黄色い桜の木(2025/1/4に加筆修正)
ソハの町の中心を流れるラフラ川。そのほとりにある小さな学校の裏には、一本のサクラの大木がある。新緑の季節はもうすぎていて、豊かな枝葉の茂りは少しずつ黄色くなっている。
夕方の学校では、雑草の茂みの中にいるスズムシの鳴き声くらいしか聞こえてこない。
塗り直しが決まった白一色の壁を背に、フィナはベンチに座って画用紙にサクラの木を描いていた。いつもジトリとしている青い瞳は真剣に光っているけれど、ナイフで削った色鉛筆の芯はずっと宙をさまよっている。
「今日はどれだけ描けたんだ?」
隣に座っているトーイに手元をのぞかれそうになって、フィナは画版を胸に抱え込んだ。フィナに“シャー!”と威嚇されても、トーイはどこ吹く風だった。
「今日もあんまりなみたいだな?」
「うるさいな」
フィナがベンチにもたれかかると、ふたつの黒いおさげ髪がゆれた。秋の絵画コンクールまであと一か月しかないのに、一向に納得できる絵にならない。
フィナは子どものころから絵を描くことが好きで、それは両親が死んでからも変わらなかった。けれどもノートの隅にイタズラ描きするのと作品を描くのは大きく違うのだと、フィナは今回の制作で悟った。
(それだけじゃないんだけど……)
フィナの気持ちは憂鬱だった。自分のスランプの原因はわかっていて、それはフィナがいま一番直視したくないことだったからだ。
「これは、間に合わないかもね……」
フィナがセーラー服の白い袖をさすりながらこぼした呟きに、トーイは言葉に詰まった。フィナの物憂げな横顔を見ると、トーイは「コンクールのことか?」などと軽口を叩くこともできない。
気安い世間話なら、いつものようにできる。けれども学生帽を斜めにかぶった小生意気な少年は、時々こうして、フィナと自分の間に透明な遮断桿が降りているような気持ちになる。
シノト山脈の稜線が赤く輝いていて、学校に隣り合う寺院の鐘塔から、定刻の鐘の音が聞こえてきた。
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