第51話 度し難い
”ナンバーズ”サブリーダー、八崎努は高校時代野球部に所属していた。
甲子園にこそ届かなかったが、常にあと一歩となる強豪チームの副キャプテンとして皆を率い、勝利のために汗水垂らし、ときに後輩を厳しく指導し勝利のために全てを注いできた。
確かに、すこし行き過ぎた指導はあったかもしれない。
体罰、と呼ばれるような行為があったような気もしなくもない。
が、それは必要だから行われた愛情であり正義だった。
だからアイツが勝手に死んだのはアイツの心が特別に弱いからで、八崎はそもそもチームのためを思って指導していただけで……。
なのに公になった途端、「八崎が」、「あの先輩が」と、口さかなく――
退学になり、実家からも勘当された八崎には行くアテがなかった。
暴力沙汰を起こし、警察に厄介になることもあった。
その心底に燻るのは、社会に蔓延るクズ共への復讐心。
俺は悪くない。
お前等の心が弱いのが悪いくせに、その原因を俺にばかりなすりつけて。
他人に責任転嫁ばかりし自分達だけはのうのうと甘い汁を吸い続ける、クズ共。
八崎が配信者の道を選んだのは、九条に誘われたのもあったが――自分がいつか社会で大きな影響力を持った時、奴らを会見の場で糾弾するためだ。
自分は間違っていない、その証明するために。
そして今、その機会が目の前にある。
「八崎、いい加減にしろ!」
「ふざけるなよ九条! おい深六、防御魔法だ、早くしろグズが!」
深六に防御バフを指示しながらレコーダーを稼働させ、配信モードをオンにする。
さすがの八崎も、化物に勝てるとは思っていない。
だが一つでも多く動画に収めれば、映像はよりインパクトを持って世界に広がる。八崎努の名と共に。
ざまぁみろ。
ようやく俺の時代が来たんだ、アイツラに今度こそ目にものみせてやる――!
「はは、はははっ……!」
大地を揺らす巨体に、八崎は感謝の念すら抱く。
笑いが止まらない。今が人生最高の瞬間だ。
……ああそうだ、確か新しいモンスターを発見した場合、その命名権があったはず。
「なあ九条、新種のモンスターには、発見者が名前をつけていいんだよな!? だったら俺等が名前つけようぜ。四足歩行のデケェ亀野郎か! なら、八崎ドラグーンタートルとか、どうだ? 四本足に俺の名前の八を足して丁度いい!」
「八崎、逃げろ!」
「焦るなよ九条。見ろよ、こいつの足をよ。インパクトはすげぇが遅すぎだろ!」
八崎とて、図体がでかいだけの木偶人形にやられるほど油断してはいない。
ヤツの足はその巨体ゆえ、明白に遅い。
その隙をついて、ギリギリまで。
もっと。もっと近くに。もっともっともっと――
「八崎!」
「っせえな! 怖いなら尻尾巻いて逃げてろよ愚図が! 俺は、俺はようやくチャンスを掴んだんだ。ああ。まさに俺は、この瞬間のために生きていた。ここでこいつを映像に収めて、俺は英雄に……」
ゲタゲタ笑う八崎の前で、光が輝く。
亀形モンスターが、ぱかりと口を開き。
炎溢れる口より、膨大な熱を含んだ閃光を解き放つ――その速度は音すらも置き去りにし。
「な、早っ……間に合わっ……お、俺は……え、英雄に――」
俺は英雄になる。
それが八崎努という、哀れな英雄をめざした男の、最後の言葉となった。
*
「ちっ、あの馬鹿」
舌打ちする九条。ボスモンスターは大抵、その姿に相応しい必殺技を備えていることくらい常識だろうに。
しょせんは脳筋。が、おかげで奴の特徴は理解した。
超巨体の鈍重なボディと、口から放たれる超高速の熱閃。
回避は困難だが、次の発射までにはクールタイムが存在するはず。奴が犠牲になってくれたお陰で助かった――
「ひっ……う、うわああああっ」
そんな九条の隣で、深六がパニックに陥っていた。
豚が転がるのようにひいひいと泣きながら、つんのめる。
「だ、だからボクは反対したんだ、ボクは悪くない! ぼ、ボクを誘ったあいつらが悪いんだ!」
「ちっ……おい深六、加速スキルだ! この場から逃げ――」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ! ぼ、ボクは悪くない、ボクの責任じゃない、違う、ボクは! こ、こいつらが悪いんだ、ボクを騙してこんなところに! それに、パパも、こんなダンジョンがあるなんてボクに教えなきゃ良かったのに!」
「黙れ深六、そんなこと話してる場合じゃ」
「あ、あああああっ!」
泣きべそをかきながら膝を立て、ドタドタと逃げていく深六。
その声が気に障ったのか。もしくは、逃げる得物を標的に定める癖があったのか。
鈍重な亀がのっそりと顔を向けもさもさと己の甲羅を揺らし、
ドシュウ!
