第16話 説明

 蜂型モンスターをあらかた片付け、宇宙服装備を解除した後、ふむ、と影一が呟いた。


「どうやら、こちらは外れのようですね。ダンジョンボスへの分岐路は、入口から右でしたか」

「……やっぱり、ボスを倒さないとダメなんですか?」

「ええ。ダンジョンが内包する総魔力の多くを、ボスが担っているので討伐する必要があります」


 ダンジョンがダンジョンとして存在するためには、一定以上の魔力をダンジョン内に有している必要がある。

 専門用語でダンジョンを維持するための最低魔力量を”ダンジョン限界魔力”――大体25%程度――と呼び、この値を下回るとダンジョンは形を保てず自壊、消失に至る。


 掃除屋の仕事は、ダンジョン内のモンスターを倒し魔石を回収することでダンジョン内の総魔力量を減らし、自壊させること。

 が、ダンジョンのボスはそのダンジョンが内包する全魔力のおよそ30%以上を所持している事例が多いため、討伐はほぼ必須といえる。


「右側はたしか、入口で騒いでいた配信者が討伐に向かうと言っていましたが……まあ、様子を見に行きましょうか」


 彼等がボスを倒してくれたなら、それで構わない。

 報酬は、約束通りに分割しよう。

 それ以外の厄介事が起きていなければ良いが……


 と、スーツを整え、影一は綺羅星を連れてダンジョンを引き返す。

 ザコモンスターは全て駆除したため、帰路は楽だ。


「……影一さん。質問、いいですか?」

「私に応えられることであれば、何でも」

「えっと……影一さんがボスを倒さなくても、反対側に向かった配信者の方がボスを倒してくれるなら、私達が向かう必要もないのかも、なんて思ったんですけれど」


 ふむ。至極真っ当な質問だなと頷く。


「仰る通り、私が出向く必要はありません。ただし本当に、彼等がボスを倒してくれたらの話です」

「……ダンジョンに入ったのに、倒さない? 敵が強すぎる、とか」

「いえ。先に入った彼等は、態度はともかく実力的にはB級下位くらいあると予想されます。D級下位のキラービー、そのボスであるクイーンビーに遅れをとることはないでしょう。……途中で飽きて、帰らなければ、ですが」


 何ですかそれ、とびっくりする綺羅星。

 影一も理由を知ったときは、驚いたものだが……。


「蜂型モンスターや、昆虫型モンスターは、配信者に人気がないんですよ。見た目がアレなので」

「え、そんな理由で!?」

「モンスターはやはり、モンスター然としてる方が分かりやすい。竜や悪魔はレア種ですが、ゴーレムのような物質系、あるいは悪魔系モンスターは分かりやすいでしょう。ですが、虫系は外見が嫌われることが多くて」

「じゃあどうして、彼等はこのダンジョンに?」

「ダンジョンの中身を知らなかったんでしょう。SNSで情報を知り、いきなり突撃してきましたから」


 今ごろ彼らも”森林”ステージと聞いて、しまったと思ったはずだ。

 森林ステージは難易度こそ高くないものの、見栄えもよくないのは有名な話。


「となると、ボスを倒さず帰宅することも考えられます。或いは、ボスは倒すものの道中に出現するザコの大半を無視する。それでは掃除になりません」


 ダンジョンボスは、ダンジョンの有する魔力の多くを抱えている。

 が、だからといって雑魚を大量に残すと、ダンジョン限界魔力を下回らず迷宮は残ってしまう。


「それに中途半端な退治を行うと、後になってダンジョンが成長し、再発する可能性もあります」


 仮にダンジョンボスを倒し、ダンジョンが自然崩壊したとしても、中途半端にザコモンスターが残っていた場合すぐに復活し、新たなゲートを作ってしまうこともある。

 そのうえ、再復活したダンジョンはだいたい難易度が一段階上昇しているケースが多い。

 医学に例えるなら、中途半端に薬物を使ってしまったせいで耐性菌が発生するようなものだ。


 雑草退治と同じ。対処するなら、きちんと根まで。


「そういった事情を知らず、あるいは意図的に無視してボスだけを倒す配信者を、掃除屋界隈では”食い散らかし”と呼び嫌われています。……もちろん、丁寧に掃除を心がける配信者もいますし、啓蒙活動を行ってくださるありがたい方もいるので、全てが悪ではありませんが……」


