第34話 救援
「くそ、この程度の瓦礫――”アックスクラッシュ”!」
八崎のスキル宣言とともに、戦斧に力が籠る。
破壊力をあげた渾身の一撃は、しかし瓦礫の山をわずかに切り崩しただけで何の成果も得られなかった。
どうやら瓦礫は奥まで続いているらしい。
あの男、念入りに通路を破壊したか、と九条は苛立ちのあまり爪を噛む。
「……なんて卑劣な……!」
「訴えてやろうぜ、九条。俺こんな仕打ち、許せねぇよ……!」
「わかっている! だが」
証拠がない。九条は襲撃のためあえてレコーダーを回していなかった。
仮にレコーダーを回していても、証拠は残らなかっただろう。
九条達が目にしたのは、鎧姿の二人組が通路の奥へ消えていくまで。
奴らがトラップを仕掛け、通路を破壊したのを直に見たわけではない。悪七ナナのケースと、逆だ。
「ね、ねえ。これって救援信号、出した方がいいんじゃない……?」
「落ち着け、深六。それは止めた方がいい」
情けない声をあげる深六をなだめつつ、馬鹿かこいつは、と舌打ちしたくなる。
ダンジョン出発前に政府役人からもらった“安心バッチ”を使えば救援要請は可能だ。が、救援を出すことは己の無能を認めるに等しい。
意気揚々と参加しながら「困ったので助けて下さい」などと、恥にも程がある……!
そのうえ、本クエストに九条達が参加できたのは事務所のコネによる所が大きい。
その結果が救援では、立つ瀬がないにも程がある。
「とにかく、脱出方法を考えよう。探せばあるはずだ」
「探すって、具体的には……?」
「とにかく考えて、探すんだ。対策を考えないことには始まらないだろう?」
おろおろする深六に苛立ちながら、九条はじっくりとダンジョンの壁を調べ始めた。
なかった。
曲がり角の先は行き止まり、入口は積み重なった瓦礫で完全封鎖。
どうしてこうなった、と九条は己を振り返る。
自分達の策に、穴があったか? そんなはずはない。襲撃は100%成功したはずだ。
ではなぜ奴らの奇襲を許した?
そもそも奴らはどこに消えた? 見間違い? そんな馬鹿な。
――何か、何か決定的な見落としがあったとしか……
「ね、ねえ、リーダー。このままだとまずいよ。本当に家に帰れなくなっちゃうよ」
「深六、落ち着け」
「家に帰れないとパパとママが心配するし、早く救援信号ださないと……」
「うるせえぞ豚野郎、ごちゃごちゃと! テメェはそれでも誇り高きナンバーズの一員か、あぁ!? 俺達はなあ、配信で日本を変えるために戦ってるんだ、んな恥ずかしいことできっかよ!」
「は、恥ずかしいとかの問題じゃなくて、これは事故で……」
「大体あいつらにバレたの、てめぇのせいじゃねえのか? 狩人ってのは身にまとってる魔力を何となく隠せるもんだ、けどてめぇ全然できてねえだろ!」
がなりたてる八崎に、そうかと気づいた。
ベテラン狩人は無意識に魔力を隠蔽するが、深六は素人。相手の魔力探知に引っかかったのだろう。
やはり自分の計画は完璧だった――この豚野郎がしくじっただけ。
責任をなすりつけられる相手を見つけ、九条が密かにほっとする中、再び八崎が怒鳴り散らす。
「この役立たずが! 補助魔法だけとか何の役に立つんだよ、こういう時のために攻撃魔法系スキルを覚えとくもんじゃねえのか? あぁ?」
「む、無茶言わないでよ……補助魔法スキルだって、覚えるためのスクロールを手に入れるの大変なんだし」
「どうせ親に金積んで貰って覚えただけだろうが! いいよな、てめぇみたいな親ガチャ当たりな奴はよぉ! くそ、くそがっ……!」
八崎が、ドン、と深六を突き飛ばした。
深六がよろめき、壁にどすんとぶつかった、その拍子に――
ピー! と甲高い警告音が響く。
「あ、ご、ごめ、安心バッチ押しちゃった……」
「なっ、テメェざけんじゃねえぞ!」
「違う、わざとじゃないんだよ! 八崎先輩が押したから……!」
言い訳をする深六だが、九条はもちろん見逃さなかった。
深六が突き飛ばされた後、わざとバッチのボタンに手をかけたこと。
そもそも“安心バッチ”にはカバーがつけられており、転んだ程度で鳴る代物ではない。
びびりが、と苛立つ九条だが、同時に理由もできた。
アラームは、深六が勝手に鳴らした。
自分達は救援を必要としなかったが、パーティの新人がパニックに陥り過剰反応してしまった。
この筋書きなら、九条に責任はない。
あくまで駄目な新人の暴走であり、その新人を用意したのはRe:リトライズ側――クソ社長の責任だ。
そう、僕は悪くない。
何一つ悪くないまま現状を打破できるのなら悪くない。
それは、八崎も分かっているのだろう。顔がにやついている。
「ああもう、押しちまったモンは仕方ねぇ。責任はテメェが取れよ? こういうのは大体、救援料も取られるもんだ。全部テメー持ちだからな」
「そ、そんな……でもここから出られないのは先輩も同じで」
「他人に責任をなすりつけんじゃねえ! 自分の責任は自分で取れよ! それに、テメーはパパが払ってくれるだろうが!」
相変わらずうるさい二人を横目に、九条はこれからどうしたものかと考える。
まずは、今回の事故が人為的なものだと迷宮庁の役人に訴えることだろう。
もちろん、犯人はリーマン野郎を名指し。
証拠はないが、証言に全く効果がない訳ではない。
それにきちんと現地調査をしてもらえれば、何らかの魔力痕跡が発見されるはず……
(そうだ。僕等はまだ、負けたわけじゃない)
閉じ込められはしたが、実際に罪を犯したのも、追いつめられてるのも奴らの方。
自分達はいっそ、有利な側と言ってもいい。むしろここから反撃が始まる――
心の中で高笑いしつつ、九条がうっすらとほくそ笑んだ、その時。
「――救援信号はこちらから?」
「――ええ。間違いありません」
通路の外から、声。
救援が来たか、と九条は薄く微笑み、
ドォン!
遅れて、瓦礫の外から爆発音。
山積みになった瓦礫を吹き飛ばし、もうもうと煙をあげるなか、九条は乱暴な奴らだと埃を払いつつ到着した奴らを見つめ、
「「……は?」」
え。何で?
……何かの間違いか? どうして――
救援に現れたのは、今回のクエストを仕切っているガタイの良い黒服男。
隣に副官らしい小柄な女を連れているのは理解できる。が。
そのさらに隣にいる……眼鏡の二人。
九条達の救援に訪れたのは、よりにもよって――
「発見しました。確か、ナンバーズという配信グループの一行でしたか?」
「な……なっ……!」
「迷宮庁の要請をうけましてね。魔物退治を終え、そのまま帰ろうと思っていたのですが……たまたま近くにいたので、ともに救援に参りました」
よかったよかった、と役人に爽やかに笑いかけるのは、忌々しくも忘れられない男。
ダンジョンにおいてはある意味、特徴的すぎる背広姿――狩人リーマンこと影一普通と、そのオマケでくっついている女子高生の二人が。
よりにもよって、堂々と。
狩人の救援補助、その協力者という名目で九条達の前に顔を見せながら、にこやかに笑いながらこう告げた。
「危ない所でしたね。命に別状はありませんか? ダンジョンの壁が崩れるだなんて、全くもって不運な”事故”もあったものです。……ね?」
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