第41話 理解

 友達を正してあげる。

 城ヶ崎の言葉を耳にした途端、ぞわぞわと寒気のようなものが綺羅星の背を這いずり回った気がした。

 彼女は、なにを言っているのだろう……?


 城ヶ崎がそっと胸元に手をあて、聖女のように語る。


「私は綺羅星さんの友人として、純粋にあなたを心配しているのです。……もちろん、お相手の方が綺羅星さんの仰る通り、ごく普通の方かもしれません。ですが、もしかしたら違うかもしれません」

「そんなの、私の勝手じゃ……」

「委員長さんはとても真面目だからこそ、ストレスが溜まって騙されやすいのでは、という話も聞きました。……綺羅星さん。何か困っていることがありましたら、私にご相談頂けると嬉しいです」


 そっと綺羅星の手を取りながら、花のように微笑む城ヶ崎。

 その顔は、まさに聖母。


 私は、あなたを心から心配している――と。


「綺羅星さん。……高校に入学したばかりの頃、右も左も分からず戸惑っていた私に、あなたは声をかけてくれました。それはクラス委員長としての仕事だったのかもしれませんが、私にとっては高校でできた、初めての話相手だったのです。……その友人が怪しげな男に引っかかっていると聞かされたら、心配にもなります」

「っ……」

「汚らわしい表現になりますが、私の実家には多少のお金もございます。もし金銭的にお困りでしたら、援助することも吝かではありません」


 柔らかい指先で綺羅星を包む彼女には、悪意のひとつも感じられない。

 友人を想う、優しいクラスメイトの鑑だ。


 だからこそ――タチが悪い。

 彼女には自覚がない。

 友達だから助けてあげるべき、と無意識に上から目線で語り、影一のことを身勝手に悪人だと決めつける傲慢さに気づいていない。


 それは裏を返せば――無自覚な悪意でもある。


「いかがでしょう。何か、問題はございますか?」

「……そこまでしなくても、大丈夫です。彼は、そういう人ではありませんので」


 そもそも彼女は、綺羅星と鎌瀬姉妹の間にあったことも、綺羅星と影一の関係も知らない。

 だから、部外者は黙っていてほしい。

 ……その上で、今まで通り表面上の友達として付き合うのなら、綺羅星もそれ以上は言わない。だから――


「綺羅星さん。どうしても、理解して頂けませんか?」

「これは私の問題ですので。……べつに、学校の成績が落ちたりしなければ、問題ありませんよね?」

「成績だけの問題ではありません。綺羅星さんの人生に関わる大切なことです」

「子供じゃないので、それ位は自分で考えますから」


 心配してくれるのは嬉しいけど、と返すと、彼女は残念そうに首を振った。

 ……理解はしてないようだけど……諦めてくれた?


 なんて期待をした綺羅星に、


「畏まりました。では個人的に調査をさせて頂きます」

「――は?」

「お父様にお願いして、専属の探偵を雇って調べていただきますわ。……ご安心ください、先方にご迷惑をかけるつもりはございませんので」

「っ、待って。それはダメ……!」

「どうしてです? お父様お抱えの調査員はとても優秀で、相手に絶対気づかれない、と父が酒の席で自慢していました。……探偵、なんて汚れ仕事をお願いするのは気が引けますが、お相手にご迷惑は決してかけませんので――」


