第28話 武器選び

 影一がスミス=ニャムドレー氏と面会する、少し前。

 武器選びを任された綺羅星は、店内で途方にくれていた。


 ……いきなり、自分の武器をと言われても。

 せめて基準を教えてほしい、と綺羅星はぼんやり不安になる。


 そもそも綺羅星は、自分で何かを決めるのが苦手な性格だ。


 ――欲しいものは、いつも母親に否定されてきた。

 母はいつも口では「あなたの自由」と言いながら「こっちの方がいい」とさりげなく綺羅星を誘導し、それに異を唱えたらねちねちと嫌味を言い続け、最後には拗ねてしまう。


 学校の先生も、クラスの同級生も似たようなもの。

 表向きはいい顔をしながら、裏では不満ばかり――さも、綺羅星が負担を背負って当然みたいな言い方をされて、結局、自分が厄介事を受け持つことも多くあった。


 そんな経験が続いたせいで、綺羅星は自分で何かを決める時、まず――他人にどう見られるか、を考えてしまう。

 怒られないか。

 馬鹿にされないか。

 周囲から浮いていないか。……虐められないか。


(普通の狩人は、どういう武器を選ぶんだろう)


 スマホで検索すると、ダンジョン初心者おすすめ武具セットが無数に表示された。

 広告宣伝ばかりでうんざりしたが、その多くはショートソードと小盾を進めている。

 攻守ともに汎用性が高く、価格もお手頃(といっても十万程度する)らしい。けど……


(先生は、どう思うだろう?)


 平凡な武器を選んだら、失望されないだろうか?

 先生と同じ、弓や、トラップ系武器のほうが喜ばれるだろうか?

 でも似合わない武器を選んで、ダンジョンで戦えなかったら、先生に叱られてしまうに違いない。


 役立たずの綺羅星なんて速攻クビだ。そうなったら――


「っ……」


 数学や物理のように、数式を解いて答えが出る問題なら、楽なのに。

 自分に向いてる武器、なんて言われても……こうなったらネットの武器性格診断で選んで貰うしか――


「こんにちは。ずいぶんお悩みですけど、どうされました?」

「え、あっ」


 見れば、レジにいた女性店員――緑のエプロンをまとったポニテ姿の大学生が、人なつっこい笑顔を浮かべていた。

 つい目線を逸らすと、大きな胸元とともに揺れる『破光』と書かれた名札が見える。


 ……さっき先生に、困ったら相談してと言われた人……。


「……えっと。……ダンジョン攻略のための武器を探してまして」

「ダンジョン攻略、といっても色々ありますよ。前衛向けだと、仲間の攻撃を引きつけるタンク役。切り込み隊長となるアタッカー役、スキルと剣技を併用する魔法戦士」


 確かに、配信者の多くはパーティを組んで戦っている。役割分担も明確だ。

 けど、影一は基本的に単独で戦う。

 自分で何でもやるしなんでも倒す。


 では、綺羅星のポジションは?


「お嬢さん。そもそも君は、何のためにダンジョンに入りたいの?」


 何。何のために。

 綺羅星はぎゅっと唇を噛み締める。


 ――自分を、変えたいと思った。


 他人に馬鹿にされたくない。

 人の話を、きちんと断れるようになりたい。

 弱気な自分を捨てて、ダンジョンで鍛えて、あんな……殺されるような目になんて、もう、遭いたくない――


「……強くなるため、です。友達や、親や先生に、馬鹿にされないために」

「だったら別に、ダンジョンでなくてもいいよね?」

「えっ」

「まあダンジョンは分かりやすいけど、空手でも剣道でもいいよね。違う?」


 それは、……確かに、心身を鍛えるのにそういったものは向いてる、けど。


 ……あれ?

 じゃあどうして私はダンジョンに拘っているのだろう。

 先生の活躍を、目の当たりにしたから?

 わからない。よく、わからない――


「……私、えっと」

「ああごめんね、責めるつもりはなかったの。ただ人間って意外と、自分の本心には気がついてない、ていう話を伝えたかっただけ。そして自分の本心に合わない武器を買うと、君も、そして武器も悲しい想いをしちゃうの」

「……武器が、悲しむ?」

「武器屋の店員としてはね。剣や槍、斧を見栄えやコレクションで買うのは否定しないけど。武器はやっぱり、殺すために使われるのが本望でしょ?」

「…………」


 殺すために使われる、といきなり言われてもわからない。

 けれど、彼女はダンジョンの武器に関するベテランだということ。

 影一も、困ったら相談してみてと口にしていた。なら……


「えっと、店員さん……破光……はこう、さん?」

「はこう、で合ってますよ。覚えやすい名字でしょ、破壊する光っていかにも武器屋っぽいし」

「武器屋っぽいかは分かりませんが……私に合う武器を、一緒に探して頂けませんか」


 自分で選べといわれたが、素人一人ではダメだ。

 それに綺羅星が選ぶと、つい見栄を気にしてしまう。

 自分のことを他人に決めて貰うな、と叱られそうだが――


「了解。じゃあ目を瞑って」

「え」

「地上は魔力の密度が薄い。けど、うちの武器屋『マイショップ』はぶっ壊れゲートと直通してる影響で魔力濃度が高い。だから君の魔力――無意識の根源にも、アクセスしやすい」


 何を言われてるかさっぱり分からないまま、綺羅星は瞼を閉じる。

 手を差し出すと、破光さんが指先を握りそっと囁く。


「目を閉じて。暗闇の中で、自分だけの世界を思い描いて。……何が見える? 最近のことでもいい。今までのことでもいい。人生で良かったこと、嫌なこと。思い出してみて」

「…………」


 綺羅星はずきりと胸を痛めながら……記憶の海に沈んでいく。


 いいこと。……あまり、記憶にない。

 せいぜい、今日のアイスが美味しかったとか、学校の成績がよかったとかくらいだ。


 ……嫌なことなら……山ほどある。

 学校で真面目委員長と言われたこと。自分を揶揄する悪口だと知っていること。

 友達のふりをした姉妹にからかわれ、突き落とされたこと。

 母親に相談しても、恥ずかしいと邪険にされたこと。父親は無関心で、いつも夫婦喧嘩が絶えなくて……


 いつも。いつも自分ばかり、我慢して――


「っ……」


 心の底からとめどなく感情があふれだし、意識が混濁する。

 ああ。本当に、世の中は窮屈で息苦しくて、辛くて傲慢で――ストレスばかり。

 それに耐えてばかりで何もしない自分自身に対しても、本当に――


「それを、どうしたい?」


 どうしたい?


 逃げたい。隠れたい。放っておいてほしい。でも……全員が見張っている。

 親が。教師が。クラスメイトが、お前は良い子だと雁字搦めの鎖を絡め閉じ込めてくる。

 だから綺羅星は息苦しい。


 誰が私を、委員長と呼んでほしい、なんて頼んだの?


 私は。私は――……


「察」


 破光さんに言われ、綺羅星は反射的に魔力を周囲へ飛ばす。

 ダンジョンにおける魔力探知法。最近ペンライトを使わずとも、少しできるようになった。

 瞼を閉じ、耳と肌を済ませながら魔力を周囲に飛ばすと……このお店は半分ダンジョンのせいか、魔力がきちんと返ってくる。

 目の前の破光さん。壁。棚。そして無数の武器。それぞれの魔力がエコーのように反射し、綺羅星の肌をさざめかせる。


 ――その中で。

 ひときわ赤く反響した、歪な反応がひとつ。


「…………」


 その魔力は、甘かった。


 ……よく分からないけれど、匂い、というか。

 思わず抱きしめ、ぺろりと舐めて甘美な味に浸りたい……そんな、美味しそうな魔力、とでも表現すべきものを感知し、綺羅星はふらふらとおいしい匂いのする得物へ誘われるように歩いていく。

 まるで、駅中にあるパン屋へふらりと足を運ぶように。


 ――呼んでいる。私を呼んでいる。手を伸ばす。

 瞼を閉じていても、柄の部分はなぜか分かる。

 理屈は知らない。

 ……ただ、その武器を手にした瞬間――綺羅星善子という人間が押し殺していた、何かが。

 どろどろとしたどうしようもない鬱屈に対し、明白な答えを示したような。

 手にした瞬間まるで身体の一部のように、吸い付くように手に馴染んだその存在に確信する。


 ……棒状の武器。

 もしかして大剣? それとも、ロングソードか?


 と、綺羅星はようやく瞼を開いて、……は? と呆然とする。


 彼女の手に握られていた得物は……

 ギザギザの歯を煌めかせ、鈍色に輝く胴体をもつ――いわゆる、チェーンソー、そのものであった。


「……は? え?」

「お買い上げありがとうございます。お似合いですよ」

「……は? ……はあぁっ!?」

「この方法がやっぱり一番ですねぇ。どんなに隠そうと思っても、自分の性癖には、抗えないんですよ。ね? うんうん」


 人間、素直が一番。

 店員の破光さんが恍惚とした笑みを浮かべながら語るなか、綺羅星はそんな馬鹿な、と悲鳴をあげた。


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