第70話 我慢
「綺羅星さん。先日の件ですけれど、いかがでしょうか?」
「ごめんなさい、城ヶ崎さん。頂いた話は、やっぱり受け入れられません」
影一とダンジョン掃除を終えた翌日、学校の図書室にて。
四月も下旬に入り、にわかにゴールデンウィークへの期待が増し始めた頃、綺羅星はあえて不機嫌そうな顔をしながら城ヶ崎と向かい合っていた。
鎌瀬姉見の暴走から二週間。ざわついていた教室も、平穏を取り戻しつつある。
綺羅星はぶじ”可哀想な被害者”として認められ、周囲から心配……というより半ば腫れ物のようにも扱われているが、それでいい、と思っている。
他人と接するのは、もともと苦手だ。
いまはダンジョンのバイトも楽しい。人生でいちばん充実している期間だとも感じる。
母親も苛めの件を聞き、同情してくれたのか、ダンジョンのバイトに口出しはしてこない。けど――
「綺羅星さんがいじめられていたという話は、先生からもお聞きしました。大変痛ましいことだと思いますし、私も経験がありますので、辛さは分かるつもりです。……でも、このままではダメだとも思うんです」
「ダメって言われても……向こうも仲良くする気はないと思うし、したくもありません」
「本当にそうでしょうか? 姉見さんは学校に来てないから分かりませんけど、妹屋さんは普通にいますし。一度、話をしてみてどうでしょう?」
花のように微笑む城ヶ崎。
……ずっと、この調子だ。
人は、話し合うことで仲良くなれるのだと信じているんだろう。教室の班分けでクラスメイト達がさりげなく、綺羅星と妹屋を鉢合わせしないよう心がけてくれてるのにも気づかずに。
「城ヶ崎さん。私のことはもう放っておいてくれませんか?」
「いいえ。放っておいたらいつまでもそのままでしょう? 傷は深くなるばかりです。……一年ずっと、この調子で過ごされるつもりですか? それに、いつまでも仲違いしたまま誤解が深まり、姉見さんのように暴力事件になってもいけませんし」
「暴力事件……でも、仕掛けてきたのは向こうです。城ヶ崎さんが聞いてるか分かりませんけど、私、姉見さんと妹屋さんに殺されかけたので」
「……その話は、虐めの話のときにちらっとお聞きしましたけど……」
あの忌まわしい事件は今でも、綺羅星の心の中に残っている。
彼女を鬼に変えたきっかけにして、鎌瀬姉妹をどうしても許せない衝動の元凶。
けど、彼女にそれをぶつけても仕方ない。
まずは一旦、我慢、ガマン……
「それ、綺羅星さんの勘違い、ということはありませんか?」
「……は???」
「いくら姉見さんや妹屋さんでも、人殺しの真似みたいなことまでしないと思うのです。私達、普通の高校生ですよ? 私も中学のとき少し虐められてましたが、殺されるまではありませんでしたし……現実味がない、ですよね?」
「…………っ」
「綺羅星さんが虐められてたのは、理解します。ですが、嘘まで真実のように語ってしまうのは、単なる被害妄想です。そういうのは、ネットの中だけにしておいた方がいいと思うんです。ね? 今ならまだ、間に合いますから……」
――この女。
マジでサンドバッグにしてやろうか……?
我慢しようと思った矢先に殺意が溢れそうになり、慌てて唇を噛む。
ここで殴ったら、姉見と同じ末路になる。
しかも城ヶ崎はただの生徒じゃない。一般市民では手が出せないレベルの、有数のお金持ち。
社会的背景も強く、噂によれば、城ヶ崎家は政界にも手が伸びているのだとか。
安易に手を出せば、必ず足がつく。
無敵の人とは、ある意味で正反対の。
無自覚な、圧倒的強者――
「くっ……」
この子。馬鹿だけど実はめちゃくちゃ強いのでは……?
綺羅星が認識を改めていると、彼女がいま閃きました! とばかりに、ぽん、と手を叩いて。
「そうだ綺羅星さん。私このまえ考えたのですけれど……良ければまた一緒に、ダンジョンに行きませんか?」
「……また?」
「ええ。といっても先日のような危ない場所ではなく、S級ダンジョン“凪の平原”一般ルートのような、誰でも入れる所です。……私、綺羅星さんに自分の意見を押しつけるだけで、私自身ダンジョンというものをまだ深く存じません。それを学びたい、というのもあります」
S級ダンジョン”凪の平原”低層は、一般人にも開放されてるダンジョンスポットだ。
一階層はモンスターも弱く、ダンジョン体験ができるレジャー施設として人気を博しているし、綺羅星達も体育の授業でお世話になっている。
それだけに、断り辛い。
ああ。もやもやする。
敵か味方かハッキリしない存在は、鬱陶しい。
全部斬り殺してしまえば、手っ取り早いのに。
……けど、相手の提案にまったく応じないのも大人げないし……彼女と仲違いしてしまうと、教室の中でヘンな悪評が立つ可能性もある。
クラスでの被害者ポジションを得た綺羅星が、先に手を出してしまえば、ゲームは再びオセロのようにひっくり返ってしまうだろう――
「……分かりました。まあ、凪の平原くらいでしたら」
「わあっ、ありがとうございます! 準備しておきますね!」
喜びのあまり飛び上がり、図書室ではお静かに! と叱られる城ヶ崎。
それでも嬉しそうな彼女を見てると、ほんとに脳天気だなと呆れる他ない。
……まあ表面上の友達付き合いくらいは出来るだろうし、世の中こういった勘違い女は無数にいる。
ただ、友達とダンジョンにいくだけ。
ちょっと、自分がガマンするだけ。
仲直りはしないけどね、と、綺羅星は心のガードを堅めながら、仕方なく承諾し――
翌々日の放課後。
駅前にあるS級ダンジョン”凪の平原”入口ゲートにて、綺羅星は待ち合わせをした城ヶ崎を前に、ぴた、と足を止める。
……それはない。
あり得ないわ、城ヶ崎さん。
あなた。人の話、聞いてなかったの?
すぐさま踵を返したが、城ヶ崎に腕を掴まれる。
全身に熱を感じながら、ぎろり、と睨み付け――その斜め後ろに控える女に、吠える。
「……なんで、妹屋さんが一緒にいるんですか?」
「ごめんなさい。でも彼女に話をしたら、私も謝りたいから一緒にいかせてと……!」
「だったら事前に連絡すればいいでしょう!?」
「綺羅星さん、連絡したら来ませんでしたよね? 今回のような機会がないと、お互いの壁を乗り越えられないと思うんです。今こそ一歩踏み出す時かと!」
そういう問題じゃない。
この子は、この女は本当に何もわかってな――
「綺羅星さん。妹屋さんは勇気をもって、謝りに来てくれました。なのに、ここで逃げたら……綺羅星さんは、ただの臆病者になってしまいますよ?」
「――っ」
なんて卑怯な言い草だ、と全身が熱くなる。
そんなことを言われながら、この場で綺羅星が帰ろうものなら。
……妹屋を前に、逃げ出した臆病者だと思われてしまうじゃない――!
「分かったわ。私が、大人げなかったです」
ふざけるな。ふざけるな。
冗談じゃない。
覚えてなさい――綺羅星は心の中で般若のごとき形相を浮かべつつ、城ヶ崎に向かい、ブオオオオ、と心のチェーンソーをがなりたてながら、仕方なく彼女のあとについていくのだった。
ああもう、本当に腹が立つ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます