第66話 空気


「い、いやぁさすがッスねブラザー。俺等の出番、ぜんぜんなかったッス……」

「ホホ、ホ……お見事としかいいようがありませんざますね?」


 半笑いのままへこへこ頭を下げるカザミを完全に無視し、ダンジョンより脱出した影一はマンション入口にてスマホを弄っていた。

 依頼主より、早めに完了報告書を送ってほしいと頼まれていたためだ。


 影一はモンスターがいた証拠を、画像つきで送信。

 清掃依頼はD級上位だが、実際にはB級――ただし依頼主は事前にゾンビが出現したことを報告しており、ポイズンゾンビはともかく、ゾンビキマイラまで出現したのは完全にイレギュラーだと説明。

 清掃料金こそ割高になるものの、故意の難易度詐称にはあたらないという旨を通達する。


 その傍で――


「つうか火炎放射器とか、マジで俺等の発想になかったッス。そういう知識、どこで手に入れるんすか? やっぱ狩人専門の裏コミュニティとかあるんすかね?」


 ね、ね、と今度は綺羅星に寄ってくるカザミ。


「つうか気になってたんだけど、キミ、ブラザーの弟子? てゆーかよく見ると可愛いッスね。ブッサイクなフレーム眼鏡つけてるから気づかなかったッスけど、俺がいいの買ってあげようか?」


 馴れ馴れしい態度に、何だこいつ、と綺羅星は頬を引きつらせるが……

 ガン無視もできず黙ってると、カザミが気をよくしたように寄ってきた。


「てゆーかキミ高校生だよね? そのわりに強いッスよね、どんな訓練したんすか?」

「……強いモンスターと戦っただけですけど」

「またまたぁ。ホントはあるっしょ? 超簡単らくらくレベルアップ! とか。俺もさー狩人やるなら勉強しないとなあと思って買っちゃったわけ。ダンジョン必勝攻略テクニック! あ、見る? ダンジョン格闘技界で有名な、チャンプさんって人の本でさー、もう五万部も売れてるわけ。すごくね? あ、俺この人と知り合いなんだけどさ〜」

「…………」


 超簡単らくらくレベルアップ、って……私、死にかけたんだけど。

 死にものぐるいで、レベルアップしたんだけど……


 その苦労を、その辺で売ってる自己啓発本と一緒にしないてくれませんか?

 と思いっきり睨み付けたいが、相手は大人だし……と、綺羅星が仕方なく黙っていると――


「てゆうかッスよ、日曜日におじさんとダンジョンなんて暇なの? あ、もしかしてパパ活ってやつ?

 お兄さんが代わりに出してあげよっか。代わりにこのあとご飯どう?

 てか俺等さ~戦闘終わったら必ず打ち上げして反省会すんだよね。ま、反省会っていう名の飲み会だけど!

 ていうかキミ彼氏は? 一人くらいいるっしょ、JKなんだよJK。実は真面目そーな顔して裏でやってたり?

 俺さ~こう見えて見る目はあるしアッチの方も得意なわけ。この前もミチコ……まあ俺にとっては三番目の女なんスけどぉ、旦那持ちなくせにすげーいい具合でさあ。あ、でも君になら俺も本気の愛を約束しちゃうッスよ?

