第31話 外見
迎えた翌日。影一は綺羅星を連れ、依頼を受けたダンジョンの入り口に立っていた。
日本四大ダンジョンのひとつ”凪の平原”。
博多駅を中心に広がる本ダンジョンは、入口ゲートが複数ある。
有名なのは、博多駅口ゲートと天神地下ゲートの二カ所だろう。一般市民が入場するメインゲートとしても使われており、影一達は彼等に混じって狩人ライセンスを提示する。
綺羅星はまだライセンスがないので、代わりに同意書を記入。
『ダンジョン内で死んでも一切の責任を問いません』という内容を記したのち、入場用ゲートを越えて銀色の渦へと足を踏み入れる――前に。
「綺羅星さん。入場の際には、私の袖を掴んでください。転移石で中層へ飛びます」
「転移石?」
「野良ダンジョンは深くても五階層程度ですが、A級以上のダンジョンはその多くが十層以上の深さを持ちます。その移動をショートカットするためのセーブアイテムが、転移石ですね」
「聞けば聞くほど、ゲームみたいですね」
「本当にゲームだったんですけどね。ちなみに、狩人ライセンスD級取得条件が”凪の平原”5階クリアです。綺羅星さんはそれを飛び越えて中層に挑むので、頑張ってください」
綺羅星の手を取り、影一が白い石に魔力を込めてゲートをくぐる。
見渡す限りの草原。
さわさわと風に揺られ、のんびりとした牧草地のような景色は、危険なダンジョンとは程遠い空気を醸し出していた。
「……思わず大の字になって、寝転がりたくなりますね」
「低層なら許されますが、中層では油断厳禁です。それと”平原”ステージは他ステージに比べ、フィールドが広大です。もちろんダンジョンなので見えない壁は存在しますが、似たような景色が続くので迷わないように」
さて、と影一は革靴で土をこすりながらインベントリを開く。
「事前に勉強したと思いますが、今回、大量発生している魔物はご存じですね?」
「はい。ひとつは、草原ゴーレム。もうひとつは、首狩り兎ですね」
草原ゴーレムは、草木を全身に絡めた格好をした二足歩行型モンスターだ。
五メートル超の体躯と高い耐久力を持ち、鈍重で、よく燃える。
こちらは耐久力はさておき、攻撃をかわすのは簡単なので大したコトがない。
厄介なのは”首狩り兎”だ。
一見ただの可愛い兎だが、その後ろ足にきわめて高い殺傷力をもつ鎌を隠しており、文字通り飛びかかって首をかっきる生粋のハンターだ。
ダンジョン内でのダメージは全て魔力変換されるとはいえ、首が人間の弱点である以上、致命的なダメージを受けることに変わりはない。
綺羅星がメモを片手に続ける。
「私も勉強してきました。首狩り兎は、集団で出てくるのも特徴です。一匹二匹と相手しているうち、気づいたら囲まれて命を落とした狩人もいると」
「加えて、彼等は草原ゴーレムの草木に隠れて不意打ちをする知恵もあります。草原の暗殺者の名は伊達ではありません。さらに、落とす魔石の質もよくない」
魔石の価値は含まれている魔力含有量によるが、首狩り兎の魔石はだいたい低層中位くらいの価値しかない。
草原ゴーレムは中層にみあった魔石を落とすものの、そもそも耐久が高く倒すのに苦労する、とこちらも渋い相手だ。
「……先生。調べておいて何ですけど、私、大丈夫でしょうか? いきなり首が飛んだりしません?」
「ご安心ください。私は薄情者ではありますが、何も考えず弟子を戦わせるほど非人道的ではありません。殺虫スプレー同様、対策を用意しました」
「どのような……?」
目を輝かせる綺羅星に、影一は自身のインベントリへと手を入れる。
現れたのは、鈍い光沢を煌めかせる――……
……上半身鎧? のようなもの。
まず目につくのは、顔面すべてを覆う、鋼鉄のフルフェイスヘルメットだろう。
そこから繋がる首部分にもきっちりと硬質なネックガードをはめられ、さらに肩、腕、手首から指先にいたるまですべてを鋼鉄でガチガチに包み込んだ防具だ。
……確かに首狩り兎が得意とする、上半身への攻撃は免れそうだけど……。
「対兎&ゴーレムの最適装備です。ウサギの狙いが首を含めた上半身なら、その全てを保護すればいい。兎の攻撃はすべて斬撃、鋼鉄の鎧を貫通する術はありません」
そしてゴーレムの攻撃は鈍重なので、避ければよい。
堂々と説明する影一に……綺羅星はなぜか、曖昧な笑みを浮かべ固まっている。
「どうしましたか?」
いえ、と若干引きながら応える綺羅星には、もちろん理由がある。
……理屈はわかるし、効率的だとは思う。
けど、綺羅星が気にしているのは、そこではなく。
……デザイン、というか……ファッション性というか……。
上は、ガチガチの全身鎧なのに。
下は何もなし。
