第40話 役目

「ねえ聞いた? 部室棟の裏ににダンジョン出たんだって。先生が朝、テープ貼って入れないようにしてたってさ」

「ホントぉ? 有名配信者とか来ないかなあ」


 同級生の雑談を聞き流しながら見上げた新しいクラス表には、絶望しか印されていなかった。


 今年も同じクラス……と、綺羅星は眼鏡を深く押さえ込む。

 新二年生の割り振りは相も変わらず、鎌瀬姉妹や城ヶ崎さんと同じクラス――本当に、運がない。


 お嬢はともかく、どうして姉妹が同じ教室になるのだろう。

 学校の規則では確か、姉妹が同じクラスになることはないと思ってたのだけど……。

 私は運が悪いのだろうかと憂鬱な気持ちを抱えながら、ふらふらと元気なく新教室に入る。

 ……今日から新二年生。

 色々なものが変化していくなか、また、クラス委員長に選ばれたら嫌だなと思い――



 教室に入った途端、刺さるような視線に足を止めた。

 ……? これは……なんだろう。

 ダンジョン内で、敵意を持った魔力がこちらに刃を向けているような。

 ねっとりと淀んだ、悪意と嘲笑の混じった重い空気が……冷たく周囲を満たしているような。


 HR前の教室をさらりと見渡す。

 視線のあったクラスの女子がふいと目をそらしたのを見て、予感が確信に変わる。


 ……覚えがある。

 中学二年の頃、同級生の子が同じような目にあい息苦しそうに過ごしていた。

 綺羅星は委員長として、クラスの誰が相手であろうと同じように接するべき、と話をしていたけど……彼女はやがて学校に来なくなり、綺羅星は空気の読めないヤツと嫌味をいわれた。


 あの違和感が、綺羅星の机を取り囲むようにまとわりついている。

 ゆらゆらと、くすくすと。悪意が揺れて蠢いているような。

 ……でも、綺羅星はとくに悪いことをした覚えはない。

 そもそも学校は春休みだったし、他人の目に晒されるようなことは何も……。




「綺羅星さん。新学期もよろしくお願いいたします。いま少々、お時間よろしいでしょうか?」

「え。……城ヶ崎さん?」


 席につくなり、お嬢……

 城ヶ崎さんがこちらを伺っていて、綺羅星は顔を強ばらせる。


 相変わらずふわふわとした、高値の花こと城ヶ崎は先月、皆に「ダンジョンへ行きたい」と言い出した張本人だ。

 鎌瀬姉妹によれば「お嬢が言い出した」らしい……。

 けど、当の本人はあの後の出来事に一切関わっていない。


 そんな彼女が、何か?


「ここは人目がございますので、宜しければ場所を変えてもいいでしょうか?」

「う、うん……いいけど……?」


 連れられた先は、校舎裏の部室棟。

 黄色いテープが張られ立入禁止になっているのは、出現したダンジョン対策のためだろうか。

 ……ダンジョンで戦ってる方が楽かも、なんて不埒なことをつい考えながら、


「それで、城ヶ崎さん。お話って」

「……私、友人にこのような質問をするのは、大変失礼だと理解しているつもりでございます。ですが、どうしてもお尋ねしたくて。……春休みの間、綺羅星さんは何をされていましたか?」

「ええと、普通? 勉強と、バイトを……親には反対されましたけど、勉強をもっと頑張るのでと許可をもらって」


 綺羅星の両親は保守的で、ダンジョンへの理解が乏しい。

 影一の元でのバイトも断られたが、今まで以上に勉強を頑張ることを約束して許可をもらった。

 勉強の成果は、明日以降の実力テストでわかるはずだ。


「バイト、ですか。どのようなお店で? 誰と行かれたのですか?」

「……何か、気になることでもありましたか?」


 意図が見えない。

 どうしてそこまで、私の個人情報を知りたがる?