 ……てか、もしかしてキミ、あのオジサンのことが好きとか――」


「カザミさん。……取り巻きの皆さんも」

「ん?」

「口を動かす前に、まず、戦ったらどうですか?」


 しまった。

 ついイラッとして、年上に言い返してしまったけど……本音だ。

 この人さっきから戦闘中にべらべら喋ってるだけで、ホントに――


「全く役にたってませんでしたよね。そちらの小太りな男性が、ハンマーでゾンビを二、三匹倒した程度で」

「っ、そ、そりゃあほら、俺等はまだC級の素人ッスよ? それに、ブラザーがすぐ倒しちゃうから出番がなくて……配信映えもしないしさぁ~」

「だったら別行動すれば良いですよね?」


 ダンジョンには十字路もあった。手分けすれば、業務時間の短縮になったはず。

 事実、綺羅星達はボス撃破後も巡回し、時間をかけて多くのザコを焼き払った。モンスターの駆除が中途半端だと、ダンジョンが崩壊しても後で復活する可能性があるからだ。

 やりようなんて幾らでもあったはず――ああ、考え出したら口が止まらない。止められない。


「あなた達、格好は派手ですけど中身ぺらっぺらですよね。配信者としてのキャラクター作りは理解しますけど、その前に実力をつけた方がいいと思います」

「…………」

「さっき、楽々レベルアップとか言ってましたけど……私もまだ未熟ですけど――もっと、実践を積んだ方がいいと思います」


 言っても無駄かもしれないけど。

 と、綺羅星が睨み付けると、「あのさ~」とカザミが呆れて溜息をついて。


「君さ。もう少し空気読んだ方がいいッスよ?」

「……空気?」

「そそ。確かにキミらは強いけどさ。なんつーの? 譲り合い? 社会への馴染み方ってゆーか、人との付き合い方? 大人になるっていうか。たとえば俺等が前に出てる時は、見せ場作るために遠慮するとかぁ」

「…………」

「もっとさ、他人に対する優しさが大事なわけ。人間同士、みな兄弟。仲良くしよう。ラブ&ピース! ってな?」


 はは、と笑うカザミに――綺羅星は拳を堅く握る。


 空気を読め。仲良くしろ。相手のことを思って遠慮しなさい――それは綺羅星が両親に、クラスメイトに度々言われてきた呪いだ。

 いい子でいなさい。

 空気を読んでガマンしなさい。

 あなたは委員長なんだから。


 そういう人間は大抵――自分にとって都合のいいから口にしてことを、いまの綺羅星は理解している。

 口先だけの卑怯者。体のいい誤魔化し野郎。


「キミも可愛い顔してるんだし、なんつーの? もっとダンジョン以外のことにも挑戦してみたらいいんじゃない? あ、何なら俺が新しいこと教えてあげるッスよ? キモチイイこと。これからどう……」

「――失礼。報告が完了しました」


 苛立ちゲージが沸騰しかけた手前、影一がスマホを仕舞い戻ってきた。


「では、本日はこれにて業務終了です。綺羅星さん、お疲れ様でした。宜しければ帰宅途中までお送りしましょうか」

「あ、ブラザー俺等も一緒にいくっス! つかこのあと飯でも」

「それは業務に必要なことですか?」


 ネクタイを整えつつバッサリ切り捨てる影一に、カザミ達は言葉を無くして固まった。


*


「何だったんでしょう、あの人達……」


 影一とともに、揺れる電車のつり革に捕まりながら――綺羅星は、不自然すぎる、と眉を寄せた。


 ベテラン狩人にくっつくコバンザメ。報酬をかすめ取るハイエナなら、まだ理解出来る。

 けど彼等は、口うるさかったものの本当に獲物を横取りしてこなかった。

 ……あれで配信になるのだろうか?

 売れない芸人が一人で空回りしてるような配信に、視聴者はつくんだろうか?


 それに……


「どうかしましたか、綺羅星さん」

「すみません。気分がもやもやしてしまって」


 彼等は直接、危害を加えてきたわけではない。

 そこが、逆にもやもやする。


 ……”ナンバーズ”や、鎌瀬姉妹。

 彼女達はハッキリとした悪意をもって迫ってきた。だから、綺羅星も遠慮なく敵だと思えた。


 けど、ああいう……ただ鬱陶しいだけの連中は、どう対応すれば良いのだろう?


