第33話 証拠

「おい九条。なんだ、あのふざけた連中は。俺等は、あんな恥ずかしい奴に負けたのか……?」

「ええ。冗談みたいな話ですけど」

「ざけんなっ……俺は、あんなクソみたいな格好の連中にボコられたってのかよ……俺等が日々、どんだけ頑張ってると思って……っ!」


 九条が剣を構える傍ら、八崎もまた舌打ちし、苛立たしげに戦斧を握りしめていた。


 奴らの戦いには、花がない。

 そもそも、背広姿に女子高生の制服そのままという格好が、ダンジョンを舐めきっているとしか思えない。

 そんな自称掃除屋レベルの奴らに、手玉に取られた――その事実が、八崎と九条の心にぶわっと黒い炎を灯す。


「九条。まず俺が男の頭をかち割る。お前は女をやれ」

「命令されるまでもないよ。――といいたいけど、前回のことを忘れてないよね?」


 もちろんだ、と八崎が忌々しそうに吐き捨てる。


 前回、あのリーマン野郎は卑劣にもトラップを仕掛けていた。

 スキル発動モーションは見えなかったので、事前に仕込んでいたのだろう。

 今回は、同じ轍は踏まない。


 基本的に、スキルには独特の発言あるいは発動モーションが存在する。


 呪文スキルに、詠唱があるように。

 剣技スキルに、技宣言があるように。

 トラップを仕掛ける時は、どんなに小さくても発動モーションがある。それを見逃さなければ回避は余裕だ。


「……まず、奴らが移動するのを待とう。移動中に、無意味にトラップを仕掛けるようなことはないだろうからね」

「ああ。前回はあいつらが事前にスキルを仕掛けてたから、やられたんだ。けど移動中、しかも相手はこっちに気づいてねぇなら……おい深六、”ハイドクローク”使え」

「え。……でもあの隠蔽スキルは、狩人相手には効果がなくて」

「背広男にはな。だが隣の女には効くだろ。アレは動きも素人だ、魔力を”察”するようなことは出来ねぇさ」


 姿の見えない男に、素人女が抗えるはずもない。

 場合によってはあいつを人質に取り、リーマン野郎を脅すのもよいだろう。


「それと、”レビテーション”は使えるか? トラップ回避の浮遊スキル」

「あ、うん。一応……」

「へぇ、やるじゃねえか。じゃあ九条と俺にかけろ」


 深六が詠唱を行い、九条と八崎の身体がわずかに浮かぶ。


 ”レビテーション”は地面からほんのすこし浮遊するスキルだ。

 大地に足がつかないため踏ん張りが効きにくいデメリットはあるが、地雷系スキルや地面を通じた攻撃を回避できる便利な一面もある。


 ――これで負けはなくなった。

 そもそもトラップ使いは待ち伏せに強く、奇襲に弱い。

 三対一かつレコーダー対策も万全にしたなら、勝ったも同然。


 あとは奴らが運悪く迷宮の袋小路にでも向かえば、終わりだ。

 背後から奇襲をかけ、一撃。

 スキル発動の機会すら与えず、仮に発動しても自分達は地に足をつけていないという寸法。


(あとは目撃者さえいなければ)


 九条が周囲を伺ったとき、八崎が小突いてきた。

 鎧姿の二人組が、広間先にある通路を曲がっていくのが見える。


 ……あの先は、マップによれば袋小路。

 チャンスだ。

 目撃者がいる可能性もあるが――神はこれまで九条に散々不運と不平等を押しつけてきたのだ、今回くらい幸運を呼び寄せてくれてもいいはず。


 九条は八崎とともに地を駆ける。

 浮遊魔法のおかげで足音はない。目撃者。なし――いける。


 九条はすかさず剣を、八崎は斧を振り上げながら声もなく通路を曲がり――もらった、と勝利を確信して、




「「――!?」」


 ……いない?


