第71話 仲直り
正直にいえば無視しようと思っていた。
一緒にダンジョンへ入る約束はしても、仲良く話す必要はない。
顔を合わせることすらしないでやる……
という綺羅星の決意をくじいたのは、妹屋のほうが先に、丁寧に頭を下げてきたからだ。
「ごめんなさい、委員長。今までのこと、まずはきちんと謝らせて欲しいの」
「――っ」
「ごめんなさい」
”凪の平原”一階。
憩いの場とよばれる広間をぬけ、ゆるりと広がる草木の道を歩きながら、隣の妹屋がぺこりと頭を下げた。
罵倒したい気持ちを殺しながら、いえ、と綺羅星も口数少なく返す。
S級ダンジョン"凪の平原"一階は、平日にも関わらずそこそこの人気があった。
駅近くという好立地も幸いしてか、公園に連れだってきたかのような家族連れも見えるなか、綺羅星は仕方なく息をつく。
嫌悪はあるが、体裁くらいは整えておきたい。
「委員長。あなたが怒る気持ちも、わかるわ。姉の行った暴行は、私のせいではないけれど、代わりに謝罪させて欲しい」
「…………」
「けど、お嬢……城ケ崎さんに仲直りの提案をされて、私も考えるべきだと思ったの。このままじゃいけない、って。だから、チャンスを頂戴?」
妹屋の語りは淡々としてるが、元々そういう喋り方をする子でもある。感情は読めない。
「……そこまで言うのなら」
「ほら、綺羅星さん! 妹屋さんもこう言ってますし、信じてあげましょうよ。ね?」
人は、信じあうことから始まるんです!
割り込んできた城ケ崎に、だったら不意打ちのような真似をするなと心の中で罵倒した。
*
S級ダンジョン"凪の平原"一階層には、検索サイトにも掲載される定番の回り方がある。
入口広場”憩いの場”から左回りに巡り、小道にて素材を採取。
河原のせせらぎを耳にしながら橋のかかった川をこえ、出現するモンスター、プチスライムを倒しつつめぐるルートだ。
プチスライムはスライムの一種だが、武器がなくても倒せるほど弱く、かつ、体当たりされても五歳児の激突くらいの衝撃しかない。
仮に転んだとしても、ダメージが魔力に変換されるダンジョンなら骨折の心配もない。
初体験用のザコに最適、とネットで紹介される程だが……
「うひゃあっ!? こ、このスライムさん強いです!」
べちっ! と体当たりを受けた城ケ崎が、尻もちをつく。
地上なら痛いだろうが、いまの城ケ崎は銀色の胸当てに黄金の王冠、その下に魔力でできた鎖帷子を纏っておりダメージはない。
見る人が見れば、総額1000万を超えるであろう破格の防具――とくに王冠は全属性30%軽減という超性能に驚くだろうが、肝心の当人は、手にした剣をプチスライム相手にわちゃわちゃしていた。
ちなみに剣だけは安物だ。親御さんが、彼女に武器を持たせたくないのだろう。
その様を、妹屋とふたりで眺めることになるなんて――夢にも思わなかったが。
「ねえ委員長。私、どうしたらあなたに許して貰えるかしら?」
「……どうせ、本心じゃなんでしょう?」
「本当よ。私あれから、両親に叱られて……姉があんなことになったのを見て、初めて、自分はこんなにも酷いことをしたんだって気づいたの」
ボブカットにそろえた髪を下ろし、俯く妹屋。
……今ごろ、しおらしくしたところで。
「だから、あなたに謝りたいと思った。けど、機会がなくて……そしたら、お嬢が声をかけてくれたの。やり直しましょうって」
「私は許しません。許せません。売りの噂を広めたのもあなたでしょ?」
「あの時の私はどうかしてた。人間として最低のことをした。だから、すぐに許してもらおうなんて思わない。時間を頂戴」
恥ずかしそうに頬をかく妹屋。
これって、青春みたいね……喧嘩したあとの仲直り、なんて。
茶化しながらと笑う彼女に、――お前が言うな、それを。
「ねえ委員長。改めて見ると、お嬢……城ケ崎さんも、いい子よね。私達のために、こんな機会をくれるなんて」
「別に、望んでませんでしたけど」
「でも、少しでいいから考えてくれないかしら。私も、あなたに態度で示していこうと思っているし」
ああもう、やりにくい! ストレスが溜まる!
