第27話 武器屋


 それから数日間、影一は綺羅星に簡単な基礎訓練(当社比)を行った。

 綺羅星が若いお陰か、あるいは本人の勤勉な性格によるものか、物覚えが早くて大変助かる。




 一週間が経過した頃、影一は次の段階に入ることにした。


「そろそろ綺羅星さんの装備品を購入しましょうか」

「あ。でも私、装備品を買えるほどのお金がなくて……ダンジョン産の武器って、安くても十万はするって」

「私が持ちましょう。先行投資のようなものです」


 その程度ケチることもない、と影一は綺羅星を連れ、駅前の店へと向かう。


 大型ダンジョンショップ『ヤマモトダンジョナーズ福岡』。

 某電気屋チェーン店に肩を並べる、日本最大級のダンジョン系チェーン店福岡支部――から、五分ほど離れた先にある雑居ビルこそ、影一が懇意にしているダンジョン専門店『マイウェポン』だ。


「店舗は狭いですが、品質が高いんですよ」


 足を踏み入れ、綺羅星が目を白黒させる。


 イメージとしては、楽器屋に近いだろうか。

 壁一面やガラスケースにずらりと並ぶのは、音を奏でる代わりに刃を輝かせる剣や槍、ロッドといった魔法系武具がずらり。

 別コーナーにはアパレルショックのマネキン宜しく鎧が飾られ、綺羅星は値段を目にして唖然とする。


「先生これ、五十万とか書いてますけど……こんな高価なものが、一般的で――」

「ああ。一、二階の商品は配信者向けですので買わなくて大丈夫です」

「え?」

「剣もロッドも、いかにも”それっぽい”でしょう? 性能は悪くありませんが、威力よりも見栄え重視。そのぶん店側も値段をふっかけているんですよ」


 確かに、綺羅星の知る配信者といえば剣や槍といった異世界ファンタジー系の武器を扱う者が多い。

 その方が単純に、格好よく見栄えするからだ。


「我々の仕事は、煌びやかな花形ではありません。ではこちらへ」


 影一に誘われ、四階へと向かい――再び、綺羅星はぱちくりと目を丸くする。

 確かに、専門武具が並んでいた。

 ……鎌とか。鈍器とか。つるはしとか。

 もちろん剣もあるが……配信者が扱うキラキラ装飾は一切無い、地味極まりないショートソード。

 後は先日の殺虫スプレーや、まきびしに弓……あと、拳銃らしきもの。


「さて。まず武器はどれを選んでも構いません。初心者にお勧めなのは棍棒です。スライム系を除き、魔力をこめて殴ればモンスターは大体倒せます。……というのが、一般的な話」


 影一がひとつ指を立て、ここからは大事な話ですと忠告する。


「可能であれば、自分の肌にぴんと来る武器を選ぶことをお勧めします」

「ぴんと……とは?」

「界隈では”根源”と呼ばれている、自分の性癖。魔力の囁き。本能。我欲。そういった根幹に基づいた武器を選択することをお勧めします」


 ”根源”は、言語化が難しい。

 あえて語るなら、自分の表層意識ではなく、深層意識。

 その人間自身の逃れられないカルマ――業、あるいは欲といったもの。


「例えば私の信条は、安心安全ノンストレス。心の底から平穏を望んでいますが――その本質は、どうしようもなく傲慢であり冷徹、サディストであると言えます」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。だって趣味が悪いでしょう? 敵に地雷を仕掛け、相手が気づかぬうちに爆死してるのを愉悦する。これを性格が悪いと呼ばずして何と言うのかという話です」

「自覚あったんですね……」

「当然です。まあ、自覚のある悪は自覚のない悪より善である、とも私は考えますがね」


 世の中には身勝手な自己正当化を並べ、自分は悪くないと言い張る馬鹿も多い。

 対して影一は自身のことを平凡であると理解する一方、自分を悪人であるともきちんと理解している。

 影一の悪は、自分の性根を素直に受け止めた結果ゆえの悪なのだ。


「そのように、人間にはそれぞれの個性、癖、我慢できない性癖があります。綺羅星さんにもあるはずです」

「……でも、私に特徴なんて……真面目、とか。勉強できるとか、そういうつまんないのしか……」

「つまらない、ね。それが事実なら、私の弟子になることもありませんでしたが――まあ、まずは直感でいくつか試してください。ああ、困ったらあちらの女性店員さんに聞くとよいでしょう」


 影一がレジカウンターに佇む女性に、会釈をする。

 緑のエプロンにポニーテールを結んだ女性が、影一達に気づいてにこりと笑った。


 綺羅星は若干、戸惑う。

 言われた店員さんは、物騒な武器屋に似つかわしくない可愛らしい大人な女性だ。

 ……あんなに可愛らしい人に……モンスターを殴り倒す棍棒の質問を……?

 いくら影一の勧めとはいえ、無茶があるような。


「……あの人に、分かるんでしょうか。ずいぶん可愛らしい方ですけど……」

「彼女とは顔なじみですが、あの子も私に肩を並べる性格破綻者です」

「は?」

「話せばすぐ分かりますよ。それと、私はしばらく席を外します」

「え? え?」

「自分にふさわしい武器は、まずは自分で選ぶもの。本当に困ったら助言しますが……まあ大丈夫でしょう」


 影一はあえて綺羅星自身に任せる。

 彼女は真面目で良い子なので、影一が決めれば「それでいい」と頷くだろう。

 でもそれは違う。


 武器とは、相性――もちろん敵モンスターによって戦い方を変化させるのも大事だが、自分のもっとも得意とする武器や戦闘スタイルは、自分で探す必要がある。

 そのためには、彼女自身が悩み、判断しなくてはならない。

 それに――



 ムカつく奴をいじめるための”得物”くらい、自分で選んだ方が、楽しいだろう?



「では綺羅星さん、あとは頑張ってください」

「そ、そんな。私一人じゃなにも、」

「弟子入りする時に話したでしょう。自分のことに自分で責任をもつ。これも訓練だと思ってください」


 そう告げて彼女から離れた影一はレジへと向かう。

 店員の女性が影一をにこやかにレジ奥へと通しながら、くすくすと笑った。


「今日は珍しく、人連れなのね。どういう関係?」

「一応、私の弟子でして」

「あら。じゃあもう何人か殺っちゃった? それとも殺人処女? あとで声かけていい? 楽しみだなぁ……」


 ご自由にと残しつつ、スタッフルームへ立ち入った影一はそのまま最奥にあるエレベーターのボタンを押す。





 今日、店を訪れた理由は綺羅星の武器探しだけではない。

 ダンジョン武具専門店『マイショップ』地下一階。

 地上からの直通経路は存在せず、上層五階からしかたどり着けない地下にあるのは……


 銀色の渦を巻いた、小さなゲート。

 すなわち、ダンジョンの入口だ。


 影一が踏み込めば、現れたのは手狭な”洞窟”ステージ。

 入口を少し進めば、中央にぽつんと佇む角張った白い一軒家が目につく。


 失礼、と軽くドアをノックして戸を開ければ、むっと溢れる熱気とともに、一人の少女――

 ただし普通の人間ではない、頭に耳を生やした作務衣姿のウサギ少女が、一心不乱に黄金色の剣を見つめている姿が窺えた。




 彼女は、人間ではない。

 ダンジョンにのみ存在するが、モンスターとも異なる存在。

 ダンジョン内NPC――影一がこれまで幾つものモンスターを、そして人を排除するための武器を用意してくれた、希少な相方だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る