第65話 駆除しただけ
影一達が足を踏み入れたのは、事前情報の通り堅い岩肌に囲まれた”洞窟”ステージ。
入口広前をぬけた先は通常のダンジョンに比べて横幅が狭く、前方の見通しも宜しくない。
もちろん、察の使える影一達には大した障害にならないが……
「うわ、暗っ! けど安心、俺のもつ虹色の剣はあかり代わりにもなるッスよ!」
「オホホ、さすがはカザミ兄様ざます! 兄様の将来のように眩しくて目が潰れてしまいますわ!」
「さ、さすが兄貴……おでには思いつかない。天才……」
後方の”ブラザーズ”三人組が馬鹿みたいに剣を輝かせ自慢していた。
ハッキリ言って邪魔である。
あんなゴテゴテのネオンみたいな魔力を光らせらていては、敵に狙ってくれと宣言してるようなもの。
影一は無視。
通路を直進し、十字路にさしかかった所で地面が不自然に盛り上がり――
土気色をした泥人形のような人型モンスターが、ぼこりと姿を見せた。
1.5メートル程ある人型の化物、ゾンビ。
元は人間の死体が蘇った化物を示すが、ダンジョンに出現するゾンビは腐乱した人間を模したモンスターだ。
動きはにぶく、攻撃もただ腕を振り下ろしたり飛びかかる程度。
が、物理耐久が高いため、弱点をつかなければ、倒すのに時間がかかる。
弱点は炎、および光属性。
肉ごと焼いて火葬してしまうのが一番早いが――
「っしゃいくぜ! 俺等の活躍を見るッスよ!」
「オホホ! わたくし達の晴れ舞台がついに来たざます!」
「お、おで、バカだけど、が、がんばるど……!」
影一の背後でカザミが颯爽と、剣を。
続けてザマスが扇子、バカマルがハンマーを構え――
ヒュッ、と空気を裂く音。
影一のボウガンが、ゾンビの眉間を捕らえた。
ゾンビが一撃で倒れ、コロン、と魔石に変化する。
「ッス?」「ホホ?」「お、おで?」
呆然とするカザミ達。
影一は黙って魔石を回収し、綺羅星とともに乾いた足音を立てながら洞窟を進む。出勤中のサラリーマンのように淡々と。
その先に再びゾンビが現れ、――今度はカザミが声をあげる間もなく、矢が走る。
目の前で倒れるゾンビ。魔石を回収する影一。
「っ……ブラザー。さすがの早業ッスけど、もっと俺等に見せ場とか……ないッスか?」
「それは業務上必要な行為ですか?」
影一の仕事は、掃除屋だ。
リスナーを楽しませるわけでも、己が目立つためでもなく、モンスターを駆除する清掃係だ。
「それは、そうッスけど……こう、せっかくダンジョンに入ってるんだし、もっと楽しみとか……」
「私の楽しみは、私の仕事を邪魔されないこと。そして、つつがなく業務を終えることです」
淡々と返しながら再び十字路にさしかかった所で、ぼこりと地面が盛り上がった。
またも、ゾンビ――ただし全身に紫色の霧のようなものを纏っている。
体躯も2メートル近くと一回り大きい魔物に、オホ!? とザマスが悲鳴をあげる。
「ぽ、ポイズンゾンビ!? ど、どういうことざます? D級ダンジョンにC級モンスターが……」
ポイズンゾンビはゾンビの上位個体だ。
名前の通り、ステータス異常”毒”を得意とし、さらに厄介なのは物理攻撃であれば近距離、遠距離を問わず毒の煙を散布すること。
さらに物理攻撃への耐性も高い、厄介な敵だ。
「やば、俺、毒対策とか持ってないッスよ、ブラザーどうす……」
右手から現れたポイズンゾンビにカザミ達が慌て、影一を伺い――
あ? と目を丸くする。
さっきまで、背広姿をしていた影一と、制服姿だった綺羅星が。
……いつの間にか全身真っ白の、宇宙人みたいな格好に装備変更し……
右手に構えた、金属製の大きなノズル――以前、害虫を焼き払ったときに用いた火炎放射器を構え。
カザミ達の前で、激しく火を吹き始めた。
ゴオオオオオオ――ッ!
