第72話 計略

 凪の平原、一階通路にて――毒をうけて倒れたカザミと、おろおろする城ケ崎。

 そんな中まず檄を飛ばしたのは、意外にも妹屋だった。


「お嬢。今すぐ人を呼んできて」

「え!? で、でも、先に迷宮救急に電話を、えっと、番号……」

「迷宮救急はお金も時間もかかる。それより、ここは凪の平原一層でしょ? 人を呼べばその辺にいるはずよ」


 一般市民に解放された”凪の平原”入口なら警備員もいる。解毒ポーションくらい持っているだろう。


「わ、分かりました! 私すぐに人を呼んできます! 綺羅星さんは……」

「私は残ります。また敵が来ると困るので」

「はいっ!」


 慌てて救援を呼びにいく城ヶ崎を見送りつつ、綺羅星はカザミの背に手を当てた。


 影一の教えてくれた"察"は、ダンジョンに漂う魔力を感知する方法。

 その応用として、相手の体内に魔力を打ちこみ、反射を察知すれば相手の状態を観察できる。


 なお先生風にいうなら「確実にやったか確認できます」とのこと。


「……。……うん。毒を受けてるわ。それで魔力が低下してる。意識が落ちる程に」

「回復用の薬とか持ってないの、委員長」

「ごめんなさい、たまたま切れてて」

「そう。じゃあ、運ぶ?」


 確かに。ここにとどまっていては再び毒吹きアゲハに襲われかねない。


「そうしましょう。妹屋さん、足のほうをもってもらえますか」

「私? 無理よ、男なんて汚いもの持てないわ。委員長が背負って」

「……私も、力があるわけじゃないですけど」

「でも委員長ダンジョンで仕事してるんでしょ? なら、力あるんじゃないの」


 不服そうな妹屋に呆れながら、綺羅星はインベントリを召喚。

 黒い渦のなかからポーション瓶を取り出し、無言で飲み干す。


「それなに、委員長」

「パワーポーション。力を一時的にあげる薬です。……先生から教えてもらったんです、いろんな状況に対応できるようアイテムのストックは常に確認しろと」


 インベントリの中身は、狩人の命綱。

 常に整理整頓を心掛け、容量の無駄を削減せよ。

 インベントリの容量が多いとそれだけで魔力を消費するが、必要なアイテムを持たないのは死に直結する。


 ダンジョンに入る前こそ、狩人の腕の見せ所……と、丁寧に教えられた。


「私の先生、すごく頼りになるんです。狩人としても、人としても。妹屋さんも一度お会いしてみます?」

「っ……遠慮しとく」

「そう。じゃあ、いきましょうか」


 綺羅星はカザミの背中を起こし、姿勢を崩しつつも何とか背負う。

 か弱い女子高生が大の男を背負うなど、どう考えても無理な姿勢だが、ダンジョンなら男も女も関係ない――



 どすっ



 鈍い音とともに――脇腹に激痛が走った。


「あ、ぐ……」


 声をこぼし、膝をつく綺羅星。

 突然走った痛みに、慌てて脇腹に手を当てると――冷たい金属の感触がする。


 魔力性のナイフだ。

 ……刺された。誰に?


 ずきんずきんと痛むなか、冷や汗をこぼし青ざめながら、膝をつくと。

 目の前にいたのは、意識を失っていたはずの、あの男……。


 カザミが、いやぁ、と青ざめながらヘラヘラと笑っていた。


「い、いやその……これも仕事っつーか。お、俺は悪くないんスよ? ただ、えっと」

「あんた……がっ!」


 続けて、背後から衝撃。

 がつんと倒れた後頭部を思いきり踏みつぶされ、ぐ、とくぐもった声をあげる綺羅星の後ろから、あーあ、と……


「委員長、アンタってほんと馬鹿。こんな簡単な罠にひっかかるなんて。本当にダンジョン経験者なの?」

「――っ」


 陰気な、けれど興奮をにじませた声がじんわりと……耳の穴をほじくるように響く。


 くすくすと、くすくすと嫌らしい笑みを浮かべて笑うのはもちろん、綺羅星に仲直りを提案してきた――


「偉い先生にくっついて、自分も強い気になってただけ。警戒して損したわ。……ほら、運びなさい」

「い、いや……お嬢ちゃん? 仕事はちゃんとやるッスけど、あんま、この子虐めるのは……」

「は? アンタ何でもやるって言ったじゃない。お金、困ってるんでしょ」

「っ、すんませんッス!」


 綺羅星はそのままカザミに担がれ、蝶の間の奥へと消えた。


*


 世界各地に出現した謎の現象、ダンジョンの存在は、闇バイト界隈にも大きな影響を与えている。

 ダンジョン内の狩人を襲いアイテムを強奪する"ダンタタ"や、アイテムトレードにて交換するフリをして持ち逃げする"ダンニゲ"など手口は様々で、政府の対応は後手に回っている状況だ。