魔力の解放とともに、甲羅から無数の針を放出した。
弓の曲射のごとく天井に飛んだそれは、九条が見上げる前でがくんと角度を傾け。
自然落下しか選択肢がないはずの空中にて、不自然にギチギチと方向を変化させ――深六の身体を串刺しにする。
あ、と零れた声は、何を思ったか。
深六が呆気なく絶命し、倒れ伏す。
「つ、追尾弾だと……!」
……死んだ。
呆気なく、仲間の二人が消し飛ばされた。
”ナンバーズ”で最も付き合いの長かった八崎に、新米とはいえ自分に付き従ってくれた深六。
その二人が、呆気なく殺された――なんてことは、九条にとってどうでもいい。
問題はヤツの攻撃間隔があまりにも早く、かつ隙がないこと。
このままでは、俺が生き残れない!
才能あふれる俺が死ぬ!
「くそ、冗談じゃない……っ!」
他の攻撃は? 対応できるのか?
落ち着け……まずは敵を観察。冷静に確認だ。
九条は秀才。ただ環境に恵まれなかっただけの天才。実力は確かなものであり、本気を出せばあの程度の攻撃くらい軽くかわせるに違いない。
化物の首がゆっくりと持ち上がる。
岩に張り付いた爬虫類のような眼が、九条を捕らえる。
口が開き、魔力が収束。熱閃がくる。
狙いは発射直前。タイミングを計れ。いける。自分ならできる。
ヤツの口がスロー再生動画のように開き、ジジ、と熱の集束する音がする。待て。構えろ。もう少し――
「……?」
足が、動かない。
どうして。なぜ。敵の罠か。
ぞくり、と寒気を覚えながら足下を見て、……ようやく気づく。
「あ……ああっ……」
九条は――身動きせず、冷静に相手の動きを見据えていた訳ではない。
ただ恐怖に立ちすくみ、動けなかっただけ、だった。
「っ、待て、こんなの――」
熱が集束する。違う。違う。こんなはずでは。僕はこんなところで終わる人間じゃない。
何かあるはずだ。奇跡が。神の恵みが。
でなければ、ボクの人生はあまりにも不平等ではないか――!
「あ、っ、くそ、くそぉっ……!」
怒りと恐怖に絡め取られた身体は、動かず。
九条はそれでも逃げようとして、どてっ、と無様に転がり。
魔物の口がついに開かれ、放たれた熱閃が男の全身を飲み込んだ――
かに、思われた。
「……?」
蹲っていた九条が顔を上げる。
いま確かに、敵の攻撃を受けたような……?
そんな九条の疑問は、
「全くもって、度し難い」
冷たい男の一声にあしらわれる。
現れたのは、日本のどこにでもいそうな、眼鏡をかけた背広姿の中年男。
神経質そうに眉を寄せ、まったく、と面倒臭そうにモンスターを睨むのは、九条もよく知る……しかし、この場にいるはずのない男。
どこにでもいそうな普通のサラリーマン。
影一普通が亀の魔物を相手に平然と佇み、くい、と鬱陶しそうに眼鏡を押し上げている姿だった。
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作者より
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