「じつは。……私は、嘘だと思っているのですけれど、皆さんが……。……綺羅星さんが、父親くらい歳の離れた大人と一緒なのを見た、と」


 ああ。先生と共にダンジョンへ、もしくは買い物にいく姿を見られたのかも。

 別に隠してはいなかったけれど……。


「そ、それに伴いまして、皆さんがその……えっと」


 城ヶ崎が声を溜め、ためらい……

 それでも、とばかりに声を絞り出して。


「……綺羅星さんが、じつは真面目な顔をして……う、売り、をしてるのではないか、と……」

「売り?」


 綺羅星が眉を寄せる。

 うり。瓜。……ウリ?

 確かにダンジョン専門店で武具の購入はしたけど、そういう意味じゃないはず。


 ――父親くらいの大人と。一緒に。歩いて。


 ……売り?


「っ……!」


 綺羅星の全身に、かっと熱が走った。

 喉が焼け付くように熱を持ち、なんてことを、と怒りのあまり拳を握る。


 ふざけないで。冗談じゃない。誰、そんな噂を流したのは。

 確かに影一と綺羅星には、親子とまでいかないものの倍近い歳の差がある。


 けど、よりにもよって命の恩人を、先生を――援交目的まがいの中年男と、間違われるなんて!


「違います。彼はそんな人ではありません、城ヶ崎さんの聞いた噂は誤解です!」

「では、その男性とはどういったご関係なのです?」

「春から始めたバイト先の方で、私の先生です。それって何かおかしいですか? 私、春休みからダンジョンのバイトを始めたので」

「本当にそうなのですか? そもそも綺羅星さんは、ダンジョンに入ることは遠慮していたと、後になってお聞きしまして……なのに突然、話が変わってしまったように思えまして」


 その答えは簡単だ。

 強くならなければ、虐められる。

 ただ真面目に、勉強ができるだけでは、他人に食い物にされてしまう。

 ……ダンジョンの一件で。いや、その前から薄々と感じていた違和感を改めて理解したからこそ、自分を変えたいと思い師事を願った。


 それの何が悪い?


「城ヶ崎さん。私は自分の意思で、ダンジョンに潜りたいと考えました。自分を強くするためにです」

「……その男性とは、特別な関係ではないと?」

「城ヶ崎さんには、マンツーマンで教えてくれる塾講師と女子高生がみんなアヤシイ関係になるとお思いですか?」


 だとしたら少女漫画に毒されすぎだ。

 そして時々思ってたけど、彼女は悪意こそないものの、思考が浅い。

 他人の噂を、真に受けすぎるのだ。


 ……けど、彼女なら。

 城ヶ崎姉妹と違い、きちんと説明すれば理解してくれると思う――


 という綺羅星の期待は、しかし。


「畏まりました。であれば真偽を確認するため、そちらの男性のもとへ私が直接ご挨拶に伺います。それで宜しいですか?」

「……は???」

「相手は真っ当にお仕事をされている社会人なのでしょう? であれば、ご自身の潔白を証明することは難しくないはずです。いかがでしょう?」


 微笑む城ヶ崎に、綺羅星の思考がぐちゃっと混乱する。

 なんで?

 私、そんなに疑われてる……?


 ――影一を紹介すること自体は、問題ない。

 彼は表向き、まっとうなライセンス持ちの狩人だ。


 けど、疑いを晴らすためとはいえ、単なるクラスメイトが他人のバイト先の上司の元までご挨拶に行くのは、やり過ぎではないだろうか?

 綺羅星としては影一に余計な面倒をかけたくないし、それに……何を聞くの?


 まさか面と向かって影一に「あなたは綺羅星さんといかがわしい関係にありますか」と問う気か?

 ――あまりにも、失礼すぎる。


「……城ヶ崎さん。そういうのは、相手にも失礼だと思うから、辞めてほしいっていうか」

「いえ。これは大切な話です、綺羅星さん」

「なんで、そこまで」


 理解できなさすぎる価値観に顔をしかめたのが、城ヶ崎にも伝わったのだろう。

 彼女は眉間に皺を寄せつつも、だって、と。


 鳥がさえずるかのような、優しい声で……


「私達は友達です。その友達が、誤った道に進もうとしてるのなら……それを正してあげるのも、友達の役目でしょう?」


 ……はい?

 え。ちょっと待って。いま、なんて……?




 何でこの子。

 自分が”正しい”側にいると、思い込んでるの?


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