第50話 狂人

 数刻前。新規ダンジョン”雪原氷山”深部に見合わない複数の男の姿があった。

 薄い金髪を梳いた男に、筋肉質な戦士風の男。小太りな魔術師風の男だ。


 配信グループ、ナンバーズ……既に契約解除されているため”元”ナンバーズの八崎が広大な雪景色を前に、年甲斐もなく鼻息を荒立てる。


「うおお、すげぇ! なんだよ深六、お前こんなすげぇダンジョン隠してたのかよ、早く言えよ水くせぇな! つうかお前、迷宮庁の隠し出入り口とかあんなら教えろよ、ライセンスなくても入れるじゃねーか!」

「へ、へへ、それほどでも……」

「明日の朝は俺等の話題でいっぱいだな! あのクソ社長め、今ごろ後悔してもおせぇぞ?」


 八崎がバンバンと深六の背を叩く。

 まるで子供だなと九条も呆れつつ、気持ちは分からなくない、とついにやついてしまう。




 ――新規ダンジョン”雪原氷山”の情報は、事実だった。

 それも並大抵のダンジョンではない、日本でも四カ所しかないS級ダンジョンの派生迷宮。その情報をいち早くライブ映像に収めたなら全国から取材が殺到するに違いない。


 政府がひた隠しにしている迷宮、暴かれる――明日のトレンドは、決まりだ。


 これぞ真の平等。

 不運の後には幸運がなくてはならない。自分のように地道に冒険を重ねてきた者にこそ、チャンスは舞い降りるべきなのだから。


「なあ九条、さっそく配信開始しようぜ! SNSにも書いてゲリラ配信だ!」

「まあ待て、八崎。まだ配信は早いよ。……僕等がいるのは、まだ雪原の入り口だろう? それに、凪の平原の入口からそう離れていない」


 九条達が配信を開始すれば、迷宮庁も気づくだろう。

 公安の連中が出張ってきて面倒なことになる。


「そうならないよう深くまで進んでから配信するんだ。まずはボスを映し、戦闘の様子を生配信。その後、迷宮庁の連中が駆けつけるまでに逃げおおせるのが一番美しいと思うけど、どうだい?」

「おお、さすがだな九条! おい深緑よかったなぁ俺達についてきて。お前もこれで英雄だぞ?」

「そ、そうかな……ボク、パパに認められるかな……」

「当たり前だ。ああ、これで俺も、昔バカにしてきた奴らを見返せる……!」


 笑う二人を、相変わらず低俗な連中だなと九条は見下す。

 もっと広い視点で物事を見ればいい。このダンジョンの情報が公開されれば、親や同級生なんか相手にならないくらいの再生数が稼げるはずだ。

 さらに新ダンジョンにしか出現しないアイテムを入手できれば、相応の収益――百万はくだらないだろう。


 そうすれば、自分達を切り捨てた事務所にも。

 あの陰気なリーマンにもお返しを出来るというわけだ。

 奴らの顔が歪む姿を見るのが、ああ、実に待ち遠しい。


 ぞくぞくとした薄暗い感情を抱きながら雪原を進み、九条達はやがてフィールドに佇む氷山にたどり着く。

 ……?

 中央に開いた洞窟へと足を踏み入れながら、ふと、九条は疑問を抱いた。


「気になるんだが、雑魚モンスターが出てこないな。これだけ大きなフィールドなら、竜の一匹二匹はいてもいいものだが……」

「あ? そういえばそうだな。せっかくなら新モンスターを見てみたいんだけどよ。ドロップアイテムも気になるし」

「既に、誰かが倒している……? まさかな」

「何言ってんだ九条。じつは先に誰かが根こそぎ倒した後、ってか?」


 はは、とのんきに笑う八崎。

 が、洞窟へ入ってすぐ……三人は足を止める。

 広がるのは、地下へと続く巨大な縦穴――その壁際に張り付くように繋がる、石造りの階段だ。


「……地下への、螺旋階段?」

「普通のダンジョンなら、一階一階きちんと迷宮になってるはずだが。もしかしたら、エクストラダンジョン、ってやつか?」

「可能性は高いね。元々”凪の平原”は様々な派生ダンジョンの入口にもなっている」


 配信映えしそうだ、と九条達は壁伝いに螺旋階段を降りていく。

 いいぞいいぞ、と八崎が頬にしたたる汗をぬぐいながら、いやらしく笑い……汗?


