第32話 苛立ち
「クソ、うっとうしい兎どもがよぉ!」
空気をふるわせる戦斧が草原に響く。
大木すらも粉砕する一撃はしかし、飛び交う兎の群れを捕らえきれず、逆に首筋への一撃をもらった八崎が顔を歪め舌打ちした。
その様を見た九条は、相変わらず考えなしかとイライラする。
「八崎、首狩り兎は耐久力はさして高くない。もっと小回りの効く武器を使うといい」
「っせえな、俺にはこのスタイルが一番なんだよ! あーくそ、なんで俺がこんなつまんねぇ仕事……!」
面倒くせぇ、と群がる兎めがけて戦斧を振りかぶる男。
が、案の定あっさりと回避され逆にダメージを受ける様を見てると、ひとつ覚えの馬鹿と呆れる他ない。
首元に防御スキルを発動しているため事なきを得ているが、素人なら三度は命を落としているはずだ。
政府の掃討作戦に参加した”ナンバーズ”は、想定外の苦戦を強いられていた。
まず相性が悪い。
何事も力任せな八崎は元々、回避型の魔物を苦手としている。
逆に細剣をメインとした九条は、兎こそ苦にしないものの、草原ゴーレムへダメージを与える手立てがない。
こんな時こそ、全体炎魔法で一掃する悪七ナナの出番だったが……。
不平等だ、と九条はいつもの嫌悪を浮かべつつ、後方でぼけっと立つ男を叱咤する。
「深六君。きみもぼーっとしてないで、早く防御スキルをかけ直したらどうです? 八崎のガードが落ちています」
「っ、で、でも僕、さっき使ったばかりで……」
「新人だからと、甘くしてもらえると思わないように。栄えあるナンバーズに入れたのです、もっと誠意をみせたらどうです?」
九条が声をかけたのは、悪七の後任として参加した新人の男――深六木陰。
いかにもどんくさそうな、小太りの魔法使い。
学校にいれば確実に虐められてそうな体躯に、なよなよとした喋り方が九条と八崎をどうしようもなく苛立たせる。
聞けば、どこぞのお偉いさんのボンボンな一人息子らしい。明らかにコネを使った入社であり、在庫処分代わりによこされたのでは、と九条は疑っている。
もっとも、金持ちの息子なおかげで有益な情報も頂けたが……。
「おい深六! 俺へのバフ切れてんぞ、何やってんだ、あぁ!?」
「っ、で、でも、それは先輩の戦い方が、攻撃を受けてばかりで……」
「言い訳してんじゃねえぞ新人が! 俺が高校で部活やってた頃はなあ、テメェみたいなやつを顔がボコボコになるくらいぶん殴って指導してたぜ? 限界まで頑張って、それからが本番だろうがよお!」
これだから新人は、と怒鳴りつつも相変わらず攻撃を外しまくる八崎に、九条は呆れるしかない。
今日は単なる兎狩りであり、配信はしていない。
が、もしこれが映像に流れたら……?
兎に翻弄され、ワガママを言うだけの無能な八崎。
後方でおろおろし、何をすれば良いのか分かっていない新人。これで一体、どうしろと?
どうして、自分の周りにはこんな人材しか集まらないのかと常々思う。
世の中は本当に、不平等だ。
生まれながらの幸運、生まれながらに持てる者が富み。
自分のようにコツコツと努力をしてきた者は小狡い奴らに搾取され、不当に騙される――あのサラリーマン野郎が、自分達をハメたように。
「あーくそ、やめだやめ。やってられるか!」
兎を風圧で追い払い、結局、何の成果もでなかった八崎が汗をぬぐう。
集まった宝石は、九条が九、八崎が二。
深六はサポート役であり後ろでびびってただけだ。
……迷宮庁職員に報告したら、鼻で笑われる数字だろう。
「大体よぉ、俺等の目的は兎じゃねーんだ。この狩りに参加してるあいつらだろう?」
「まあね。とはいえ参加してる以上、体面は立てなきゃいけない」
「……えっと。何の話……?」
事情をわかってない深六を無視し、そこで、と九条は薄く笑う。
――兎狩りが向いてないことは分かっていた。
が、九条も馬鹿ではない。対策は立ててある。
「八崎。今回のクエストの報酬は、ベース報酬とはべつに、入手した兎とゴーレムの魔石を政府が割高で買うことになっている。その話は聞いてるね?」
「んなの破ったってどうでもいいだろ。もともと大した実入りじゃねーし」
「けどせっかくなら、成果を出したい。そこでいい方法がある」
自分達が石を稼げないなら、どうするか?