つまり影一がそれを着れば、上半身フルアーマーに、下半身は背広スーツに革靴である。それはずいぶん、見た目が……
「先生……下は、スラックスのままなんですか?」
「下まで装備すると装備重量が加算され、動きが鈍くなります。効率を考えるなら、上半身鎧に下はホットパンツが良いと思いますが……」
「完全に変態じゃないですか! ていうかそれ、私が着たら上半身鎧に下スカートじゃないですか!」
綺羅星は自分の姿を想像する。
上は全身鎧。下は高校指定のプリーツスカートに、ソックスにローファーをさらした女子高生。しかも(今日は使わないけど)チェーンソー完備。
もしSNSに動画を上げられたら、”ダンジョンに現れし謎のスカートアーマー!新種のモンスターか!?”というサムネで絶対バズる。
そんなの嫌だ。年頃のJK的、泣いてしまう。
まだ前回の宇宙服スタイルの方がマシだ。
半泣きになりながら、綺羅星は必死に訴える。
「そ、その格好はさすがに問題があります! ……それに影一さん。その格好だと、他の同業者にモンスターと勘違いされるかもしれません」
「そうでしょうか?」
「そうですよ! 人間っていうのはあまりに違う存在をみると、敵だと思い込んじゃうものですから!」
人は見た目が八割。
その法則はダンジョンでも当てはまるうえ、今回は他の狩人と共同作業だ。下手な格好をして襲われたら困る。
影一が、ふむと顎に手をあて考えた。
「なるほど、そういう考えもありますか……確かに、敵と勘違いされては困りますね。リビングアーマー系モンスターと誤解されるのは心外です」
「ですよね? ですよね?」
「ええ。では、さらなる対策を取りましょうか」
影一がぽんと手を叩き、鎧装備を解除したのち再びインベントリへと手を伸ばす。
良かった、話を聞いてくれた、と綺羅星がほっとした……のも、つかの間。
ずず、と黒い空間から取り出したのは――
学校の体育祭とかでよく見る、ヒモをひっかけて固定するタイプの……ゼッケン、だった。
影一はそこに黒ペンででかでかと、”人間”と、
「これで問題ありませ……」
「あります! ありすぎます! 逆に怪しさ増してるじゃないですか、何ですか鎧のボディに”人間”って!!!」
「人間と書けば、魔物と勘違いされないかと思いますが」
「理屈はそうですけど怪しすぎるっていうか……! わかりにくいですし!」
「ふむ。考えて見れば、私は普段はソロ活動中心でしたので、他スタッフとの共同作業には見識がありませんでしたね。その点において、学校生活を営んでいる綺羅星さんに一日の長があるかもしれません」
勉強になりますねと頷く影一に、綺羅星は頭を抱える。
彼はすごい先生なのだが、装備品の感覚が効率厨すぎて一般人とズレている時がある。
そこが先生の魅力でもあるけど……。
「では、綺羅星さんなら何と書かれますか?」
「え」
「”人間”が分かり辛いのは理解しました。しかし”同業者”や”狩人”と書くのも不自然な気もしますし」
もっと、フレンドリーかつ親しみのある単語はありませんか?
影一に尋ねられた綺羅星は、ここは現役女子高生としてお手本をみせなければ、と、全力で知恵を絞った。
*
三十分後。
”凪の平原”中層西区”四季の草原”を、一人の狩人が訪れていた。
ショートソードと小盾をメインに扱う、最近C級ライセンスを取得したばかりの青年だ。
掃討作戦への参加者ではなく、たまたまこの地にソロで来ただけであり――運悪く、首狩り兎の群れに追われていた。
「っ……!」
飛びかかる兎に危うく首を取られそうになり、バランスを崩す男。
好機とばかりに兎たちが飛びかかり、まずい、と青年は小盾を構え――
その脇より数本の矢が飛来し、兎達を射貫いた。
脱兎のごとく逃げていくモンスターを見て、青年は安堵の息をつく。
「すまない。どこの誰か知らないが、ありが……」
同業者だろうか、と彼はゆるりと振り向き――
化物がいた。
一人は上半身鎧に、スーツと革靴をぴっちり履いた変態。
もう一人も上半身鎧に、スカートにソックス、ローファーを履いたド変態。
その二人組の胸元、唯一の白地部分にはなぜか、黒ペンで描かれた可愛らしい丸文字で――
”ともだち”
と書かれているのがまさに狂気。
「ぎゃあああああ――――――っ!? ば、バケモノだあああああっ!!!」
男は脱兎のごとく逃げ出した。
それを見た影一は、一言。
「綺羅星さん。何か言うことは?」
「わ、私は間違ってませんから!!!」
鎧の中で顔を真っ赤にしながら、綺羅星は全力で叫んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます