第42話 歓迎

 城ヶ崎からのグループメッセージを受け取った鎌瀬姉見は、面白くなってきた、と自宅ベッドに転がりながらにんまりと唇の端をつり上げた。

 妹も似たような顔をしていることだろう、とほくそ笑む。

 あのムカつく委員長に”友達”としての立場を教えてあげる良い機会だ。




 姉見が綺羅星や城ヶ崎を連れ、ダンジョンに立ち入ったのは二週間ほど前のこと。

 元々、告げ口をした綺羅星へのお仕置きを考えていた姉見は、たまたまSNSで流れてきた近場のゲートを利用する方法を思いついた。


 学生が肝試し感覚で、野良ダンジョンに忍び込むことはよくある。

 ただの冗談。

 ダンジョン世代の高校生なら普通にやってることだ、と城ヶ崎を餌に綺羅星を誘い込んだ。

 ポーションの購入を理由に、城ヶ崎をグループから外したのも計算通りだ。


 ……でも、最初はちょっと脅すくらいで終わらせるつもりだった。

 魔物が出たら、どん、と背中を押してびびらせてやろう。

 そうすれば、委員長も生意気なことは言わなくなるだろう、と。


 けれど――

 落とし穴を確かめるため背をかがめた綺羅星を見て、ふと、思ったのだ。


 突き落としたら面白そうじゃね、と?

 映画や漫画でよくあるやつ。

 命乞いをする相手の指をぐりぐりと踏み、蹴飛ばして、奈落の底に落とすのはさぞ気持ちいいに違いない。


 姉見も今年で十六。こういった経験も一回くらいしておきたい。

 例えるなら、コンビニで見かけた新作のスイーツが美味しそうだったから。

 ちょっとした遊びの延長。

 そんな感覚で、突き落とした。

 悪くない気分だったのは、覚えている。


 ……そこで終われば、気持ちよく全て解決したのに。

 突き落としたあと一応、生死の確認はしておこう、もし生きてたら助けた体にして誤魔化そう……なんて、余計なことを考えたから……。


 思い出すだけでおぞましい。

 姿の見えないモンスターに火を噴かれ、全身を金属棒のようなもので殴られた、あの――


(最悪。ああもう、ほんと最悪……!)


 ダンジョン内で受けたダメージは、すべて魔力に換算される。

 よって肌を燃やされ腕をおられても回復魔法で癒やせば元通りだが、それでも痛みはリアルに感じるし、魔力ダメージにより身体はきしむ。

 何より――服は燃やされてしまい、裸で助けを求めるはめになったあの屈辱はいまでも忘れない。


 しかも、綺羅星は無事に助けられたみたいで――自分達だけ殴られ、燃やされ、親に叱られる理不尽極まりない扱いを受けた。

 卑怯で、理不尽。

 だから綺羅星に反省を促すのは、友達として当然のことだ。


 ……そんな綺羅星が最近、背広姿の男と町中で会っていると聞いた。

 実際にはただ買い物をしていただけらしいが、チャンスを見逃すはずもない。


 噂を立て、あの女をクラスで孤立させた。

 城ヶ崎を利用し、あの女に弁明させる、という体で疑惑を深めさせた。


 メッセージによれば、彼女が明日きちんと説明してくれるらしいがまともに聞くつもりはない。

 根掘り葉掘り男との関係を引きずり出し、あの女が泣いて許しを請うまで説明させるつもりだ。


 明日が楽しみだなぁ……。

 くふ、とベッドで転がっていると、妹からもメッセージが届く。


『ねえ、お姉。せっかくならみんなで歓迎しない? ほら、チクられた先輩もさ』


 それは最高だ。友達の誤解を解く大切な機会、みんなに聞いてもらったほうが彼女も喜ぶだろう。

 にやにや笑いを抑えられないまま、姉見はいいねと返す。


 ああ。あの眼鏡女がどんな顔を見せてくれるのか、今から興奮しすぎてたまらない――


*


「あら? 綺羅星さん、いらっしゃいませんわね」


 翌日の放課後。

 姉見は約束通り、城ヶ崎と妹子、それと上級生の男二人を連れ部室棟裏を訪れていた。


 先輩を連れてきたことに城ヶ崎は不思議そうな顔をしたが「頼りになる男を紹介して、必要ならパパ活おじさんをとっちめよう」と説明したら納得してくれた。

 この女本当にバカだなと笑いつつ、綺羅星を探すが……いない。


 逃げたか? まあ、それはそれで。


「ねーお嬢、やっぱあの子ホントはやってんじゃない? ちゃんと説明できるなら、逃げる必要ないじゃんね?」

「それは……そうかもしれませんけど、でも綺羅星さんがそんな方とは……」

「お姉やみんなが時間を作ってくれたのに、これは酷い裏切り。自白してるようなもの」


 妹屋に続き、上級生達もにやにやと頷く。


 それにしても、委員長も頭が悪い。

 ここで知らないフリをしても、明日には学校で会うのだ。逃げ場なんてないのに。

 まあここで説明しても、逃げ場がないのは同じだけど。


 あの女は既に、詰んでいる――



「お姉。何か落ちてる」


 妹屋につつかれ、姉見も部室棟の裏に転がっていた、それ、を見つける。

 ……?


