第35話 不平等

 善意の第三者。本日は迷宮庁の職員とともに、あなた方を助けに来ました。

 眼鏡を押し上げながら、リーマン野郎が九条達に語っている。


 トラップを仕掛けた、当の本人が堂々と――


 九条はあまりの事実に言葉を失い、遅れて――全身がカッと熱を持つ。

 ふざけるな。よりにもよって。

 自分達をこんな目に遭わせた張本人が、こんなにも堂々と、善人ぶった姿で自分達の前に現れるとは……っ!


「っざけんな、テメェ……っ!」


 隣の八崎もまた火を噴き、今にも飛び掛からん勢いで睨みつけ。

 九条も思わず剣に手が伸びるが――


「っ……!」


 勢い余る感情をギリギリ、なんとか理性で押しとどめる。

 ……落ち着け。安易な挑発に乗ってはいけない。

 いま手を出せば、奴らの隣にいる迷宮庁職員の印象が悪化する。


 怒り狂う心境を押しとどめ、九条は、自分は冷静だと言い聞かせながら汗をぬぐう。ここで突撃すれば、相手の思うつぼだ。

 冷静に。

 ……そう、戦いは常に、冷静でいた方が勝つのだから――


「っ……聞いてくれ。確かに僕等は救援信号を出したし、困っていた。けど、その原因はそこの背広男にある。奴が僕達をはめたんだ。ダンジョンにトラップを仕掛け、閉じこめておきながら、あたかも善意の第三者を装い僕等を助けに来た。そんな非道が許されるはずがないだろう?」


 九条が訴えるべきは、迷宮庁の職員達。

 黒服の……確か、後藤という名の男。

 彼に公平に訴えれば、きっとあの眼鏡野郎を逮捕してもらえるはず――


 と、リーマンがすっと手を挙げて。


「何の話です? 私はただ迷宮庁の要請に応じた、善意の第三者にすぎませんが……証拠はございますか? レコーダーの方は」

「僕らのレコーダーを提出する必要はない。あなたのレコーダーをみれば行動履歴が残っているだろう? それとも、何かレコーダーを提示できない理由でもあるのかな」


 奴らがどんなトリックを用いて、自分を欺いたか知らない。

 が、彼のレコーダーを確認すれば、どんなイカサマだろうと暴けるはず――


「申し訳ございません。私達のレコーダーは先程、不具合が生じておりまして。おそらくですが、レコーダーブレイクによるジャミングを受けた際に故障したようです」

「は……?」

「何?」

「一応、ジャミングを受ける前の映像はありますが……確認されますか?」


 眉をしかめる黒服達。そんなはずはない。

 確かに、九条達はレコーダーブレイクを起動させた。が、あれは外部とのライブ通信を遮断するジャマーに過ぎず、レコーダーそのものを破壊する機能などない――


「っ……そんな言い訳、通じると思うかい?」

「では、そちらのレコーダーを見せて頂いても宜しいでしょうか? もし同じジャマーに引っかかっているなら、同じタイミングでエラーが表示されるはずです」

「そもそもレコーダーブレイク自体が違法品だが……私としても、君達の映像は確認したい。被害者のほうが、より正確なデータも見れるだろうしな」


 迷宮庁の男に告げられ、ぐ、と九条は言葉に詰まる。

 九条達のレコーダーは破損こそしていないが……その時の映像は残っていない。


 奴らに襲いかかる瞬間を、自らのレコーダーに証拠として残しておく馬鹿などいないからだ。

 だが、そうなると……結局どちらの映像も、ないということに……


「証拠はないようですね」

「ぐ……だが、レコーダーだけが証拠じゃない。迷宮庁の調査課であれば、現場に残った残存魔力を調べるとか、そういう方法もあると聞く。それで犯人を調べれば、あの爆発トラップを仕掛けたのは君だと……」

「確かに爆破しましたが」


 !?


「み、認めるのかい? 君があの壁を破壊したと」

「ええ」

「……それは、己の罪を認めると?」

「罪とは一体何の話です?」


 不思議そうに首を傾げる、リーマン野郎。

 馬鹿か。お前は何を言ってるんだ?


「それは、僕等をあそこに閉じ込めるために、迷宮を爆破した罪で……」

「仰っている意味はよくわかりませんが、爆破ならいま目の前でしたではありませんか。あなた達を助けるために」

「っ……!」


 確かに今、瓦礫を除去するために爆発系スキルが発動したのは見たが。

 ……その時に、証拠も吹っ飛ばした……?


「まあ仮に、私がいま爆破しなかったとしても、トラップ系スキルは証拠がほとんど残らないので難しいとは思いますが」


 青ざめる九条に、眼鏡リーマンは表情ひとつ変えることなく淡々と告げる。


「失礼ながら、改めては経緯を申し上げます。私があなた方の救援に訪れたのは、救難信号を受けた迷宮庁職員――こちらの後藤氏より、同行を頼まれたからです。たまたま近くにいたもので」 

「自分が依頼した。国家指定クエストで、万が一があっては困るからな」


 黒服男が補足するが――違う。騙されているのだ。

 男がたまたま近くにいたのでなく、その男が犯人なんだ――


「その上で、冷静に考えまして。あなた方をはめた人間が、あなた方をわざわざ救援に来た……というのは、筋が悪い話かと思いますが」

「そ、そんなの自作自演で幾らでも!」

「自作自演だとして、私にあなた方を害するメリットは?」

「っ……それは……」

「あるとすれば、私達をあなた方が襲撃しようとして、やむなく反撃する場合くらいしか考えられませんが――」

「っ……!」

「ところでお聞きしますが、皆様。そもそもこのような袋小路に何用で? 兎狩りなら広間が定番ですし、通路にゴーレムは入れないと思いますが。事前に迷宮庁から頂いたマップをみれば、この先が袋小路であることは明白ですし」