 三人の前にあるのは、周囲を草原の壁に囲まれただけの、だだっ広い……直線だけ。

 二人が曲がったはずのそこには、人間どころかモンスター一匹の姿もなく……

 穏やかな風がふわりと吹き抜けていくのみ。


 ……ハイドクローク、か?

 いや。その程度で自分達の目を欺けるはずはない。


「おい、九条。あいつらはどこだ?」

「……奥か? でも、あの一瞬で?」


 目の前にあるのは、五十メートル近い一直線。

 ダンジョンとはいえ数秒で駆け抜けるには無理がある。

 ……とはいえ他に道がない以上は、奥に進むしかない。


 訝しみながら、九条が。続いて八崎が道を進む。

 遅れる形で、深六がぼてぼてと腹を揺らし震えながら後を追う。


 ……違和感。


 自分は何か、大事なものを見落としていないか。

 何か、大きな勘違いをしていないか。

 じわりと広がる恐怖を押し殺し、気のせいだ、勘違いだと自分に言い聞かせながら、九条達は突き当たりにある曲がり角を曲がり――


 やはり、何もない。

 突き当たりは、ただの袋小路だ。


 あり得ない、と、九条が思わず八崎と顔を合わせ――




 ピピ、と。

 聞き覚えのある電子音。




 八崎が身構えた直後――背後で魔力の増大を検知。

 続けて、ボン、と激しい爆発音とともにダンジョンの壁が轟音とともに爆発。


「「っ……!」」


 背後を取られた――いや、トラップを壁に仕掛けられていた!?

 だが幸い、爆破された壁は九条達からだいぶ離れた後方だ。

 こちらを視認していないせいで、タイミングがずれたのだろう。


「ちっ、相変わらずセコいやり方しやがって……! おい出てこい、ゴキブリ野郎! コソコソ隠れて俺達を見てるんだろう!?」


 同じくダメージのなかった八崎が戦斧を振りかざす。

 連中はとことん卑劣な戦法を好むらしい。まさにクズの極み、人間の風上にもおけない奴らだ。

 もっと自分達のように、正々堂々と振る舞ったらどうだ、卑怯者が――


「ね、ねえ。えっと……」

「あぁ!? 何だ深六、奴らを見つけたのか!?」

「そ、そうじゃないけど……」

「なにか見つけたのかい?」


 九条の問いに、深緑はもじもじと膨れた饅頭みたいな頬を揺らし、爆破された壁を示して青ざめる。


「……後ろの壁、こ、壊されて、瓦礫、山積みだけど……僕等、閉じ込められてない?」

「「――なに?」」


*


 影一の愛用するトラップスキル”地雷”は、対象が触れた時点で爆発する”接触起爆型”と、任意で魔力を飛ばし爆発させる”指示起爆型”の二種類が存在する。


 またトラップスキルという名称から誤解されやすいが、本スキルは床であろうと壁であろうと人体であろうと、影一が触れれば設置することが可能だ。

 その気になれば、歩きながら靴底でトラップを仕掛けることも出来るほど。

 実際、隣でみていた綺羅星ですら、影一がいつスキルを発動したのか見えなかった程だ。


 ふむ、と影一は計画通りにコトが進んだのを確認し、――綺羅星を抱えたまま、ダンジョンの天井から着地する。


 ”草原”フィールドの壁は、もふもふとした草木の生えた素材でできており、その気になれば掴むことができる。

 天井も同じ。

 影一達は角を曲がったのち、天井に飛びあがり覆い茂った草木を掴んでいた――それに気づかず通り過ぎた連中を確認し、通路を爆破した。


「覚えておいてください、綺羅星さん。レコーダーが一般化されてなお、ダンジョンでの犯罪は後を絶ちません。そして今のように、察を欠かさず行っていれば事前に気づくことが可能です」