――他人の魔石を、奪えばいい。
「簡単な話じゃないけどね。レコーダーを回されて、もし逃げられたら僕等は犯罪者として捕まってしまう。……前回、悪七はあの眼鏡リーマンのレコーダーに撮られたのが致命傷となった。そもそも今の時代、レコーダーを回してない狩人はいないと言ってもいい」
「まあな。……で?」
「ち、ちょっと待って。何? 何の話をしてるの?」
まずい話じゃないよね……?
震える深六の肩を、九条がぽんぽんと叩き、にこやかに笑った。
「大丈夫。僕等は仲間だろう? 君はただ、黙ってみていればいい。全ての責任は僕が取る」
「ほ、本当?」
「そう。何かあったら、君はただ巻き込まれただけと口にすればいい。それなら、権力ある君のパパが助けてくれるだろ?」
そ、そうだねと身勝手に納得する深六に、――甘いヤツだ、と九条は心の中でバカにする。
犯罪の片棒を担ぎながら、自分は関係ありません、なんて理屈が通じるはずがないだろう。
まあこいつは邪魔さえしなければ問題無い。
何ならリーマン野郎とともにいる眼鏡女でも与えて性欲を満たしてやれば、すぐに満足するだろう。
発想が八崎並にクズだなと自嘲しながら、九条は自身のインベントリから白い箱を取り出す。
ダンジョンに用いる配信用カメラやレコーダーは、当然ながら外部と電波で繋がっている。
ただしダンジョン内という異空間ゆえ、用いる電波もまた魔力に変換される。
その配信用の魔力を、遮断することが出来れば――その道具こそ、いま九条が手にしている”レコーダーブレイク”と呼ばれる端末だ。
強制的な配信ジャミング。
所持しているだけで違法性を問われる品だが、アングラには溢れた品物だ。
そしてリアルタイムの配信さえジャックできれば、得物を仕留めたのちレコーダーを破壊すれば証拠は漏れない。
(これも世界の平等のため。僕等はあの男に騙されたのだから、僕等が仕返しをするのは当然の権利。これが平等だ)
いやらしい笑みを浮かべつつ、九条は政府指定の区域より離脱する。
九条達の兎狩り区域は東側であり、目的のリーマン共が掃除を行っているのは西区側だ。
手元のマップを見比べながら、裏道へ。
……出来れば、他の狩人と合同作業していなければやりやすいのだが。
と、九条達が薄く期待しながら西区へと到達し――
「「……あ?」」
……思わず、八崎と共に足を止める。
一面に広がる草原のなか、わらわらと数を成す兎と草原ゴーレム。
それに相対する二人組は、魔力の雰囲気からしてもターゲットに間違いはない、はずだが……。
連中はなぜか上半身をガッチガチの鉄鎧で固め。
下半身はスーツとスカートという、あまりにもヤバい格好のままゴーレムの背中に飛びつき、首筋にナイフを突きつけていた。
何アレ、と、事情を知らない深六が怯え。
八崎は意味がわからず、眉をひそめ。
九条は――九条首もまた呆気にとられ、ぽかんとした後――
目の前が真っ赤になり、ぐつぐつと沸騰し頭にまで血が上る感覚を覚えながら、ぎっ、と唇の奥を噛みしめた。
(何だ、あの間抜けな格好は……どこまで僕達をバカにしたら気が済むんだ!)
九条は配信者だ。
配信者は見栄えを気にし、美しく可憐に戦うべきものであり、魔物相手にみじめな戦いなど許されない。
そもそもダンジョン探索者――狩人とは皆のヒーローであり英雄、勇者たる存在であるべき。
……そんな九条の信条に、真っ向から泥を塗るような。
あんな間抜けな格好で戦っているなど――まさに自分に対する冒涜、屈辱でしかない。
自分は、あんな馬鹿な格好の連中に負けたのか?
あんな頭のネジが飛んだ連中に、いいようにやられたのか?
その事実があまりに悔しくて、――九条は人知れず憎悪を燃やし、絶対一泡吹かせてやる、と目を滾らせながら無言で剣を握りしめた。
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