第20話 崩落

 ……いま、何が起きた?

 八崎のやつが、冴えないおっさんと女子高生に斧を構えて、迫った。

 予定では今ごろ、背広姿の男を張り倒して当然のはず。


 なのにどうして、八崎が地面にぶっ倒れている?


「大丈夫ですか」


 呆然とする九条へ、逆に声をかけてきたのは例のリーマンだ。

 いかにもな堅物眼鏡をかけ、スーツをぴっちりと着た男が抑揚のない声で八崎を揺らし……ふむ、と呟く。


「今のはおそらく、虫系モンスターによる設置型トラップですね」

「は???」

「現実でも、オオスズメハチ等が地面に巣を作ることがあるでしょう。その応用で、一部の昆虫系モンスターは地面にトラップを仕掛けることがあります」


 確かに一部モンスターがそういった特技を使うことはある。

 が、今の威力はあり得ない。

 九条の見立てでは、このダンジョンの難易度はD級下位、よくて中位だ。

 B級中位の九条達が、たかがトラップの一撃で戦闘不能になるはずが……!


 斧を支えに、八崎がふらふらと立ち上がり――ふざけるな、と。


「っ……テメェ、何かしやがったな……!」

「と、仰いますと?」

「ざけんなっ……こんな低レベルダンジョンに、あんな爆弾仕掛けられるヤツなんて、他にいるかよ! くそ、訴えてやる!」


 俺等は被害者なんだぞ――

 叫ぶ八崎に、男は慇懃無礼にも眼鏡を押し上げ、


「失礼ながら、証拠の程は? レコーダーを確認させていただいても宜しいでしょうか」

「それは……」


 男に手を差し出され、まずいな、と九条は顔を歪める。


 自分達のレコーダーを提出すれば、犯人の目星はつく……かもしれないが。

 九条達が、彼等を襲撃しようとする会話もバレてしまう。

 それは社会的に大変まずいし、もしレコーダーが迷宮庁の然るべき場所に提出されれば、未遂とはいえ宜しくない待遇を受けるのは目に見えている。


 突発的なダンジョンアタック自体違法だが、他人に危害を加えようとした、となると迷宮庁も黙ってはいないはず……。


 くそ、上手くやりやがってと舌打ちする九条の横で、リーマンの連れの女子高生が心配そうに。


「あの。それより、お怪我は大丈夫ですか? 必要なら、救難番号にかけますけど……」

「っ……! いえ、問題ありません」


 救難番号などかけられては、高額の医療費にくわえダンジョンアタックの正当性を問われ、ますます厄介になる。


 仕方ない。ここは大人しく引くしか……。

 幸い、彼等はまだ九条達が襲いかかろうとしていたと気づいてないはず。

 先のトラップの正体は気になるが、一旦身を引いて――




「ね~え~。もう面倒だからさ、ぱぱーっと片付けちゃっていい?」




 は? と九条が振り向いた直後。

 様子を見ていた悪名ナナが、きしし、といやらしく唇をつり上げ杖をぶんと天井に向けた。続けて、


「”魔炎の破壊”」

「な、っ」


 スキルの発動宣言とともに、太陽と見間違うほどの業火が出現。

 やばい! と九条が身を引き、八崎もまた転げるように地面へと転げ、


 ――遅れて炸裂音。

 破裂した炎塊が雨となって降り注ぎ、爆発の勢いにより透明の天井が崩落する。


 ダンジョンの構造は外見こそ異なれど、いずれも地下迷路の形を取る。

 ”森林”ステージであろうと通路には見えない天井が存在し、木々を模した天井がガラガラと崩れ、――背広男と女子高生を生き埋めにしながら崩落した。





 尻餅をつきながら何とか逃げおおせた九条に、きゃはは、と耳障りな声が響く。


「なんか面倒だしぃ、全部埋めちゃった方が楽だよねーって感じ?」

「悪七、おまえ……」

「テメェ、俺まで生き埋めにする気かよ!? っざけんなくそが!!!」

「えーでも教えたら相手に警戒されるじゃん。敵を騙すならまず仲間から、ってヤツぅ? それにさっきの連中にさ、レコーダー出されたら、あたしら結構やばない?」


 それは、確かにそうだが……。

 あっけらかんと笑う悪七に、九条はじんわりと苦いものを覚えつつも、――まあ結果オーライだ。


 既にボスは始末した。放っておけばダンジョンは一日と立たず自然崩壊し、奴らの死体も飲まれて消滅する。

 報酬は自分達の総取り。

 なら、結果自体は悪くない。


「っ……ざけやがってよぉ。が、まあいい。おっさんとJK、地獄で楽しくやってくれ。それより回復してくれよ、リーダー」

「回復ポーションはあるけど、その傷だと入院が必要かもね。魔力ダメージは、現実のダメージと違う」

「マジか……くそ、つーかあいつら一体何なんだ? 迷宮にトラップなんか仕掛けやがって」


 意味のわからない奴らだ、とふらつきながら身体を起こす八崎。

 暑苦しい大男に手を貸す趣味のない九条は、それを無視してダンジョンを後にする。


 まったくもって、実りのないダンジョンアタックだった。

 モンスターの質も最悪、配信のウケも悪くボスドロップもしょぼくれたアイテムのみ。


 ……まあ、鼻につく背広男を生き埋めにしてやったのは、少しばかり気が晴れる。

 いかにもくたびれた、のらりくらりと適当な仕事をしながらいい給料を貰ってるようなヤツが落ちぶれるのは悪くない。


 ……にしても、まったくもって、社会とは不平等だ。

 日々努力している自分達は報われず、世間では可愛い子がちまちま公式ダンジョンに挑戦してる方が同接1万オーバーをたたき出す、腹立たしい世界。


 神様は自分達を見捨てたのか、と苛立ちながら。

 ダンジョンの外へとようやく出て――





 ……は? と、三人全員で立ち尽くす。


 閑静な住宅街に並ぶ、ごく普通の民家の庭。

 そこで、ごく当然のように――


「仕事の方、完了いたしました。依頼人、こちら完了書類となります」


 生き埋めにしたはずの背広男が、ダンジョン掃除の依頼人と平然と会話を交わしていたのだった。


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