第69話 メッセージ


 ちっ、電話に出ないな……と、男――Re:リトライズ取締役、剛翼ごうよく星雄ほしおは執務室の机をつつきながら顔を歪めた。


 角刈りの髪に、獲物を逃さぬ蛇の如き眼差し。

 分厚い眉にぴっちりと着込んだ黒のスーツは、我ながら暑苦しいと理解しているが、スーツだからこそある種の圧を出せることも理解している。


 が、圧をかけるべきバカはここにいない。

 全く、どいつもこいつも使えない。

 人間の手足は脳の命令を実行するために存在するはずだろう、と苛立たしげに座椅子を叩く。




 ダンジョン配信事務所、兼、育成所――Re:リトライズ。


【ダンジョンでキミも英雄になろう! 新しい第二の人生に、リトライだ!】


 そんな歌い文句と共に、ダンジョン配信者の募集及び活動サポート業務を行うRe:リトライズ事務所取締役、剛翼星雄は――配信業という仕事に興味がない。

 彼が求めるのは金、金、金、そして力だ。


 2020年春。

 俗にいう”ダンジョン自由化宣言”以降、ダンジョン配信者の数は飛躍的に増加した。

 ダンジョンは全ての人間がレベル1から始まる。

 どんな境遇の人間でも、成り上がることが出来る。英雄になれる。

 いまこそ己の人生をやり直し、未来を掴もう――そんな歌い文句につられるバカを集めるだけで金が貰える、こんな旨い話はなかった。


 金のにおいを嗅ぎつけた剛翼は、業界のことなど知らぬまま乗り込み、三年。

 元事務所を"Re:リトライズ"と"R:アンサーズ"に二分しつつも、その片方を乗っ取ることで富を得た。


 が、時代は変わる。

 ダンジョンは日常となり、英雄はあまりに数が増えすぎた。

 昨今では純粋な攻略者より、可愛い女どもがきゃあきゃあ言いながらダンジョン探索してる方が売れる時代だ。

 さらに例のパンデミックが収まって以降、巣ごもり需要も減り、一般人でもダンジョンに立ち入れる”ダンジョンツアー”の開催など他業界も本格的に参入したこともあり、経営は危険水域に陥りつつある。


 剛翼自身、潮時だなと気づいているが……

 欲しい。

 一度、欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも欲しくなる。

 それが剛翼星雄のサガであり――そんな彼が次に目をつけた相手こそ、影一普通という何の変哲もない男だった。


 一見ただの元リーマン。

 が、丁寧な背広姿に陰険眼鏡、さらにJKの弟子付きという組み合わせは、ダンジョン攻略者としてはかなり珍しい。

 背徳感をそそるには十分なうえ、ナンバーズを手玉に取れるのなら実力も十分。


 だからこそ、カザミに探りを入れさせたのだが……返事がない。

 ちっ、と舌打ちし、勧誘メールの件はどうなったと部下に問う。


「影一に送った勧誘メッセージへの返事は来たか? 下山」

「いえ……あ、すみません届いてました!」

「転送しろ」




【ご連絡ありがとうございます。影一です。お話の程、拝見いたしました。

 しかしながら、本事務所で承っているのはダンジョン清掃業務であり、配信業の委託は受け付けておりません。今後とも配信業に関わる予定はないため、申し訳ございませんが丁重にお断りさせて頂きます】




 ――断られると、ますます欲しくなるのが剛翼の悪癖だ。

 掃除屋家業など、配信業の片手間でやればいい。

 演出の色はこちらでつけてやる、命令に従えば金になるぞ、もし従わなければ――と、圧を込めて再送信。




【ご連絡ありがとうございます。影一です。お話の程、拝見いたしました。

 しかしながら、本事務所で承っているのはダンジョン清掃業務であり、配信業の委託は受け付けておりません。今後とも配信業に関わる予定はないため、申し訳ございませんが丁重にお断りさせて頂きます】




 コピペで返しやがった。……戦略か?

 こちらの足元を見ようという魂胆か。そうでなくては面白くないが、調子に乗ってると痛い目を見るぞ?