炎であぶられ、べしゃっと大地に崩れるゾンビ共。
倒れた敵にも容赦なく火炎を浴びせ、焼き尽くしていく影一達。
「「「…………」」」
効果は抜群。
ダメージを受けたゾンビがのたうち回り、魔石となって消滅する。
火あぶりにされたモンスターの悲鳴を聞きつけてか、地面から再びぼこり、ぼこり、とポイズンゾンビが現れ――影一達はくるっと振り向き炎をまき散らす。
燃やす。燃やす。ひたすら燃やす。
そこにあるのは、有名な絵画ムンクの叫びのように悲鳴をあげながら悶え苦しむゾンビと、火を吹く無機質な人間のみ。
地獄絵図であった。
とても配信できたものではない。
「「「…………」」」
カザミ達がぽかんとする前で、モンスターとのバトル……駆除作業が終了。なお火炎放射は物理でなく魔法攻撃に属するため、毒によるカウンターは発生しない。
そして完勝したにもかかわらず、影一達は表情を変えず……ガスマスクのせいで表情は窺えないが、多分変わってないだろう様子で黙々と魔石を回収していく。
――え。
何なのこいつら?? と眉を寄せるカザミ。
な、なんかやべー気配すごいんだけど……でもまあ、勝ったからいい……のか?
「……さ、さすがっすねブラザー。いやぁ、火炎放射なんて考えたこともなかっ……」
カザミ達が我に返り、へこへこと頭を下げ――そこに。
くるりと、影一とJKが振り向いた。
「ひっ」
悲鳴をあげたのは、同時に銃口がこちらを向いたからだ。
魔力の残滓か、ちろちろと、火炎放射器の先端にはロウソクのような炎が灯ったまま。
……ガスマスクをしているため表情は窺えないが……
気のせいか。
カザミには彼等の銃口が、ひとつ間違えば自分に向くような……もちろん、決してあり得ないはずだが、その炎は相手がゾンビでも人間でも変わることなく、火を吹きそうな気がして……
まさか。気のせいだろう。
慣れない火炎放射機にびっくりしただけで、彼等が生きてる普通の人間まで焼くなんてことはない。犯罪だし。
……なのに、この寒気はなんだ?
「っ、あの。す、すごいのは分かったんで、火炎放射器、こっち向けられると怖い、つうか?」
「モンスターを駆除しただけです」
「……そうっすよ、ね……?」
「私は、私の邪魔をするモンスターを駆除するだけです」
淡々と答える影一。
なのに、カザミの背をうっすらと冷や汗が伝わっていくのは、どうしてだろう。
*
たどり着いた最深部。
洞窟ステージ最奥の広間にて、カザミ達はぎょっと目を見開く。
「なっ、ゾンビキマイラ! 嘘だろ、難易度B級モンスターじゃ……」
獅子の頭にライオンの胴、蛇の尾を持つモンスター、キマイラ――のゾンビは元となった獣と同様、獰猛な爪と牙に毒を持つ。
さらに蛇の尾には麻痺毒が仕込まれており、口から吐くブレスには石化のステータス異常まで含んでいるという難敵――
でも焼いてしまえば関係ない。
とばかりに、影一とJKは不意打ちで火炎放射を浴びせていく。
影一が敵を引きつけ、ひらり、ひらりとステップを交わしながら。
執拗に。念入りに。腐肉が炭になるまで徹底的にし、その動きが止まるまでひたすら焼き――
やがて紫色の煙をあげて消失した。
大地に転がる魔石を回収。
一面に残る焦げ跡を前に、さて、と影一が首を鳴らす。
「業務完了。……久しぶりの火炎放射、どうでしたか? 綺羅星さん」
「はい。前より負荷なく使えるようになりました」
「魔力が成長している証です。その調子であれば、次は服だけでなく肌を燃やすこともできるでしょう」
……服?
……それ、モンスター相手の話、だよな?
カザミはなぜか悪寒を抱きながら「さ、さすがっすね……」と、半笑いを浮かべ、二人が続く。
「お、ホホ……わたくし達の力、見せられませんでした……もうちょっと空気読んでくださらないざます?」
「お、おで、バカだからわかんねーけど……カザミ兄貴ぃ、ザマス兄貴。俺ら、あいつらと関わっていいのかな……」
「っ、なに言ってんだバカマル、そんなんだからお前は馬鹿なんッスよ? 俺等は兄弟、ともに戦う仲間だろ?」
びびるバカマルの背を、バシバシと叩くカザミ。
に関わらずカザミ自身、理由がわからないまま表情を引きつらせ――影一達とともに、ダンジョンを後にする。
……えっと。俺ら……
何も、間違ってない……よな?
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