第17話 害虫
ぎゅっと胃が締め付けられ、綺羅星の心がずしりと重みを増していく。
身体が震えたのは、反射的な拒否反応か。分かっていても、震えは自然と強くなる。
どうして。
どうして、あの子達が。
思考が混乱し、だからこそ、綺羅星は余計なことを考えてしまう。
……もしかして、心配して探しに来てくれたのだろうか。
友達だから。やっぱり気が変わって助けに来よう、とか?
そうかもしれない。
ダンジョングッズを買いに行った城ヶ崎と一緒に、綺羅星を心配してダンジョンの奥まで。
……人を、突き落としたくせに?
いやでも、彼女達は学校の友達で……。
確かによく、命令口調で理不尽だなとか心の中で反発したことはあったけれど、でも、友達のいない私に唯一普通に話してくれたのが彼女達であって、だから綺羅星は彼女の友達で――
「――さん。綺羅星さん。大丈夫ですか? で、彼女達は?」
「っ、あ…………は、はい。彼女達は、私の友達…………で」
「お友達と会うわりに、ずいぶんと青い顔をされていますが。それは本当に友達なのでしょうか?」
ずきりと胸がきしみ、綺羅星は誤魔化すように早口で返す。
それが自分をも誤魔化すためだと、うっすらと気づきながら――
「ほ、本当に友達です。……学校で、面白くもない私に声をかけてくれるのは、彼女達くらいで」
「成程。私が知る友達関係というのは、友人を落とし穴に突き落としたりはしませんけども」
びくっと身体が震えた。
どうして、それを。
彼女との間に起きたことは、まだ話してないはず……?
「失礼。いまのは憶測でした。いじめられている子を先頭に立たせ、トラップの餌にするのは常套手段なので。まあ、落とし穴につき落とすまで酷い事例はそうありませんが」
「っ……で、でも何かの間違い、かも」
「間違い。なるほど? 友達なので一回くらい殺されかけても仕方ないと。確かに昔、ミサイル一発だけなら誤射かもしれないと馬鹿なことをいう政治家もいましたが――」
ところで話は変わりますが、と影一がインベントリを召喚する。
黒い渦から新たに取り出したアイテムは……いや。何も取り出していない?
けど、影一はそこに何かがあるように、透明に揺らぐ”何か”をひらりと綺羅星の前で揺らしている。
「見えますか? これは”ハイドクローク”と呼ばれる、平たくいえば透明マントです。魔力を察することの出来る相手には無力ですが、相手が素人なら効果は十分でしょう。……必要ですか?」
「それは、」
もちろん、必要ない。
綺羅星と鎌瀬姉妹は友達でありクラスメイトだ。しかも今回、ダンジョンに誘われた仲間でもある。
……あれは何かの間違い。
普通に顔を合わせたら、案外「さっきはごめんね~委員長、ちょっとタイミングが悪くて」なんて笑って……
タイミング。って、何?
