第15話 駆除(楽しい)

 綺羅星も年頃の女子高生として、ダンジョン配信ライブを見ることはある。


 ダンジョンにおけるモンスター討伐は、現代のメインストリームとも呼べる配信コンテンツの王道だ。

 煌びやかな剣技に、華麗な身体捌き。

 光輝く魔法が飛び交い、竜や悪魔を相手に果敢に戦う、熾烈にして優雅――それが綺羅星の知るダンジョン配信だ。

 最近では料理や睡眠、ダンジョンキャンプやダンジョン生活耐久といった派生コンテンツも充実し、動画サイトで覇権争いを繰り返しているとも聞く。


 少なくとも……宇宙服のような防具をまとい、毒ガスを噴射しながらどしどしと進むような。

 感染症対策のガチ版みたいな光景は、綺羅星は見たことがない。のだが。


「ああ。やはり昆虫系モンスターには、毒ガスが一番ですね。毒の種類によっては効きませんが、ガスの種類を切り替えれば効果的なようですし」


 ぷしゅー。

 ぷしゅー。


 躊躇なくスプレーを振りまき、迫り来る蜂型モンスターを次々と打ち落としていく宇宙服リーマン。


 キラービー側もなんとか回避しようとぶんぶん飛び回るが、直線的に放たれる剣技と異なり、広範囲にばらまかれるガスを避けるのは不可能だ。

 猛毒を浴びた蜂がつぎつぎと地面に落ち、紫色の煙となって消滅していく。

 そこには、若者がダンジョンに夢見る華やかさは微塵もない。


 まさに”掃除屋”。

 堅実かつ、ひたすら効率を求める動作の繰り返し。

 ただ黙々と、決められた仕事をこなしているだけの作業そのもの。


 そこには何の感動も喜びもなく、コンベアで運ばれてきた素材を分別するかのような、味のないガムよりも単調な作業……


 そのはず、なのに。


「~♪」


 綺羅星の目に映る彼、影一普通はなぜか、実に楽しそうに作業をしていた。


 彼が余裕であることが綺羅星にも分かったので、何となく。


「……影一さん。どうして楽しそうなんですか?」

「楽だからです」

「え」

「モンスターとの戦闘は、人間相手のような煩わしさがありません。決められたルールに従い、実行すれば報酬を得られる。とてもシンプルで心地良い」

「……そう、なんですか?」

「ええ。プライベートとして楽しむならともかく、仕事であるならトラブルは最小限であるに越したことはありません」


 鼻歌交じりに答え、影一が最後のキラービーを撃ち落とす。

 今ので、十匹目。最初に現れた個体すべてだ。


 全部はけたかな……?

 と、綺羅星が様子をうかがう間もなく、ぶーっ! とひときわ大きな音がした。


 通路の奥からふたたび、数匹の蜂が露わに――しかも先程より一回り大きい、中型犬ほどある巨大な蜂だ。

 心なしか、さっきよりも強そうな気が……


「ふむ。先程のが先兵なら、こちらは仲間の危機にかけつけた戦闘個体といった所でしょうか」


 影一が納得し、再びスプレー缶を持ち上げ――


 ぷしゅ~……?


 気の抜けた音。

 綺羅星が見れば、どうやらガスが切れたらしい。……って、


「影一さん、大丈夫なんですか!?」

「予想していたよりも、敵の数が多いですね。切れてしまいましたか」

「そ、そんなに悠長にしていいんですか……?」


 彼女達の安全は、影一のもつ絶対的な武器に守られていたものだ。

 それが切れたということは、圧倒的優位を失うと言っているような……。


「ご安心ください、綺羅星さん。私は基本的に、念には念を入れるタイプですので」


 ごく自然体で答える影一。秘策があるのだろうか。

 或いは今度こそ、彼の得意武器で戦うのか。


 綺羅星が固唾を飲んで見守るなか、迫りくる大型キラービーに、影一はふたたびインベントリを開いて――




 どしゅううう――っ!



 さっきと同じガスが噴出された。

 今度はスプレー缶でなく、酸素ボンベのようにでかいヤツだった。

 まともに浴びたキラービー達がすぐに墜落し、影一はやれやれと――手元につかんだ消火器サイズのノズルを向けながら、息をつく。


 ええと?


「……影一さん。それは……」

「殺虫スプレー(大)です」

「そのままなんですね……」

「やることは同じです」


 敵の種類が同じなら、同じ即死魔法を使えばいいじゃない。

 そう言わんばかりの様子で、ぷしゅー、ぷしゅー、とひたすらガスをまき散らしていく影一。



 そこからは全く同じ作業の繰り返しだった。

 ぷしゅー。

 ぷしゅー。

 一体ずつ丁寧に処理していく影一。



 綺羅星は唖然としながら、その様子をうかがう。


 ……その戦闘に派手さはない。

 配信映えするような光景でもない。

 でも確かに、わかりやすく効率的であるのも、事実だ。


 ……それって……


 考えようによっては、確かに楽で、すごく心地良いのかも――


 なんて、ぼんやり考えてると。

 影一がふと振り向き、酸素ボンベのような缶を綺羅星に見せて、


「宜しければ、綺羅星さんもやってみますか? 魔物の消毒」


 ……へ?


「仕事を部外者に任せるのは私の信条に反しますが、これも何かの縁。安全性は私が保証しますので、職場体験のようなものだと思って貰えれば」


 どうですか、と殺虫スプレー入りボンベを提示され、綺羅星は戸惑う。


「ええと……」


 たぶん、影一の気まぐれだろう。

 ここで綺羅星が断れば、彼はあっさり「了解です」と作業に戻ることは容易に想像できる。


 それに、綺羅星は戦うのが好きではない。

 学校でも虐められる側だったし、日陰者かつ臆病な彼女は、そもそも身体を動かすのが苦手だ。

 ……けど。

 淡々と処理をする影一を見ていると、ちょっとだけ……


(やってみると面白い……かも?)


 なんて、思ってしまった。


 ダンジョンに突き落とされた高揚感が、心を狂わせたのか。

 或いは鼻歌交じりに作業をする影一が、ちょっと楽しそうに見えたせいか。


 気づけば……するりと、宇宙服に包まれた手が伸びていた。


「……やってみても、いいですか?」

「遠慮なく。相手はしょせん魔物です、駆除したところで何の痛痒もありません」


 それに気分も晴れますよと言われ、影一から巨大な殺虫スプレー缶をお借りする。

 想像よりずいぶん軽い。

 中学の頃、消防訓練のときに手にした消化器よりもすこし軽いくらいだ。


 左手に本体を。

 右手にノズルを構え、綺羅星はブブブと羽音を鳴らすキラービーに対峙する。

 蜂達がこちらに気づき、赤い複眼を輝かせる。

 先程から目の当たりにしてたとはいえ、正面から相対するとやはり恐ろしいが――それでも。


 ぐっと唇を噛み、綺羅星は一歩踏み出して、



 ぶしゅうううーーーー!



 紫色の煙を噴射し、相対する蜂型モンスターへと浴びせていく。


 結果はもちろん、全く同じ。

 敵はろくな回避行動も取れずに打ち落とされ、煙をあげて次々と消失した。


 それを見た影一が、ええ、と小さく頷く。


「意外と簡単でしょう?」

「……は、はい」

「続けてやってみてください。ああ、殺虫材に補填してある魔力は私のものですので、綺羅星さんの魔力がなくなることはありません」


 そう進められ、綺羅星は続けて迫る蜂達にひたすらスプレーを浴びせていく。

 ぷしゅー。

 ぷしゅー。

 煙を吹くたびに蹴散らされていく蜂型モンスター。

 相手もたまに攻撃へ転じてこちらに迫るが、影一お手製の白服は綺羅星に一切のダメージを与えない。


 その様を見ながら、綺羅星は妙に、ざわざわと……

 胸の奥底をくすぐられるような感覚を覚え、顔を歪める。




 ――真面目すぎ。

 ――融通が利かない女。ほんと、つまんない。

 クラスメイトや友人に揶揄され、密かに笑われてきた綺羅星だって、たまには……ワガママを言ったり、暴れたい時もある。


 本当は嫌いな相手に、嫌い、と吐き捨てたり。

 理由のないワガママを叫んで、暴れたい時だってある。


 人に対して身勝手に”委員長”と渾名をつけ、面倒事ばかり押しつけてくるクラスメイトに。両親に。教師に。

 鬱陶しい人間の皮を被った虫共に、思い切り平手打ちしたい時だって……。


 心の中でざわつく衝動を煮立てながら、綺羅星は無心のまま不愉快な蜂共を打ち落としていく。

 死ね。死ね。全部消えろ。クズ共め――。



 その目に映っていたのが、ダンジョンのモンスターか。

 別の何かだったかは、自分でもよく分からない。


 それでも全てのモンスターを駆除した綺羅星は、普段より少しだけ心のもやが晴れたような気になり、心地良く汗をぬぐうそぶりをしながら、思う。


 ――モンスター退治って、意外と楽しいかもしれない、と。

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