「あの人達、正直にいうと面倒臭いとは思うんですが……でも、攻撃されたわけではないのに、反撃するわけにもいかないですし……先生はこういう時、どうするのかな、って――」

「ふむ。綺羅星さんはひとつ、誤解をしていますね」

「……?」

「確かに、私が手を下すのは自分に不利益を与えた者や、約束を守らない愚か者が大半です。……が、私のもうひとつの基準はご存じでしょう?」


 綺羅星はこくりと頷く。

 ノンストレス――影一がある意味もっとも重視する、人生を楽しく生きる秘訣。


「先程の連中は、大量にカメラや盗聴器を付けていたから泳がせていただけで、タイミングが合えば消していましたよ」

「……相手に攻撃されなくても?」

「関係ありますか? それ」


 逆に聞かれ、綺羅星は戸惑う。

 影一は淡々と、つり革に手を下げながら薄く笑い、


「相手の行動が悪意によるものか、善意によるものか。私はそれを重視しません。大切なのは、相手の行動が私にとってストレスになるか、否か、です」

「……良いんですか、それで」

「基準は”私”です。つけ加えれば、私は彼らに、同行は拒否すると明確に伝えました。にも関わらず一緒についてきた時点で、害意があると私は判断します」


 その方が人生、楽でしょう?

 と言われ、綺羅星は納得するとともに……ふと、クラスメイトの顔を思い浮かべる。


 ――城ヶ崎河合。

 タイプこそ違うが、彼女もある意味カザミと似た存在だ。

 友達だから仲良くしよう、話せば分かってくれる、と……綺羅星に善意を押しつけてくる、鎌瀬姉妹とは別ベクトルの厄介な味方。


「……そういえば、返事しないと……」


 昨日、その城ヶ崎からメッセージが届いていた。


【鎌瀬さん達ともう一度、きちんとお話して”友達”に戻りませんか?】


 冗談じゃない。ふざけるなと思ったが……まだ返事は返せていない。


 影一とともに電車を降りながら、綺羅星は密かに悩む。

 鎌瀬姉妹のような、誰がみてもわかりやすい悪人なら遠慮なく切り刻める。

 馬鹿な相手を釣り出す方法も、理解した。


 けど、ちょっと鬱陶しいだけの善意で迫ってくる城ヶ崎まで、手にかけて良いのか、どうか。

 綺羅星は影一ほど簡単には割り切れないし、それに……


(私の攻撃方法って、よく考えたら相手が馬鹿してくれた上でのカウンターだけだし……)


 鎌瀬姉見のように、自分から人気のないダンジョンに突っ込み、暴力を振るうバカなら簡単にあしらえる。

 けど、城ヶ崎は(普通のことだけど)そこまでバカではなく、真っ当な正論をもって、説得を仕掛けてくる。

 だからこそ、厄介なのだ。


 ……姉見と揉めた件で、すこしは成長したと思っていたけれど。

 ああいう相手には、どう対応したら良いんだろう――?


「全ての答えは、ダンジョンにある。……意外と、真実かもしれませんよ」


 ふと、並ぶ影一が笑いかけてきた。

 駅を出れば、空はすでに夕暮れ模様。綺羅星は夕日を手で遮りつつ、そっと影一を伺い顔を上げる。


「綺羅星さん。現実の人間関係において、暴力を振るうことは禁じられています。しかし、ダンジョンはすべてを包み込む。……あなたの狡猾さ、そしてチャンスを見逃さない悪辣な目があれば、いずれ機会は訪れるでしょう」

「き、機会って……私がまたやらかすみたいな言い方、しないでください」

「そうでしょうか? あなたは私以上に、ストレスに対して我慢できない性格ですからね。放っておけばいずれ、やらかすと思いますよ?」


 報告が楽しみですねえ。

 にやりと笑われ、綺羅星はちょっと考え、……いや待って、なんか私ヘンな期待されてませんか!?


「先生。私、ごく普通の真面目なクラス委員長なんですけど……」

「ああ、そういう設定でしたね。ちなみに私も、ごく普通の元リーマンです」

「先生は普通じゃないと思いますけど」

「では綺羅星さんは普通の女子高生であると? あなたの本性を知る人にアンケートを取れば、おそらく10:0だと思いますよ」


 くつくつと笑われ……って、何が!?

 何が10:0なんですか!?


 もうっ、先生まで。

 誰がどう見ても、私は普通のJKなのに、と怒りながら――でも、先生と冗談を言い合えたのが少しだけ嬉しくて、綺羅星はバレないようにふふっと笑う。


 今日も色々あったけど――やっぱりダンジョン攻略はいいな、と、綺羅星はちょっとだけ心を軽くしながら、帰路につくのだった。

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