第19話 襲撃

 一方その頃。

 ダンジョンに突入した配信グループ”ナンバーズ”の面々は、渋い顔をしながらモンスター退治を行っていた。


「くそっ。昆虫系モンスターだるすぎだろうがよぉ」

「ねぇリーダー、事前に調べてなかったのぉ~?☆」

「事前に調査したら、凸配信にならないだろう。少しは頭を使ったらどうだい?」


 ダンジョンボスである女王蜂を切り伏せ、配信を終えたチームリーダー――九条首が、ごねる二人に呆れる。


 野生ダンジョンへの凸行為……通称“ダンジョンアタック”の魅力は、突入先の難度がわからないギャンブル性にある。

 もしレア種である竜や妖精、悪魔といったモンスターと戦えれば同接数も伸びるし、アイテムドロップ自体が良質なためまさに大当たりだ。


 一方で、外れも多い。

 とくに”森林”系ステージに登場する昆虫系は外見がよくなく、アイテムドロップも渋いと最悪だ。


(リスナー共も好き勝手言ってくれる。森林ステージだと分かると、すぐ切る。こっちも苦労も知らないで)


 全くもって不平等だ。

 九条達は配信者であって、掃除屋じゃない。

 狩人として格好良いところを見せねばならないのに、相手が悪ければ刃の振るいようもない。


 呆れる九条に、戦士風の男――八崎努と、女魔術師――悪七ナナが、なあ、と声をかける。


「リーダー。んな調子で本当に大丈夫か? つーか、俺等もアンサーズに鞍替えしねぇ? あっちの事務所の方が金払いもいいって話だしよぉ」

「あーしも賛成ぇ~☆ てかぁうちの事務所経営ヤバいんでしょ?」

「鞍替え、と簡単に言うけどな……今さら僕等が移ったところで、冷遇されるだけだよ。そもそも、アンサーズは女性配信者中心のお気楽事務所だ。僕等みたいなのが入れるはずもない」


 九条達が属する狩人配信事務所”Re:リトライズ”は、別事務所”アンサーズ”から派生したグループだ。

 原因は運営者のお家騒動らしいが、詳しくは知らない。


 何れにせよ、九条の属する事務所”Re:リトライズ”は年々、収益も同接数も低下傾向にある。

 場当たり的な対策しかしない無能運営に、眉を顰める者も多い。


(まったく。世の中というのはどうしてこうも、不平等なのか)


 不満がぐつぐつと沸騰し、九条はぐっと手のひらを握りしめる。

 不平等、不平等。

 九条達ナンバーズだって、最近は同接数がひどく落ちてるが――仲間がもっと魅力的であれば。或いは凄いダンジョンを引き当てれば――運営がマシであれば、もっと上に行く存在だったはず。

 そうではなくてはおかしい。


 どうして、僕だけがこんな目に……


 苛立つ九条にふと、八崎が思い出したように斧を床に突き立て、なあ、と。


「思い出したんだけどよ。先に入っていった、スーツ姿のおっさんいたよな? 掃除屋の。あいつヤんね?」


 顔をしかめる九条に、八崎が唇を歪めてにやつく。


「配信すんだよ。おっさんをこっそりボコして、それを俺等が助ける。ダンジョンから帰る途中で、怪我人を見つけたので助けたらお礼貰えました、人助け最高ー! ってよ」

「へぇ~? バカな八崎にしてはイー案じゃんそれ☆ 乗ったっ」

「バカは余計だ、俺様はいつだって賢いんだよ!」


 拳を合わせる二人に九条は呆れ、……でも、悪い話ではないなと思う。

 リスナーに限らず世間の連中は、安っぽいお涙頂戴話に弱い。


 ダンジョンで迷い人を救出した――その英雄性は、動画映えしない虫退治よりよほどいい引きになる。インプレッションも稼げるだろう。

 それによく考えれば、あの掃除屋はスーツ姿でダンジョンに向かっていった。仕事を舐めているとしか思えない。

 九条達のように、きちんと専門武具を装備した真面目な人間こそ報われるべきであり、あんな冴えないおっさんが自分達と報酬を山分けなど、そもそもおかしな話だ。


 理由は、十分。

 これは不平等を是正するための正当な行いだ、と腰元の剣に手を添える。


「まあ、八崎にしては悪くない考えだね」

「だーかーらー、お前ら揃って俺をバカみたいに言うなっての。これでも考えてるんだぜ?」

「考える頭まで筋肉だから意味ないんじゃないのー? きゃははっ」


 はしたなく笑う悪名を小突き、三人はすぐさま踵を返した。




 幸い、彼等はすぐに見つかった。

 ボス部屋前の分岐路まで来ていたらしく、すでに九条達が回収した空の宝箱を前でひそひそ話をしてるが――ん?


 ……背広男の隣に、なぜか女子高生らしき人物が増えている。


「うはっ。なんだなんだぁ、女連れじゃねえか! 仕事ついでにJKとダンジョンでシコってんのか」

「きゃはっ、ウケるぅ。いかにもおっさんって感じ☆」

「なら遠慮なくやれるな。ついでにあの女、貰っていいか? 素人がダンジョンに入ったらどんな目に遭うか、きちんと先輩として教えてやらないとなあ!」


 八崎が鼻息荒く興奮する。その性格の悪さには呆れるしかない。

 が、相手もダンジョンにて情事を行うクズだ、何をされても文句は言えまい。それが平等というもの。


 ……にしても。

 彼等は通路の行き止まりで、何をしてるのだろう?

 ひそひそと相談している……いや、何かを待っている……?


「やっちまおうぜ。ハイドクロークを使うまでもねぇ、おっさんの方は知らねぇが、あの女は素人だ」

「じゃああのおじさん、あたし貰っていい? 目の前で焼きながらJKやっちゃおう☆」

「……レコーダーの破壊、忘れるなよ」


 了解、と八崎がすばやく奴らに迫る。

 素行は悪いが、仮にも狩人ライセンスB級。並の掃除屋ごときに抗える速度ではない。


 全員がうっすらと悪辣な笑みを浮かべるなか、八崎がすかさず斧を振りかぶり――



 ピピッ



 耳慣れない電子音。

 何の音だ、と眉を顰める九条の前で、ドン、と。


 突如起きた爆発とともに八崎の身体が吹っ飛び、まるで玩具のように天井へ叩きつけられた。



 …………は???

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