頭ではありえないとわかっていても、真正面から謝られると……
彼女は、じつは本心から謝っているのではないか?
綺羅星の知らないところで、心境の変化があったのではないか、という可能性を、うっすらとだが考えてしまう。
先生なら「相手が改心しようがしまいが、私のストレスになるなら排除します」って言うだろうけど、綺羅星はそこまで強い人間ではない。
それに城ケ崎の手前、ここで拒絶すれば綺羅星が悪者になるし、建前を与えてしまう。
――JKの被害者ムーブというのは諸刃の剣だ。
相手が殴ってきたときは強いが、謝られたときは弱い――オセロゲームのように、攻守が入れ替わる。
先生のように、モンスターなら全部始末しちゃおうね、なら話は早いのだけど……。
何とかはめれないかな、と物騒なことを考えてる間に、城ケ崎が一匹目のプチスライムを倒し、笑顔いっぱいで汗をぬぐうのが見えた。
「ほら、綺羅星さんも妹屋さんも、モンスターやっつけましょう! 最近では一緒に戦うことで仲良くなる、ダン友というのも人気だそうです!」
「知ってるけど、あれ本当なのかしら……テレビの嘘じゃないの?」
ダン友に限らず、就活時にダンジョンでの実力をみる"ダン職"や、結婚相手の本音をみる"ダン婚"等もあるらしい。
ダンジョンブームに乗って、適当に名付けてるだけじゃ……と思いつつ、三人はぼちぼち進み――
「あら? 綺羅星さん妹屋さん、あちらに人が……様子がおかしくないですか?」
順路、と書かれた矢印とは反対方向へ、男が左に曲がっていくのが見えた。
足取りは、妙にふらついている。
アプリで地図を確認。……変ね。
あの通路の先は通称"蝶の間"と呼ばれ、きれいな花畑があり見所ではあるものの、それに見とれのんびり休憩してると毒吹きアゲハが寄ってくる立入禁止区域だ。
低レベル時の毒ダメージは強烈で、昔、何人も事故にあったと……
いくら整備がされてるとはいえ、ここはダンジョン。
入ってはならない箇所に入ることは、命に関わると散々言われているが――
「いけません! そっちは違いますよ、そこの人~!」
「あ、ちょっと、城ケ崎さん!?」
城ヶ崎が男を追って飛び出した、ってあのバカ、ダンジョンでいきなり走らないで!
前方不注意で、毒吹きアゲハの不意打ちを受けたらどうするつもりだ。
どんなに高性能な鎧でも、毒を防げなければ致命傷になりかねない。
そんな懸念は、べつの形で的中する。
「危ない!」
ふらついてた男が、飛び出した城ケ崎をかばうように身を挺し。
ふらりと現れた毒吹きアゲハの鱗粉をうけ、うぐ、と胸を抑えて苦しみだす。
ああもう! と綺羅星はナイフ片手に毒吹きアゲハへ飛び掛かり、始末しつつ
――あれ? と戸惑う。
毒吹きアゲハにびっくりした訳ではない。
毒の鱗粉を浴びて膝をついた、この男……
先程まで、背中しか見てなかったので気づかなかったけど。
きらついた茶髪に、甘いスマイルを浮かべる若い男は――
「カザミさん?」
「え!? ……ッス!?」
カザミが綺羅星を見てびくりとし、そのまま、毒の影響でバタリと倒れた。
……って、大丈夫?
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