「そ、それはお前達が……いや……ほ、他にモンスターがいないか、調査を……」


 そう。兎を追いかけて……いやでも、ゴーレムがこんな狭い通路に……

 だ、だめだ辻褄が合わない。

 相手のロジックは完璧ではないし映像もないが、それ以上に、自分達の理屈が破綻している――どうして、こんなことに。


「私が考えるに、これは私に対する嫌がらせ……かもしれませんね」


 そう説明した後、リーマン野郎が後藤にこれまでの経緯を説明し始めた。

 前回のダンジョン攻略にて、九条達ナンバーズと影一の間にトラブルが生じたこと。

 ナンバーズの身内から犯罪者が出るほどの騒ぎとなった事。

 影一に一切の非はないが、逆恨みされている可能性はあること……。


 後藤が九条を睨みつけながら、大きく息をつくのが見えた。


「存じている。悪七ナナの件だろう。彼女を捕まえたのは我々だからな」

「話が早くて助かります。であれば、迷宮庁側も事は理解していたのでは?」

「……本来なら迷宮庁として“ナンバーズ“の参加は断るべきだった。……が、やむを得ん理由があってな」


 苦い顔をする後藤に、「お疲れ様です」と会釈する影一。


 くそ、まずい。……話の流れが悪すぎる。

 違うのだ。あの時は悪七のヤツが勝手に暴走して……そもそも先にトラップを仕掛けてたのはヤツの方で。

 九条達は被害者で、奴らは悪質な加害者――なのにどうして、奴らが被害者で、自分達がさも加害者のように扱われている?


 自分は何も間違っていないのに。

 不平等だ。こんな世界は間違っている。絶対におかしい、狂っている。

 なのに、なのに反論の手立てがなくまるでじりじりと炙られ、死を待つような状況に……!


 くそ。考えろ。考えろ考えろ。きっと己の正義を示す方法がまだあるはず――

 じっとりと油汗を流す九条に、後藤が冷めたような目でこちらを見下してくる。


「いずれにせよ、善意の救援者に対する暴言は見過ごせない。本件については本庁に報告し、然るべき措置を取らせて貰う。場合によっては前回の件も合わせ、狩人ライセンス剥奪も視野に入ることだろう」

「な、っ――!」


 狩人ライセンスは、狩人にとっての運転免許証のようなもの。

 ナンバーズがナンバーズとして活動する根幹であり、もし、それを剥奪されたら自分達は、もう……!

 違う。自分達は悪くない。

 九条はただただ真面目に頑張ってきただけなのに、仲間に足を引っ張られこんなクソリーマンに騙され、理不尽な目に遭っているだけなのだと訴えれば、きっと信じてくれる……!



 そんな九条の空回りは、


「っざけんじゃねぇぞテメェ、黙って聞いてりゃあ、馬鹿にしやがってよおぉ!」


 轟音とともに空気を切り裂いた戦斧に、かき消される。

 目を血走らせた八崎が得物を構え、黒服男に飛びかかり――馬鹿、やめろ――!


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、ダンジョンってのは力が全てだ、文句があんなら力づくでかかってこいやぁ!」

「その点だけは同意するが」


 黒服男が呟き、……すっと残像を残して消失。

 何もない空間を大斧が切り裂いた直後、


 ドス、と。


 黒服男のボディブローが、八崎の腹部を見事に捕らえた。


「が、っ……な、っ……!」

「救援者および公安に対する暴力行為。迷宮庁として、人として看過できん蛮行だ」

「ば、馬鹿なっ……」


 嗚咽を零しながら、その場に崩れ落ちる八崎。


 っ……あり得ない。

 脳筋馬鹿とはいえ、あの八崎が一撃で……?


 あまりの光景に呆然とする九条の前で、ふぅ、と黒服男が戦闘態勢を解き、そこに影一が笑いかけた。


「ご対応ありがとうございます、後藤さん」

「……迷宮における暴力沙汰は後を絶たない。その点は、我々も憂慮しているが……迷宮庁として、公式クエストにこのような無法者を招いたことを謝罪する」

「いえいえ。私のような何の取り柄もない一般人にとって、公安の方々の存在はとても頼りになります。何せ私、狩人として仕事してはいますが戦闘能力は大してなくて……」


 にこやかに語る彼等に、九条はもう何も出来ず、膝をつく。


 ――この国に、正義はないのか。

 自分達のような正しい者が嘘偽の悪人に欺され、搾取される。

 これがいまの日本、いまのダンジョンの姿か。


 自分のような弱者に、あまりにも厳しすぎるではないか……。


 心に滾る負の熱をどろりと滾らせながら、けれど、九条には何一つ抵抗する余地もなく。

 本当は被害者のはずなのに、加害者として扱われ……。

 あのリーマンは平然と、颯爽と、当たり前のように挨拶しながら去っていく。


 くそ……と心の中で毒付きながら、言われるがまま、彼等に連行されるしかなく項垂れる。

 ――世の中はどうしてこうも、不平等なのか。


 心の中で怨嗟を繰り返しながら、九条はただ黙って彼等に付き従い、地上へ連行される。


 八崎は現行犯で逮捕。

 九条と深六もまた長々と説教を喰らい、すべてが終わった頃には日も暮れ――カラスの鳴く寂しい夕暮れの中、あとには何一つとして残らなかった。

 奴らへの復讐も。クエストの成果も。





 ……なんて、惨めな。

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