「熱いな。ここは雪原ステージのはずだが」

「ね、ねえ。何かヘンじゃない……?」


 気づけば九条もうっすらと汗ばみ始めていた。雪原ステージの特性とは真逆だ。

 しかも地下へ進むほど熱気は強まる。

 火山の火口に近づいているかのように。


 気づけば全員、口を閉ざし――九条は、胸騒ぎを覚える。

 ……このまま、進んでいいのか?


 いや、いいに決まっている。

 新ダンジョンの情報は値千金。”ナンバーズ”の名を再興し、九条という男の名を世間に知らしめる金脈を目の前にして撤退するなど、馬鹿のやること。


 自分は正しい。そうだ、そうに決まっている。

 ……なのに。

 この妙な胸騒ぎは何だ。気のせいか?


 いや、気のせいに決まっている。だが……


 九条は奇妙な違和感を覚えながらも、最下層へと到達し――


「っ……!」


 地底の底。地獄の釜のようにぐつぐつと熱を吹きあげるのは、一面に広がるマグマの海。

 そしてその中央に座して動かぬ、巨大な岩石の塊だった。


「はは、何だこの岩。山みたいにでけぇな! 素材でも取れんのか?」

「……気にはなるけど、溶岩のなかにあるね。近づくのは一工夫いりそうだ。深六、きみの”レビテーション”で溶岩の上も飛べるかい?」

「できると思う。ただ耐熱スキルは持ってないから、溶岩の上だとダメージを受けるかも……」

「十分だ。まずはあの岩を調べよう。ボスへと続くギミックかもしれない」


 仕掛けを解き、ダンジョンボスと相まみえたら今度こそ配信開始だ。

 視聴者は度肝を抜かれることだろう。

 多くの同接が集まるに違いない。一万、二万……もしかしたら、十万。


 ――負け犬。犯罪者。社会の底辺。

 散々罵られ続けた”ナンバーズ”の飛翔はここから始まる。

 不公平な均衡が正され、ようやく、自分は正当な評価を受けるのだ――


 確信しながら、深六に補助スキルをかけてもらおうと考えた、その時。


「ね、ねえ。……いまあの岩、動かなかった?」

「あ? んなことより早くレビテーションかけろよ、バカ」

「でも今、なんか、地震みたいのが……」


 八崎が舌打ちし、九条が呆れながら溶岩に佇む岩を眺め、



 ずず、と。



 巨大な岩盤が盛り上がり。

 ぎょろり、と。

 ただの岩に存在するはずのない”目”が開き、地響きとともにその存在が立ち上がった。


「「「……は?」」」


 呆然とする三人の前で、巨大な岩石がゆっくりとせり上がる。

 溶岩の熱をものともせず、ずしん、と四本の巨足をたて、のっそりと起き上がったのは――岩ではない、巨大な怪物。


 あえて形容するなら、亀。

 だが甲羅にあたる部分はごつごつとした岩肌に覆われ、頭部にはサイの如き雄々しき角をそなえ。

 なにより並の生物とは比較にならないほどの、非現実的な巨体――学校の校舎が歩き出したかの如き威圧感は、既にモンスターというより、災害。


「っ……!」


 九条とて、B級ライセンスを所持する狩人だ。

 自信はあった。

 大抵のボスであれば、倒せない相手はいない、と。


 だが。

 だが、これは――……ダメだ。


 人間が相手にして良いレベルの怪物を、はるかに超えている!


「八崎、深六、逃げるぞ! こいつらは僕等が戦っていい相手じゃない!」


 九条の判断は早かった。

 配信を捨てる惜しさはあるが、命あってこそ。

 数字を取れても死んでしまっては意味がない。その点において、九条の判断は正しい。


 しかし――


「何言ってんだ九条! こんな山場を逃すわけねぇだろうが、はやく配信回せ!」

「なっ、馬鹿か八崎! 今すぐ逃げるんだ!」

「ざっけんなよ! ここで逃げたら俺等が来た意味がねぇだろうが!」


 八崎がボスの巨体を崇めるように両腕を崇め、ぎゃはは、と下品に笑う。


「こんな大物だ、ちょっとでも配信すれば何万、いや何十万って奴らが見るだろうよ! そしたら俺を裏切ったアイツラだって思い知るに違いねぇ……ああそうだ、ナンバーズなんてちゃちなグループなんかどうでもいい、俺が求めてたものはここにあったんだ……!」


 この時を待ち望んでいた。

 恍惚とした表情を浮かべながら、戦斧を構える八崎。


 その瞳は完全に正気を失い、狂ったように輝いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る