 ごく一部。

 本当にごく一部の配信者が悪質な行為に手を染めることで、界隈全体の評判が落ちるのは良くないと思う。


「それは、大変ですね……人の迷惑を考えないのでしょうか……?」

「ええ。まあ実際は、食い散らかし程度で終わればまだマシですが」

「へ?」

「ダンジョンレコーダーが一般認知される前は、もっと色々あったものです。犯罪に関わったと思わしき行方不明者も多数いたそうですし」


 人目のない迷宮は、犯罪者にとって格好の宿場だ。

 ただの野生ダンジョンだと思ったら、じつは犯罪組織が根付いていた――なんて事例もあったらしい。


 っ、と綺羅星が息を飲み、影一を伺う。


「……そういう時って、影一さんはどうされるんですか?」

「第一に通報。レコーダーに記録は残っていますしね。その上で必要とあれば、戦います」

「相手は人間……ですよね。そういう時は……」

「ダンジョンにおける強さは、人数ではなく総魔力量およびスキル練度に比例します。地上のように、素手で複数人に囲まれたからといって即敗北するわけではありません」


 その点、影一にとっては地上よりダンジョンの方がやりやすい。

 レコーダーがあるといっても映像は改竄できるし、なにより――


「それに、ダンジョンだとこちらも後処理が楽ですので」

「あ、後処理……?」

「モンスターに食べさせれば、色々と楽でしょう?」


 説明をしている間に、ようやく登り階段が現れた。

 樹木に包まれた木造の階段は、影一には見覚えがあるが、落とし穴から落ちた綺羅星には初めて見るものだだろう。


 影一に続き、彼女がそっと階段に足をかけ……


「…………」


 ふと、彼女が足を止め、小さく拳を握りしめるのが見えた。


「どうかしましたか?」

「いえ。ちょっと、落とし穴に落ちた時のことを、思い出して」


 ふむ。確かに転落時のトラウマを思い出した、というのは筋が通っているように見えるが……


「その場合、階段ではなく、落とし穴のある通路に対して恐怖を抱くものではないでしょうか?」

「……それは。えっと」

「私は人心に疎いので、大層なことは口にできませんが。他の理由があるのではないか、と」


 綺羅星が露骨に青ざめる。

 感情がわかりやすいなと思いつつ、彼女の心理的安全まで影一が担保する必要はないが――まあ、大人の心得というやつだ。


「今でしたら、聞き流すことも可能です。ダンジョンはあらゆる秘密を包み、消えゆくもの。……等と格好いいことを口にしてみましたが、時には感情を吐き出してみるのも良いことかと」

「……影一、さん」

「私は人生において、心理的ストレスの危険性を大変重視しています。それは時に、己の人生をも容易に破壊してしまう。……悩みがあるなら、まずは口に出すことをお勧めします。そうすることで自覚もできますし、もし他人に相談できれば解決策を提示して貰えるかも知れません」


 影一自身が他人に相談することはないが、相談されるのなら傾聴くらいは行う。


 一方的な感情論なら、鼻から相手にしないが。

 彼女が本当に悩んでいるのなら、歳の功もあり助言できるかもしれない。


 それが彼女のためになるかは、分からないが。


「…………」


 綺羅星がぎゅっと唇を噛む。

 影一はなにも語らず、ゆっくりと階段を上がる。


 あとの判断は、彼女次第。

 語らないならそれも良し。彼女の決断だ。

 年若かろうと老人だろうと、最後の決断は自分自身で行わなくてはならない――




「……と、言いたい所ですが、事情が変わりましたね」

「…………え」

「不用心にも程がありますが、どうやらあなたの心労が、向こうから歩いてくるようです」


 影一のぼやきと共に。


「ねー委員長~? まだ生きてる~? あーもう面倒臭いなあ、返事しなよー?」


 刺さるように響いた声を、綺羅星が聞き間違えるはずもない。

 彼女を突き落とした犯人にして、クラスメイトであり友達――鎌瀬姉妹の声に違いなかった。

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