舎裏には一本のサクラの大木が植えられた中庭がある。昼間の雨で黄色い葉は落ちて、びしゃびしゃになって黒い石畳に染みついている。
昼間は騒がしいのに、夕方になれば学校中が静かになる。中庭では、雑草の茂みの中にいるスズムシの鳴き声がやけに大きく聞こえる。
寒々しい風景の中で、フィナは中庭のベンチに座って絵を描いていた。スカートの上に画版を立てているけれど、手にした色鉛筆の動きは鈍い。青い瞳はサクラの木と画用紙の間を行ったり来たりしていて、唇はずっとへの字のままだった。
「今日はどれだけ描けたんだ?」
隣に座っているトーイに手元をのぞかれそうになって、フィナは反射的に画版を胸に抱え込んだ。フィナにジト目でにらまれても、トーイはどこ吹く風だった。
「今日もあんまりなみたいだな?」
「うるさいな」
フィナが息を吐いてベンチにもたれかかると、焦げ茶色のおさげ髪がゆれた。秋の絵画コンクールまであと一か月しかないのに、一向に納得できる絵にならない。
フィナは子どものころから絵を描くことが好きで、それは両親が死んでからも変わらなかった。けれどもノートの隅にイタズラ描きするのと作品を描くのは大きく違うのだと、フィナは今回の制作で悟った。
(それだけじゃないんだけど……)
と、寂しいサクラの茂りを眺めるフィナの気持ちは憂鬱だった。自分のスランプの原因はわかっていて、それはフィナがいま一番直視したくないことだったからだ。
「これは、間に合わないかもね……」
フィナのぼんやりとした呟きに、トーイは言葉に詰まった。フィナの物憂げな横顔を見ると、トーイは「コンクールのことか?」と軽口を叩くこともできなくなった。
―――なんで聞けないんだ
―――なんで話してくれないんだ
矛盾するふたつの思いが、トーイの胸の中で渦を巻いていた。
学校に隣り合う寺院の鐘塔から、定刻の鐘の音が聞こえてきた。
秋の夜明けに若葉が芽吹く 紀乃 @19110
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