第53話 ベヒモス
影一が前世で親しんだゲーム、LAW ver2.0の目玉として登場したそのモンスターは”地竜ベヒモス”と名付けられていた。
巨大な亀に、サイの角を融合したような形状。
山のごとき巨体を包む鈍色の甲羅は外見通りあらゆる攻撃を防ぎ、大樹と見間違うほどの四肢は相対するものを容易く踏み潰すことだろう。
その巨体そのものが武器であると、自ら公言しているに等しい存在だ。
弱点は見ての通り、鈍重な動き。
当時のプレイヤーも初見時、素早さで翻弄することで容易く討伐できると考えた。
力はあるだろうが、一撃をもらわない回避スタイルであれば問題無い、と。
趣旨は、間違っていない。
誤算があるとすれば――
影一がふわりと地を蹴り、ベヒモスの側面へと回り込む。
ぎょろり、と感情のない瞳が影一の姿を追い、がっ、と口を開いて、
ゴアアアアア――――――――ッ!
再び放たれた熱閃が、地表を削り飛ばしながら影一の脇をすり抜けていく。
威力は絶大、並の狩人であれば跡形もなく消し飛んだことだろう。
影一という例外を除いて。
「せ、先生……大丈夫なんですか!?」
「問題ありません。そもそも素手で弾くことのできる熱閃など、大したことはありませんので」
「でも先生、さっきの、少しダメージを受けてましたよね?」
気づかれたか、と影一は目を細める。
片手で熱閃を弾いたとき、確かに影一の魔力は僅かながら削られた。
もっとも、蚊に刺された程度のダメージではあるが……それを見抜くとは、綺羅星の魔力感知能力も上がったものだ。
それに――
「他人に心配されるなんて、何年ぶりでしょうか。なるほど、悪くない」
「え」
「とはいえ、弟子に心配されるようでは先生失格。ここからはノーダメージで参りましょう」
本当に優秀な弟子だと感心しながら、影一はベヒモス相手に得物を構える。
対するベヒモスが己の甲羅を揺らし、その先端にうっすらと棘のようなものが出現。続けて、
ドシュウ――!
独特の射撃音とともに無数の針が放たれ、空中でくるりと誘導ミサイルの如く方向転換しこちらへ迫る。
ベヒモスの十八番”熱閃”に続き、得意技の”誘導針千本”。
高い追尾性能をもつ刺突属性の連続攻撃は、防御力が薄弱な後衛を幾人も葬った厄介極まりない技だが――
影一はインベントリへ武器をしまい、代わりに取り出したのは、自身の姿をも覆うほどに巨大なタワーシールド。
雨あられの如く叩きつけられた針は、しかし、影一に傷ひとつ負わせられず地面に落ちる。
数は多く、追尾性能も高い針千本が、一本一本の威力は微々たるもの。
攻撃に驚いて背を向けるようなヘマをしなければ、対策は容易だ。
針攻撃を回避し、影一が大盾を捨てて空へと飛ぶ。
その手には”竜弩砲”。
狙うは、背部。
本来ならあらゆる攻撃を弾く強固な装甲は、しかし、針攻撃のあとに限りその耐久性を大きく減少させる。
ベヒモスの持ち味は超強力な遠隔攻撃と、強靱な装甲のふたつ。
しかし両者は相反する性質をもち、遠距離攻撃をいなした直後は柔らかくなる――その隙を突くことで体力を削る、攻防を織り交ぜたターン制バトルのごとき展開こそ、本戦闘の神髄だ。
影一が弦を引き、魔力で出現させた矢を放つ。
その攻撃には名前すら存在しない、単純な魔力弾をぶつけるだけのもの。
炎や雷といった属性すら伴わず見栄えしない白色魔法弾を、淡々と放つ――ただし、五つ連続で。
”竜孥砲”の弦は五本。
魔力で精製した魔法弾を用いる影一には、矢を構え直すという過程が存在しない。
ゆえに、弦を引いた順に魔力弾を出現させ、それを順次打ちまくる、数の暴力。
すなわち”竜孥砲”とは――
一発で火力が足りないなら五連射すればいいじゃない、という――影一自身の魔力量にものを言わせた、頭の悪い武器である。
が、効果はバツグン。
雨あられのごとく降り注ぐ一撃は、いずれもベヒモスの背にできた針穴の隙間へ。
グオオ、とモンスターが悲鳴をあげ、ダメージを確認する間もなく、影一はすかさず弦を弾く。
着地。再び跳躍。クロスボウを引く。
五発構え、放つ。
構える。放つ。構える。放つ。
ひたすらにそれの繰り返し。
二十の追撃を行い、着地したところでベヒモスが唸り声を上げた。
グオオオオ、という遠吠えとともに、その巨体を響かせながらこちらに突進してくる。
鈍重ではあるもののの決して遅くはなく、巨大なブルドーザーが迫るかの如き迫力に――
足下で、ピピッ、と独特の電子音。
地面が炸裂し、ベヒモスが僅かによろめいた隙に側面へと回り込む。
再びクロスボウを構え、地雷ダメージにより僅かに開いた口へと魔力矢を射出。
敵がもだえ、再びこちらを振り向きながらの熱閃。
回避。
攻撃。
回避。
攻撃――単調なリズムを繰り返しながら、影一は心地良さを覚えて薄く笑う。
「……ああ。やはり、こういう戦闘は心地良い。人間相手と違って、余計なことを考えなくていいのは快適です」
ダンジョンに出現するモンスターには、例外処理が殆どない。
人間のような感情に基づくイレギュラーも恐怖も動揺もなく、あるのは小さな揺らぎとエラー、バグ、偶発的な事故くらいだ。
遊び慣れたパズルゲームを解くような。
延々と、レベルアップのための単一作業を行うような。
常に自分が考えた通りのアウトプットを出力してくれるモンスターという存在は、仕事をする上で本当に相手取りやすい――人間と違って。
「……さて、そろそろ半分くらいダメージを与えたでしょうか。予定であれば、そろそろパターンが変化するはずですが」
ボスモンスターの中には、現魔力残量に応じて攻撃パターンが変化するものもいる。
初見殺し性能が高いものも多いが、全く対処できない訳でもない。
そんなことを考えつつ、再び弦を弾いた時――右指に違和感。
見れば、パチン、と音を立てて”竜孥砲”の弦の二本がはじけ飛び、項垂れる稲のようにしおれてしまった。
「……しまった。耐久性に難がありましたか」
ニャムドレー氏もまさか、五連射の弦を熱帯びるまで連続射出するとは想定していなかったのだろう。
伝え忘れた自分のミスだ、と影一が反省し、
ズシン、と足音。
ベヒモスの頑強な顎が、地につかんとばかりに地面へ迫り。
雄大な一本角が、クロスボウを構えた影一にぴたりと狙いを定める。
続けて鈍色の角に、パチパチと弾ける音とともに光が宿る。
熱閃とも針とも異なる、まるで静電気が弾けるような。
――遅れて、影一の足下に、円形上の光が出現。
氷山地下という閉鎖空間にもかかわらず、ベヒモスの咆吼とともに――周囲一帯に轟音と落雷が響き渡る。
ベヒモスの超範囲攻撃”雷怒”。
炎と針に続く第三の必殺技が、視界すべてを真っ白に染め上げるのを見ながら――
影一はそれでも薄い笑みを零した。
ああ。やはり――モンスター退治は、自分の性に合っているな、と。
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