 本当は興味があるんだろう? 掃除屋なんて地味な仕事より、男なら誰もが憧れる英雄、配信者――くたびれた負け犬中年オヤジの一発逆転、刺激的すぎる誘いだろう?


 ほら。お前の本性を見せてみろ、影一普通――




【ご連絡ありがとうございます。影一です。お話の程、拝見いたしました。

 しかしながら、本事務所で承っているのはダンジョン清掃業務であり、配信業の委託は受け付けておりません。今後とも配信業に関わる予定はないため、申し訳ございませんが丁重にお断りさせて頂きます


 追伸

 以前そちらの事務所所属の配信者”ナンバーズ”と、些細なトラブルが発生しました。

 本件につきまして、そちらの事務所は無関係とのご返答を既に頂いておりますが、今後も同様のトラブル、ないし本勧誘のような的外れの依頼が続いた場合、いずれ(あなたの命に関わる)重大なトラブルに発展しかねないことが懸念されます。今後ともご自身の安心安全への配慮を忘れず、賢明な判断をされることを改めて願います】




「っ、な、何が言いたいんだこいつは……っ!」


 くそ、舐めやがって! 何が重大トラブルだ、ほら吹きにも限度があるだろう!

 まあ、それくらいホラを吹ける気骨がある方が面白い――


 ……だが、ヤツは分かっていない。

 Re:リトライズは、ただの配信事務所ではない。一企業であり組織だ。

 それなりの配下を揃えているし”玉竜会”というツテもある。

 個人と組織が戦えば、どちらが有利かくらい社会人経験のある男なら分かるだろう?


 SNSで事務所の悪評をばらまかれたいか?

 仕事先に部下を突撃させ、業務妨害をしてもいいんだぞ?

 ナンバーズの連中は下手を打ったが、手段なんて幾らでもある。被害に遭いたくなければ、大人しく傘下に入れ――


 そんな雰囲気をふんだんに混ぜ込み、返信した。

 無論、直接的な文言は入れていない。どう解釈するかは自由だ。


「全くもって馬鹿だな、影一という男は。……たかが個人が、組織に叶うはずもないだろうに」


 ふん、と鼻で笑いながら。

 この程度のことも分からないなら、大した男ではないか、と失望し――


*


「先生? 先程から何のメールを打ってるんですか?」

「餅は餅屋。いきなり相手のトップを消しても良いのですが、相手が取締役ともなれば些か目立ちますからね。それに折角なら、社会的信用を落としてから消した方が、ストレス解消になりますし」


 ふんふん、と影一は楽しげに文章を作成した後、耳元にスマホをあてた。


「お久しぶりです、後藤さん。先日のクエストではお世話になりました。……じつは以前の”ナンバーズ”関連で、迷宮庁の助力を頂きたい案件がございまして……ええ。先日の借りとでも考えて頂ければ、と」


 私はまっとうな社会人ですからね。

 犯罪行為は嫌いなのですよ、と影一は鼻歌混じりに連絡を取る。


*


 数日後。

 剛翼の元に、数十ページにも連なる影一の返事……の、代わりの文章が到着した。




『是正勧告書 迷宮庁安全課

 文書番号――、発行日○月×日、代表取締役 剛翼星雄殿


 拝啓、貴社におかれまして日頃より業務の円滑な運営と社会貢献に尽力されていることに敬意を表します。

 さて、当機関において実施した調査の結果、貴社において以下の事実が確認されました。

  1.従業員に対する威圧的・恐喝的な言動を元にした違法なダンジョンアタック

  2.強引な配信活動への勧誘行為

  3.推奨狩人ランクから著しく乖離したダンジョン攻略

   etc……

 これらの行為は労働基準法および迷宮法第九十六条に反し、改善が急務であると……』



 迷宮庁……日本最大の組織からのメッセージに、剛翼は顔を真っ赤にしながらテーブルに拳を叩きつけた。

 誰だ、こんなクソつまんねぇ密告をしたヤツは――卑怯にも程があるだろう!




――――――――――――――――――――

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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