第39話 一発逆転

 ”契約解除通知書”


 届いた紙切れは、あまりに呆気なく九条の配信人生を終了させた。


 事前連絡ひとつなかった。

 むしろ、今までの経緯を説明するため事務所に顔を出したら「もう君は関係者ではない」と追い出され、混乱したまま自宅に戻れば、母親が通知書を見せてことの次第が分かった所だ。


「ねえ、信。これどういうことなの? 契約解除って……それにあなた、最近ヘンなことしてるって近所で噂になってるし……」

「っるせぇな、勝手に人の手紙見るんじゃねえよ!」

「そうだけど、でも母さん心配だし……それにダンジョン配信者なんて、いつまでも続けられる仕事じゃないでしょう? あなたもいい歳なんだし、いい加減、就活とか……お父さんに頼んで、いい仕事紹介してもらおうって……」

「っ――!」


 小言に舌打ちし、九条は二階の自室に飛び込んでいく。

 どいつもこいつも分かっていない、と椅子を蹴飛ばすその顔は、羞恥のあまり真っ赤に染まっていた。




 九条信が始めて”ダンジョン配信者”という職を聞いた時――馬鹿な奴らだ、と心の底から軽蔑した。


 世界各地に出現した”ダンジョン”。

 人間が魔力を持ち、スキルを操りゲームのようにモンスターと戦闘を行う、新たな未来――聞こえはいいが、その実情は体よく使い捨てられる底辺労働者だ。

 それなら普通に勉強して、普通に仕事をした方がマシだろうに。


 九条は才能ある男だった。

 小学生の頃から弁が立ち、勉強せずとも成績優秀、当たり前のようにグループの中心にいた。

 クラスに大抵一人はいる、いじめて良さそうなヤツをうまく嗅ぎ分ける能力もあり、教室では常に盤石の地位を築いていた。

 九条信は、王だった。




 陰りが見えたのは、高校に入ってからだ。


 授業で分からないところが増えた。

 運動でも、気づけば学年中位くらいまで落ちていた。

 中学後半まで「努力なんて馬鹿らしい」と鼻で笑うのが九条の役割だったのに、いつの間にか努力してる奴に勝てなくなった。

 その頃から、母は成績でなく性格を褒めるようになった。


 ……もちろん、今さら努力などするはずもない。

 九条には才能がある。

 そして才能は、努力、なんていう格好悪いことをしなくても当然のように上に立つべきものであったし、事実、世の中のいる才能あふれる連中は――努力なんてしてる気配を欠片も見せなかった。


 だから。

 九条が第一志望どころか、滑り止めの大学すら落ちた時――ようやく世界の真実に気がついた。

 才能の与えられなかった自分は、――不当に、不平等な立場に生まれたのだ。


 母親が悪かった。

 母の出自は底辺大学らしく、その血筋を引いてる時点で勉学の才能がないのは明白だった。

 父親も悪かった。うだつの上がらない平凡なサラリーマン、年収六百万程度でこき使われてる男では、自分が経済的弱者になるのも当然。

 親ガチャに外れたと気づいた九条は、大学にもいかなくなりSNSに傾倒。自分が正しく評価される環境があるはずだ、と目を血走らせながらスマホを弄り――



『人生一発逆転、君もダンジョン配信者になろう!』



 そんな広告が目についた。

 最近流行りのダンジョン配信者。これなら学歴も正確も関係なく、自分にだって簡単にできるに違いない、と思った。


 そして実際――才能はあった。

 大した努力もせず、一般狩人と呼ばれるB級までするりと昇進。

 配信事務所のオーディションも通過した九条は、当時人気のあった配信グループ“ナンバーズ”の新顔としてデビュー。これが自分の天職だと確信した。


 が、結果はどうだ?


 ”ナンバーズ”のグループリーダーは九条が参加した後、一月経たず退職。

 その後のお家トラブルにより元事務所は”Re:リトライズ”と”アンサーズ”に二分。

 その後は転げるように人気が落ち……今に、至る。


「不平等、不平等不平等……っ!」


 テーブルに肘をつき、髪をかきむしりながら九条は世界を呪う。


 どうして、世の中はこうも理不尽なのか。

 どうして、自分だけがこんな目に遭うのだろうか。

 不運とは、罪だ。

 自分だって親が良ければ。友人に恵まれれば。仲間の実力が高ければ。どれもこれも、九条は何一つ足りていない――それらは全て社会が生み出した不平等であり、九条はその哀れな犠牲になっただけだというのに――誰も、助けてくれたしない。