ぐちゃっと頭が混濁し、綺羅星は、でも友達だから、友達だからと唇を震わせながら――
影一のマントを掴み、たぐり寄せるように羽織る。
「っ……」
ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。
隠れるわけじゃない。ただ、彼女達の真意を知るまでの間だけ。
もし何もなかったら、彼女達に素直に謝ればいい……。
綺羅星の透明化を確認した影一が、自身も同じくマントを羽織る。
鎌瀬姉妹の声が、ゆっくりと迫る。
息を顰めながら、ずきん、ずきんと綺羅星の痛みが強くなる。
彼女達が、本当に……
あれが本心から勘違いだと思っているなら、態度に出るはず。
彼女と私は”友達”だから。
そんな脆い願望は、――
「お姉。やっぱアレもう死んでると思う。二階までいくの面倒」
「かなぁ~。ま、ぶっちゃけどっちでもいいよね~? 戻ってきたら戻ってきたで、ごめん大丈夫だった? って言えばいいしぃ。ダンジョンでの事故なんて、よくあるしねぇ……?」
「私アイス食べたい。コーンつきのでかいやつ」
「今日の妹屋は甘えたがりだなぁ。でもお姉ちゃん、今日いい気分だから奢っちゃおうかなぁ~」
ケラケラと笑いながら、おやつのアイスについて語る姉妹は。
何一つとして、綺羅星のことを思っていなかった。
「っ…………」
透明コートの裾を握りしめ、階段手前まで来て引き返しはじめる二人を睨みながら、綺羅星の瞳が真っ赤に染まる。
いや。……本当は、頭では分かっていたはずだ。
彼女達が友達だと称しながら、自分に対して、そんな感情を微塵も抱いてないことくらい。
本当は……もっと昔から。
彼女達が声をかけてきて、城ヶ崎と同じグループに巻き込まれたあの頃から、綺羅星はいつも友達のフリをした姉妹の笑いものにされていた。
それを、綺羅星が勝手に友達だと思い込んでいただけで――
「綺羅星さん。大丈夫ですか」
「――っ、はっ……くっ……!」
「落ち着いて。深呼吸を致しましょう」
影一に背を揺らされ、自身の肌に傷がつくほど爪を立てていたことに気づく。
じっとりと汗が流れるなか、綺羅星はゆっくり息をつく。
ざわざわと、気持ち悪い虫が心の中を這いずり回るような不快感がどうしようもなく駆け巡り、綺羅星は喉をかきむしりたい気持ちになりながら、ぐっと唇を噛みしめる。
「っ……すみません。私……どうしたらいいか、わからなくて」
「気持ちは察します。私は幸い、学校で虐められた経験はありませんが、前世の社畜時代に突っかかってくる無能上司と揉めた記憶がありますしね。――それに、あの姉妹の振る舞いが社会的にきわめて好ましくないことは、第三者たる私も理解しますし」
全くもって、度し難い。
吐き捨てた影一に、綺羅星は彼にも苛立ちの感情があるのかと少し驚きつつ、共感してもらえたことを嬉しく思う。
……本当に、あの姉妹は度し難い。
叶うなら今すぐ真実を明らかにし、あの姉妹に土下座して謝罪させてやりたい、と綺羅星の頭がぐつぐつと火山のように湧き上がる。
……でもそんなのは所詮、妄想。
私には結局なにも出来ず、隠れたままやり過ごすしかない――
「綺羅星さん。宜しければひとつ、あなたの苛立ちを解消する助言を差し上げましょうか」
「え」
「人が強いストレスを受けた時、解消する方法がいくつかあります。……運動をする。友人に愚痴る。物に八つ当たりする。が、もう一つ、とても分かりやすい手段がございます」
綺羅星が可愛らしく瞬きをする前で、姿のみえない影一がくすりと笑った――気がする。
「私の主義は、安心安全、ノンストレス。その点から考えるに、いまの綺羅星さんには過度な精神的ストレスがかかっていると推測します。何せ、自身の命まで脅かされたわけですから、その心労は察するにあまりあるでしょう」
と、姿を現した彼がインベントリから取り出したのは……先程も目にした巨大な殺虫スプレーだ。
消火器のような形をした得物に、まだ、魔物いたっけ……? と綺羅星は首を傾げ、
「それは?」
「殺虫スプレーです」
「それは、わかります。でも、ここにはモンスターなんて」
「いるじゃないですか。そこに。害虫が。二匹も」
綺羅星が目を見開き、影一を見た。
彼は平然と、まるで明日の天気について語るかのように、綺羅星にどうぞと毒ガスを手渡してくる。
「やり方は先程、学んだ通りです。こちらは透明、一方的に相手をやれる状況です。……それ以上は、とくに語ることもないでしょう。相手はしょせん人間のフリをした魔物です、駆除したところで何の痛痒もありません」
でしょう? と、男が悪魔のように囁き。
綺羅星はなぜか、ついさっき気持ちよく打ち落とした虫共の姿を思い起こし、真面目で正しい心が、ぐらりと揺れた気がした。
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