「靴?」


 片足だけ脱がされたローファーが、砂利の上にころんと転がっていた。


 なにこれ、と顔を上げれば、すこし先にもう片方の靴が。

 その奥にはソックスが、まるで脱ぎ散らかされたように、片方だけへたれたように転がっている。


 姉見は誘われるように靴下へ近づき、――黄色いテープに阻まれる。

 顔を上げれば、銀色に渦巻くゲートが目につく距離にあり、びくっとした。


 ……そういえば、校舎裏にダンジョンが出来たって言ってたっけ。

 ダンジョンには正直、嫌な思い出しかないので近づきたくないけど――


「なあ。もしかしてその女、あのダンジョンにいるんじゃね?」

「え?」

「人目につかないところでの話し合いなら、ダンジョン、いいじゃん。それにこのダンジョン、出来たてでモンスターも弱いんだろ?」


 ……確かに、ダンジョンの中で相談というのは悪くない。

 陰気な委員長の考えそうなことだ。

 幸いダンジョンは出現したてであり、難易度も低い――D級下位かE級だろうとの話で、業者を呼ぶまでもないという噂も聞いた。


 それなら……むしろ、人目につかないダンジョンの方が、やりやすいのでは?


「ふーん? そうだね。委員長、この中かな? 人目につかないところで話したいんだろうねぇ」

「そうでしょうか? 綺羅星さんが校則違反になることをするとは思えませんが……」

「人に聞かれたくない話。つまり、いかがわしい話。委員長は罪を認める気かも」


 妹屋が呟き、面白いショーになるな、と姉身は頬を歪める。

 真実なんて関係ない。

 言いがかりなんて幾らでも言える。そしてダンジョンの中なら、多少暴れてもいい。最高だ。


「ま、とりあえず覗いてみよっか? お嬢、先いってもらえる?」

「わ、私ですか?」

「話し合いのためだからさ。あたしらがいきなりいくと、びびるでしょ?」


 必要なことだからと城ヶ崎を先行させ、姉見も続けてゲートをまたぐ。


 ”洞窟”ステージ型の一本道。最奥に鉄扉がひとつ。

 左右に分かれ道はあるが、鉄扉の前にもうひとつ靴下が落ちていたので間違いないだろう。


「委員長、そこにいるの~? ほら、引き籠もってないで出てきなよー」


 恐怖を煽るように、姉見はわざと声をあげた。

 ダンジョンに反響する声は、綺羅星には死神の足音のように聞こえていることだろう。

 ああ。想像するだけでぞくぞくする。

 きっとこの扉の向こうに、怯えたネズミのように震える委員長がいると思うと、もうそれだけで滾って滾って仕方がない。


「ほら、委員長。どこにいるのー?」

「お姉。かくれんぼのつもりかな?」

「かなぁ。……こういう時って、なんて言うんだっけ? ああ、あれか。――鬼さんこちら、手の鳴るほうへ、なんちゃって?」


 ぱん、ぱん、と煽るように手を叩きながら、城ヶ崎に扉を開けさせる。


 彼女はどう出るか。

 言い訳を一生懸命考え、それでもうまく言葉が出ないまま真っ青になり、もしかしたらぶっ倒れるかもしれない。

 それは最高だな、と姉見はにやつきながら扉をくぐり――


「……あれ?」


 いない。

 学校の教室ほどあるそこは、ただの、がらんどうな空洞。


「……お姉、いないけど」

「っかしいなあ、こっちだと思ったんだけど」


 余計な手間を。

 チッ、と舌打ちしながら、顔を合わせたら絶対に痛い目をみせてやる、と誓った――瞬間、



 ブルオオォォォォォ――――ッ!


「ぎゃあああああっ!」



 え? 何?

 びくっと身をすくめ、妹とともに振り返り――


「…………は?」


 目の前の光景に、目を疑う。

 ダンジョンに消えたはずの、クラスメイト。

 綺羅星善子の代わりに、そこにいたのは――……





 フルフェイスヘルメットのように顔面を覆う兜に、上半身から指先までを包む鋼鉄の装甲。

 鎧兵士みたいな半身に対し、下半身は校則違反ひとつしていない、ぴっちり揃えた赤のプリーツスカート。


 硬質な金属製の鎧をガシャンと響かせるそれが、……両手に真っ赤なチェーンソーを握りしめ。


 ”ともだち”


 と書かれた白のゼッケンをはためかせながら、最後尾の先輩を切り刻んでいる――歪な化物の姿だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る