「くそっ!」


 狩人ライセンスを停止された今、個人配信者としてダンジョンに潜ることすら不可能だ。

 強引に潜れば今度こそ逮捕される。

 かといって今さら、他の配信者のような路線変更など出来るはずもない……


「……っ。まだだ。僕にはまだ、逆転の方法があるはず……!」


 ストレスのあまり目を真っ赤に充血させた九条は、スマホ片手に自宅を飛び出す。

 向かう先は、Re:リトライズ事務所の社長室……



 ではなく、県内にある高層マンションの一角だ。


 ドンドンと扉を叩き、ドアチェーン越しに顔を覗かせた小太りな男――深六木陰へ掴みかかる。


「開けろ深六。話がある」

「九条先輩? ……待ってよ。君とボクはもうパーティじゃないし……そもそも、あんなことになったのは君達のせいだろう? あれのせいで、ぼ、ボクも事務所をクビになって……せ、責任取ってよね!」

「黙れ、もともと親のコネで入ったんだろうが! お前みたいな豚が配信映えするとでも思ったか?」

「そ、そんな言い方……」

「けどな、そんなお前でも一発逆転できる方法がある。このまま惨めな豚で終わるのは嫌だろう?」


 九条の説得に、深六のゆるんだ顔が歪む。


 聞けばこの豚も、歪なコンプレックスを拗らせた男だ。

 醜い外見にも関わらず、配信者などという身を目指した時点で、プライドを拗らせているのは明白。そこを突く。


「……まあ、話を聞くだけなら……」


 深六がチェーンを外したのを確認し、部屋へと押し入った九条は顔をしかめる。


 いかにも、オタク系大学生の一人暮らし。

 ゲームソフトやゴミが床に散らかり、洗濯物までひっくり返っている惨状を鬱陶しく思いながら九条はゲーミングチェアどかっと座る。


「深六。ダンジョン配信者に必要なもの、君には分かるか?」

「……じ、地道な努力、とか?」

「馬鹿かお前。必要なのは才能だ。誰よりも強いとか、誰よりも武器に詳しい――なんでもいい。強烈な才能、そして才能から導かれる個性、それこそが配信者に必要なものだ。そして僕にはその才能がある」


 だから、九条はただ環境が悪かっただけ。

 ……運さえ良ければ。

 そして才能を開花し軌道に乗せるための幸運を掴むには、些か、普通の人間が取らない手を使うしかない――


「深六。お前のパパ、迷宮庁のお偉いさんなんだろう?」

「どうしてそれを……」

「社長が愚痴ってたんだが、そんな話はどうでもいい。――君なら、手に入れられるはずだ」


 そこで九条はにこりと、人なつっこい邪悪な微笑みをもって彼に迫る。

 今までの、政府の動きから考えられるのは……。


「凪の平原に、新ダンジョンが出来た。そんな情報を、君のパパが持っていたりしないかい? 迷宮庁の大規模掃討クエストは、新ダンジョン探査の前準備という説をよく聞く……その情報を、ちょっとだけお借りしたいんだ」


 新規ダンジョンの情報。それは多くの国民が求めるものだ。

 ゲームの最新情報。芸能人の不倫報道。政治家の汚職……聞いたところで何一つ得はないにも関わらず、リスナー共は飢えたピラニアの如く情報をむさぼりSNSに不平不満を書き連ねていく。

 その情報を独占できれば――


「もちろん君に責任はない。情報提供を頼んだのは僕だからね。君は、言われた通りにしただけ。だろう?」

「それは……でも、禁止事項で」

「不平等だと思わないかい? 迷宮庁の連中は僕等に掃除だけさせて、新ダンジョンという利権を自分達だけで独占しようとしている。そもそも迷宮庁の活動資金だって、元は僕等の税金だ」

「っ……で、でも新規ダンジョンは、ボスも不明で……それに、下手に刺激すると大規模なゲートクラッシュの可能性があるから、しっかり調査を……」

「君は、負け犬のままでいいのかい?」


 覗き込むように伺うと、深六がびくっと強ばった。

 真っ青になる男に、九条は密かに嘲笑する。


 この男は典型的な社会不適合者だ。

 学校でも虐められていた側だろうし、他人に頼らなければ生きていけないタイプの人間だろう。

 低い自尊心と、それを認めきれない歪に肥大したプライド。

 ……そんな男の劣等感を刺激し、乗せることなど容易い。


 さあ、と九条は立ち上がり、手を差し伸べる。


「深六君。僕らは短い間とはいえ、ともに戦った”仲間”だろう? その仲間として、君と一緒に進みたいんだ。新しいダンジョンへ。――そして、世間に蔓延る不条理をこの手で拭う。それが僕等、ナンバーズの使命だと思わないかい?」

「…………」

「仮に、ゲートクラッシュが起きる程のボスがいたなら、僕等が倒せばいい。そうすれば、僕等は世界を救った英雄だ。違うかい?」


 この世は不条理に満ちている。

 だからこそ九条が立ち上がらなければいけない。

 新しい世界――新規ダンジョンを独占し、その情報を世界に発信できれば……。


 次こそ一発逆転を成功させ。

 自分をクビにした配信事務所を見返し、迷宮庁の奴らを見返し、あのリーマンに泡を吹かせ、そして――九条の才能を、真に評価してくれる舞台に立つ。



 それこそが真に平等な世界だと、九条は心の底から信じていた。





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