第29話 武器選び2

 は? え?

 いや。あの……え? ナニコレ?


 綺羅星はもう一度、自身の握りしめている武器を見下ろす。


 どう見ても、何度確認しても、紛うことなきチェーンソーであった。

 電動刃を回転させるタイプの、一般的には木を切ったりするための道具だが、ダンジョンでの用途はもちろん――って、そんな馬鹿な話!?


「すみません。何かの間違いじゃ……」

「いえ、お客様の選ばれた装備に間違いありません。ほら見てください、武器も喜んでますよ? 私を選んでくれてありがとうーって」


 あ、ダメだ。

 破光さんはなぜか目を輝かせ、初恋の人と無事に結ばれておめでとう、みたいな空気を醸し出している。

 いやでも違う。違うのだ、綺羅星はこんな物騒な装備を使えるような性格ではなく……。


 ……ああ、でも実は用途が違うのかも?

 チェーンソーといえば、木を斬るもの。

 この武器は臆病者の綺羅星に、モンスターではなくダンジョン林業に精を出してのんびりしよう、と教えてくれている、とか?


「破光さん。この武器、もしかして素材集め専門とか、そういった平和的な運用に使うものなんでしょうか? だったら臆病な私にも似合って……」

「いえ。”紅き血潮の”チェーンソーは歴とした近接武器です。業物ですよー?」

「二つ名付き!?」


 ダンジョン武器で”二つ名”と呼ばれる呼び名をもつ得物は”業物”と呼ばれる高級品だ。

 確か、特殊なスキルや能力を引き出す力もあったはず。


「……す、スキルとか、特殊効果は? もしかして、植物系モンスターに特効とか?」


 もしかして自分には、植物と相性がよかったり。

 まあ対人の荒事が苦手だし、地味だし、盆栽いじりみたいなのが似合っている……なんて可能性も、


「対人特効です♪」

「……」

「ダンジョン内限定ですが、対人もしくは人型モンスターに有効です。一番効果が高いのは生身の人間ですね。ホモサピエンス相手であれば相手の防御力を貫通し、鎧の上からでもぶった切ることが出来るかなり強力な装備となっております」

「…………」

「代わりに、他のモンスターに対してはさほど効果がありません。取り回しも悪く、非効率です。……つまり普段使いはできませんが、ダンジョンで人間相手には圧倒できる超ピーキーでクレイジーな殺人専用武器ということです」

「………………」

「さらに本武器には女性特効がついてます。つまり、お客様が心の底からムカつく女を足蹴にして切り刻みながら愉悦するのに最適、まさにあなたにぴったりで……」


 綺羅星はチェーンソーを棚に戻そうとした。

 その手をがっと掴まれ、破光さんが満面の笑顔で迫る。


「お買い上げありがとうございます」

「!? いや私、まだ買うなんて一言も、」

「なに言ってるんですか、あなたが彼女を選んだんですよ、責任持って面倒みないと彼女が可哀想でしょう?」


 か、彼女!? 責任!?

 もしかして破光さん、チェーンソーのことを彼女と呼んでいらっしゃる!?


「あなたが手に取った時、彼女の歓喜が聞こえてきたんです。ああやっと、これで人を刻める相棒と組むことができたって。ご成婚おめでとうございます」

「何言ってるんですかご成婚って!?」

「それともお客様、一度手にした女は用済みであると? 真面目そうな眼鏡顔なのに、とんだ浮気女なんですか?」

「意味分からないですし、わ、私、対人を想定した武器なんて使うつもりありませんし……! そもそもこんなので斬ったら殺人じゃないですか!」

「え、でも対人特効がある武器で人を殺さないなんて、武器が可哀想っていうか失礼っていうか……」


 あ、ダメだ、この人。

 外見は可愛いポニテ大学生なのに、中身が影一先生よりヤバい。


 でもこんな武器、私には……それに値段も死ぬほど高そうだし……。


「とりあえず試し切りしてみません? 本店の奥に、試し切りコーナーもありますので」

「待ってください、買うなんて一言も」

「頭では嫌がっても、心と身体の相性は抜群……もう離れられない……」

「本当にないですから!」


 抗弁も空しく、綺羅星はずるずるとショップ奥の専用スペースに連れてこられた。


 カードゲームが出来そうなスペースには、テーブルの代わりに木製の案山子が並んでいる。

 ダンジョン案山子という、斬っても斬っても再生する便利なサンドバックらしい。


「…………」


 けど、綺羅星はそもそも、チェーンソーの使い方を知らないのだけど……。


 とりあえず見よう見まねで、右手で後方のハンドルを。左手で前方のハンドルを掴む。

 両手で構え、綺羅星は右手の人差し指にあたるスイッチを押そうとして――いやでも、やっぱりムリなんじゃ……?


「ではお客様、その案山子があなたの大嫌いな人だと想像して、やっちゃってください」

「嫌いな人って……」

「いるでしょう? クラスに一人か二人くらい、バラバラにしたい子。会社の上司でも部下でもいいですし、私も前職のときは会社に隕石落ちてこないかなーとか思いましたし。ね?」


 恨みつらみのひとつやふたつ、と言われ、綺羅星の頭にふっと浮かんだのは――あの女達だ。


 いつも綺羅星を呼びつけ、身勝手に椅子に腰掛けニヤニヤと笑う、あの女達……。

 ”私達、友達だよね?”

 そう笑いながら心の底では綺羅星を嘲笑し、ドン、と奈落の底に落とすような。


 ……先日、彼女達を焼いたばかりだが、彼女らは死んだわけではない。

 噂によるとダンジョン専門の病院に入院したらしい。

 春休みがおわり学校が始まれば、また顔を合わせることになるだろう。

 その時、自分はどうするか――


「っ……!」


 どくん、と。心臓の鼓動音が高鳴った。

 手にしていたチェーンソーの重みが消え、手に吸い付くようにフィットする。


 刃を握りしめた綺羅星の視界が、真っ赤に染まる。


 ……この感覚は、何だろう?

 よく分からないけど……

 今ならやれる。

 殺れる。

 確実にやれる。


 そんな錯覚が、心の底から湧き上がり。

 ぞわぞわと全身を駆け巡る魔力に身を任せ、綺羅星はぎゅっと奥歯を噛みしめ案山子へと飛びかかった。






 ……はっ!?


 気がつくと、足下には徹底的なまでに粉砕された案山子が転がり。

 眺めていた破光さんが「素晴らしい!」と拍手し、しかも――いつのまに先生と、隣にヘンなウサギ人まで並んで微笑んでいた。


「待っ、ち、違っ……これは、あの……誤解で――破光さんも、ち、違っ……」

「影一さん、今後とも是非彼女を当店にてお願いします。素晴らしい才能の持ち主です。ニャムドレーさんも、彼女、いいと思いません?」

「にゃはは、これはやりがいありそうだねぇ。影一のオッサンいい人選んだね」

「ええ。彼女は性格が真面目なのですが、性根が歪んでるので将来が楽しみです」


 三者三様に綺羅星のことをからかい、もう! と顔を真っ赤にして否定する。


 こんな武器、絶対に使わない。

 絶対に、絶対にだ。己の人生を賭けてもいい。

 綺羅星善子はただ強くなりたいだけであって、こんな、他人を虐めるような武器なんてあり得ない。


 頬を膨らませ、恥ずかしさのあまりぶんぶん首を振り、全力で否定しながら――

 血潮のチェーンソーをインベントリに仕舞い込んだことに、彼女はなぜか、自分でも気づかなかった。


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