第67話 バレてる


 翌朝――。



 しかしホント、空気の読めない奴らだったよな~と、カザミはシャワーで髪をさっぱり流しながら舌打ちした。

 わざわざ丁寧に下から接したのに、あの態度とは。人の心がないのか?


 普段の生活でもきっと嫌われてんだろうなあ、と鼻で笑いながら裸のまま鏡の前へ。

 よし。今日も俺、格好いい。

 ……昨日のゾンビの匂い、残ってないよな?


 やはり、ゾンビなんていう気味の悪いモンスターと戦うのはよくない。剣も鎧も汚れるしな。

 ああいう時は馬鹿なフリして他人に任せるのが、コスパがいいってもんだ。

 俺、頭いい!


 にしても、あいつらは一体何だったんだ?

 火炎放射器にやべー防護服。普通の掃除屋でもあんなアイテム持ってないと思うし、何より雰囲気がやべぇし……。


 ……まあいいか、朝ご飯、朝ご飯、と。

 サラダとトースト、目玉焼きにコーヒーをつけスマホで撮影。

 今日の朝! と、インスタにアップしようとした所で、アラームが鳴る。


 っと、今日はミチコと約束してた。

 ミチコは三番目だが、キープするには都合のいい女だ。煽てておけばすぐなびくし、欲求不満の人妻ってのもアツくてそそる。

 ホント、向こうの旦那が何も知らないってのがまた優越感あって最高っていうか――


 ピンポーン、とアパートのチャイムが鳴った。ん?

 ……出れば、玄関先に小さな箱がひとつ。


「何だこれ」


 開けてみる。


 お土産屋で見かける、クッキーのアソートセットが入っていた。

 何だコレ。


 ……女か?

 カザミが首を傾げていると――またも、スマホが震えた。知らない番号だ。


「はーい、誰っすか?」

『突然のお電話、失礼致します。……先日お世話になりました、影一普通と申しますが』

「ッス! ブラザーお疲れ様ッス!」


 やっべ! と慌てて挨拶。

 これは誰にもバレちゃいけない秘密だが、カザミは今後ある理由により、あの男とうまく付き合わなくてはならない。

 ぶっちゃけ面倒臭いし、男より女を相手にしてるほうが好きなんだが、約束だ。


 ……てか、俺の正体ばれてないよな?

 んまあ、バレる要素なんてないか。

 大丈夫、大丈夫。


 俺がボロさえ出さなきゃ、あんな偏屈な背広男に正体がバレることなんてないのさ、ばーか。

 ……俺はなあ、お前が知らないことを知って――


『ところで、カザミさん。あなた、個人で配信をされてる方かと思っていましたが、事務所所属なんですね。Re:リトライズ、という』

「っんぐ!?」

『私の記憶が確かなら”ナンバーズ”と呼ばれる元配信グループと同じ事務所のはずですが……何か、ご関係が?』


 やっっっべ、バレてんだけど……。

 え、てか何でバレた?

 俺まだ事務所からデビューすらしてないし、名前も載せてねぇよな?


 つうかよく考えたら俺の電話番号、どうやって……。


『どうかしましたか、カザミさん――風見鶏かざみどり合地あうちさん』

「!?!?」

『年齢22歳、職業フリーター。前職は一週間コンビニバイトをしたのち無断欠勤にてクビ。実家に父、母、兄が一人ずつ。……ご実家には、可愛い犬も飼っておられるようで』

「ッス……よ、よく知ってる、ッス、ね……?」

『犬種はフレンチ・ブルドッグでしたか。私は基本的に猫派ですが、犬も可愛いものです。ええ。確か去年でしたか、私がとある依頼をうけたとき、依頼主が飼っておりました。犬を。で、その犬に随分吠えられましてね。飼い主ともども、きゃんきゃんと』

「……な、なんの話……ッスか?」

『大変よく吠えるものですから、私と仲良くしたいのかと思い、餌付けをしたのです。栄養バランスを考え、犬用ハンバーグに長ネギやニラも刻んで差し上げました。大変喜んでくれましたよ。今ごろ飼い主共々、あちらで仲良くしてることでしょう』


 ああ、それと別件ですが。

 ――あなた、ずいぶん借金があるようですね?


「な、なんで、そんなことまで……」

『口が軽すぎる友達を持つものではありませんね。それで? 私に近づいた目的は?』


 っ――な、なんだこいつ。

 意味がわからねぇが、こいつは……ヤバい!!!


 俺の本能が告げている。コイツと関わったら、絶対ヤバい。

 てかこれ、フツーに脅迫だよな?

 お前の住所も家族も知っている、だからお前の知ってる情報を吐けよ、っていう……。


 ……でも、でもだぞ?

 質問してくるってことは、相手は俺の目的についてまだ何にも知らないってコトなわけで。


 ここは……よし。

 俺様の得意技、すっとぼけ!


「い、いや~すんませんブラザー。何のことかさっぱりわかんねッス。……確かに事務所には入ってますけど、ブラザーと会ったのはマジたまたまでぇ」

『そうですか』


 背後で。

 ピピ、と電子音が響き――テーブルがいきなり吹っ飛び、カザミは泡を吹いて「ひいいっ!?」と飛び上がった。


 !?!?

 え、何だ今の? は? は?

 爆発!?

 何で? なんでなんでナンデ!? つうか今なにが爆発したんだ?


 意味が分からず、ダラダラと汗を零すカザミ。

 その耳元で、再び、男が呟く。


『もう一度だけお尋ねします。目的は、何でしょうか』

「……いや……えっとぉ……」

『もしあなたが正しい情報を提供して頂ければ、特別に、条件つきで見逃してあげても構いませんよ』

「は? それ、どういう……」


 返事はなかった。

 ただ、無言の威圧感だけがスマホを通じて伝わり――カザミは直感的に、これはまずいと思い。


 今までの人生で一番、本当に全力で悩みに悩み、考えた末に――五秒で事情を告白した。




「すす、すんませんっしたー! 俺、じつは事務所のスパイなんですぅぅっ!」


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