 違う。そういう意味じゃない。

 その探偵はどんなに優秀だろうと確実に失敗する。


 綺羅星が知る影一普通という男は、異様なまでに“安心安全”に気を配る人物だ。


 そんな彼が、他人から調査される不快感を見逃すはずがない。

 彼は必ず逆探知するだろう。

 やがて調査員の出所が城ヶ崎だと気づき、芋づる式に綺羅星にもたどり着くだろう――それでは彼に、余計な迷惑をかけてしまう。


「っ……城ヶ崎さん! 何度も話してますが、彼はそんな人ではないんです。ただ、私は彼に迷惑をかけたくないだけで」

「そんなに必死に隠されては、逆に疑ってしまいますけど……」

「私に売りなんて怖いことできませんし……自分で言いたくはないですけど、委員長、なんて呼ばれてるくらい真面目な私にそんなことできると思いますか?」

「……綺羅星さんの性格は存じているつもりですが」

「だったら私を信じてください。私達、友達ですよね?」


 ここぞとばかりに”友達”を利用する。

 日頃、友達、という切れ味のいいナイフで刺されてきた身だ。たまには刃を返してもいいはず――


「分かりました。では、その説明を――鎌瀬さん達の前でして頂いても、宜しいでしょうか?」

「……はぁ??」

「鎌瀬さん達も、綺羅星さんが心配だねと話していたのです。先の、売りの話も……それはもう心配そうに、皆さんに……」

「っ――あいつら……!」

「ですが綺羅星さんがそこまで仰るのであれば、ご自身で説明された方が良いかと存じます。もう一度、皆できちんと話し合いをいたしませんか? 友達として」


 友達同士、話し合えば理解できる。

 人は対話を通じることで世界は平和になる、と、城ヶ崎は心の底から信じている――そんなこと、あり得ないのに。


「綺羅星さん。今年一年また同じクラスになりましたし……今のうちにわだかまりを解いた方が、お互いのためになると思うのです」


 ね、と彼女が笑ったところで朝のHR開始を知らせるチャイムが響いた。

 約束ですよ、と彼女が笑う。


「明日の放課後など、どうでしょう。皆さんで集まって、きちんとご説明して頂ければきっと分かってくれますから」

「っ、待って。私、説明するなんて一言も……」

「でもそうしないと、クラスの誤解が解けません。鎌瀬さん達も、ちょっと早まってクラスに噂を流しているようですし……」


 あまりに酷い二択だと思った。

 説明を断れば、綺羅星にまつわる根も葉もない噂がクラス中を駆け巡り、自分の居場所はなくなるだろう。

 さらに城ヶ崎は影一の調査のため探偵を派遣する。最悪だ。


 けど。

 鎌瀬姉妹に”友達”として、影一との経緯をすべて説明してと言われても……

 それは説明になるの?

 本当は……綺羅星という魔女の戯れ言を蔑み、笑い、断罪するためではなくて?


 ……これではまるで、公開処刑じゃない。

 気づいてないのは、目の前にいるお嬢様だけで……。


「では明日、宜しくお願いいたしますね、綺羅星さん」


 城ヶ崎が上機嫌に、部室棟裏を後にする。

 ……その背を見送り、綺羅星は苛立ちと恐怖のあまり己の身体を抱き留めながら、耐えがたい吐き気を覚えて膝をつく。


「っ……」


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 私はただ先生に迷惑をかけたくないだけなのに。

 それだけなのに、どうして、こんな。


 思考が袋小路に閉ざされていくのを感じながら、綺羅星はぎゅっと唇を噛む。

 分からない。分からない。わからない。

 けどわからないまま時間が過ぎていけば、私はこのまま破滅する。


 結局……私は弱いままなのだろうか。

 何も、変わることは出来ないんだろうか?


 鎌瀬姉妹にやられたい放題なまま、黙って耐えるしかできない自分。

 落とし穴に落とされたあの時から、結局なにも変わっていない自分。

 城ヶ崎はおそらく鎌瀬姉妹に欺されただけで……それでも、火あぶりにされるのは自分。


 ……ああ。

 私って本当にダメな人間だな……と地に膝をついて項垂れ。

 じんわりとその瞳に涙を浮かべながら、どうしよう、と空を見上げ――






 ふと、地上に視線を戻す。


 ……部室棟の奥に張られた黄色いテープ。

 確か……学校裏にダンジョンが出現したので、近づかないように、と生徒が噂していた。


「…………」


 綺羅星はふらりと、テープを越える。

 校舎と囲障に挟まれた広間、小さな銀色の渦をそっとくぐる。


 現れたのは岩盤に囲まれたダンジョン。

 ”洞窟”ステージだ。

 綺羅星はそのまま数歩進み、たどり着いた広間にて間取りを確認。


「………………」


 無言で、出現させたインベントリに指を伸ばし。




 無意識に、赤きチェーンソーの柄を、ぎゅっと掴んだ。





――――――――――――――――――――

作者より

皆様の応援のお陰で、☆1000頂きました。現代ファンタジーランキングも12月1日時点で週間5位と、ありがたい評価を頂いております。


本作はカクヨムコンにも参加しております。

宜しければ☆評価、レビュー、コメントなど頂けると作者は嬉しいですが、頂けなくてもJKはチェーンソーを振り回し影一は爆殺していきます。彼等はレビューなど気にせず安心安全ノンストレスで進みますのでゆるりと続きをお楽しみください。


次話は綺羅星編の山場、鎌瀬姉見の再登場です。

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