 妹屋自身、できればそういう闇バイトのプロ、可能なら組織を組んでる人間に頼みたかったし、専門サイトも見つけたのだが――

 実は一回、騙されて金を取られただけに終わった。


 なので仕方なくSNSで探したところ、この、カザミとかいう軽薄な男が引っかかった。

 SNSで自ら「何でもやります!」と書いており、ひどくお金に困ってたと聞いたので、使いやすい――切り捨てやすいと判断した。


「ねえ。その女のレコーダー、壊しといてよ。私捕まりたくないし、あなたもそうでしょ?」

「ッス! やります、やります」


 男が綺羅星の眼鏡につけたレコーダーを掴み、川に捨てる。計画通りだ。




 ――仲直り、しませんか?


 城ケ崎に相談を持ちかけられた時、計画はすぐに閃いた。


 ……あの恐ろしいリーマン男のことは、未だに気になる。

 けど、どうしても。どうしようもなく、妹屋は委員長を許せない。

 夜中にうなされ、チェーンソーで引き裂かれそうになる悪夢を乗り越えるためにも、必要な復讐だったのだ。


 手順は、見ての通り。

 妹屋がスマホでカザミに連絡。カザミを先行させつつ演技をして城ケ崎をパーティから外し、二人きりになったところで麻痺毒を食らわせる。


 もちろん、城ケ崎を外すのに失敗する場合もあるだろう。

 たまたま通行人が居合わせるケースも、考えられる。

 その時は何食わぬ顔で作戦をキャンセルし、演技をしたカザミを助けて終わるだけ。


 実行事態は低リスク。失敗しても、カザミが捕まるだけで自分は知らんふりをすればいい。

 半ば、運任せの作戦だったが……一回目で上手くいくとは。


「ふふ……」


 ざまぁみろ、あのクソ背広野郎。

 委員長が今からどんな目にあうか、あとで知って絶望するといい。……ああ。想像するだけで思わずよだれが出てしまう。


 これで私は委員長より”上”。

 この女の"下"に置かれ続ける、みじめな負け犬人生なんて――妹屋の誇り高きプライドが、許さない――!


「あの。そろそろ大丈夫ッスかね? この辺で……人気もないッスし、一階の一番奥ッスけど」

「そうね。じゃ、手始めにそいつヤッちゃって?」

「え? それって」

「なに。一から十まで説明しないとわからないの? アンタ男でしょ。男なら女にすることなんて、一つしかないじゃない。ええ、この女にはきっちりと,素敵なお返しをしてあげないと――」




「そうですね。……せっかく、人気のないところまで案内して貰えたんです。素敵なお返しをしないといけませんね?」




 え? と妹屋が驚き、スマホから顔を上げるのと。

 どす、と鈍い音がし、カザミが崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。


 ……入れ替わるように。

 ゆらゆらと、煙が立ち上るように。


 幽鬼のような顔を浮かべながらのっそりと身体を起こしたのは、確かに、意識を失っていたはずの……


 え。……は?

 なんで?


 ぽかんと口を開けたままの妹屋に、綺羅星はスカートについた汚れを払いながら。

 わざとらしく首を鳴らし、あのね? と呆れたように鼻を鳴らす。


「妹屋さん。私を襲うのは結構ですが……もう少し、頭使ったらどうですか?」

「なっ。なん……で」

「普通に考えたら、わかると思うんですけど……」


 私、ちょっと先生に似てきたかな……なんて思いながら。


 綺羅星は目を丸くしている妹屋に、くすくすと笑いながら、教えてあげた。



「ダンジョンで私を襲うのに、私より弱い人を用意しても……意味がないと思いますよ?」


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