「は、はい」


 背後からくる三人組には、もちろん気がついていた。

 ”ナンバーズ”の面子のうち二人……九条と八崎は多少魔力を隠していたが、小太りの男は綺羅星ですら気づけるほどの素人。

 魔力の隠蔽は、パーティ全員ができなければ意味がない。

 むしろ中途半端に隠すのは、悪巧みをしていますと公言しているようなものだ。


 勉強になりましたねと笑う影一に、綺羅星はおずおずと後に続きながら。


「あの……閉じ込められたあの人達、どうするんですか?」

「ふむ。全員始末しても良いのですが、迷宮庁への義理立てといいますか。ナンバーズの彼等は一応、私達と同じ兎ゴーレム狩りクエストに参加している正規の参加者らしいので」


 民間のクエストならともかく、政府公認クエストにて死者が出るのは宜しくない。

 お役人にも、お役人の立場というものがあるだろう。


「……先生も、人の心配をするんですね……?」

「いえ。政府公認系クエストで死者が出た場合、原因をきちんと調査します。証拠を残したつもりはありませんが、迷宮庁の調査課が優秀だという話はよく聞きますので。……それに、今回のクエスト出発前に迷宮庁から”安全バッチ”を貰ったでしょう? あれは狩人の魔力が著しく減少すると、救援信号を発する効果があります」


 彼等を直接害すれば、犯行時刻がバレる。

 遺体をインベントリに収納して誤魔化すことも可能だが、ダンジョン外はともかくダンジョン内におけるインベントリ隠蔽は意外と知られた手口でもある。


「……でも先生。言い方はあれですけど……彼等が生きてたら、生きていたで、私達が犯人だと言われません?」

「証拠はありますか?」


 考える綺羅星に、影一はごく当たり前のように、笑って返す。


「ライブ映像はございません。彼等自身がレコーダーブレイク……妨害電波を発していましたからね。おそらくレコーダーも回してないでしょう。自分達の犯行が映像に残るような真似はしたくないですからね。そして仮に、回していたとしても――そもそも私は、彼等の視界に一度でも映りましたか?」


 改めて言われ、綺羅星は証拠がまったくないことに気づく。

 自分達は天井に張り付き、彼等に見られることなく爆破した。

 ……ナンバーズですら、犯人が影一だと推測はできても、事件を直接目撃はしていない。


 そもそも直接、手を下してすらいないのだ。

 証拠が残りようがない。


「私の主義は、安心安全ノンストレス。もしかしたら公安にバレるかもしれない……なんて不安を抱えるような事件を、起こすつもりはありません」


 私はどこにでもいる、ごく平凡な、犯罪とは無縁の小市民ですから。

 影一はじつに楽しそうに含み笑いを浮かべながら――しかし、と。


「とはいえ私達を襲おうとした連中に、全くお咎めなし……というのも問題かもしれませんね。放置すれば今後また、私の邪魔をしてくるかもしれませんし」


 影一の基本思想はストレスの排除だ。

 彼等は確かに閉じ込めたが、いずれ迷宮庁に救出され何事もなく出てくるだろう。

 そうなればまた、彼等は影一に嫌がらせをしてくるかもしれない。


 大した相手ではないが、魚の小骨程度には不愉快ではある。

 かといって始末すると、公安にバレるリスクがある――


 ……しばし考えた後、ふむ、と影一は結論を出す。


「やはり一旦放置します。が、近場で魔物狩りを続けます」

「ここで、ですか?」

「ええ。じきに彼等は救援を求めるため”安全バッチ”を利用するでしょう」


 そこをうまく突けば、面白いことが出来るかもしれない。

 予定通り進めばよし、予定通りいかずとも問題ない――証拠はないのだから。


「まあ、まずは仕事の続きと参りましょう。私の主義はあくまで、安心安全。ごく平凡な元リーマンとして業務に従事することを、忘れてはいけません」

「……先生って本当、何があってもいつも通りなんですね」

「ええ。平穏な日常。それが私の望む人生ですから」


 影一普通は普通でいい。

 ごく平凡な、ありふれた日常……起床、朝食、ゴミ出し、出勤そして仕事。

 ありふれた日常のルーティーンを安心安全ノンストレスで過ごす、それか影一普通の望む生き方そのものであり――


 殺人も隠蔽も、そのルーチンワークの一つに過ぎないのだから。



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