第11話 友達2
「おー、調べた通りじゃん。ほら、家の人に見つからないうちに入るよ委員長」
「っ、待ってください。あれ公営ダンジョンではなく野良のものですよね!? それ法律違反……」
「ダンジョンなんだから同じっしょ?」
何を言ってるのだ、全然違う。
公営ダンジョンは政府指定の狩人が日々整地を行っており、出現モンスターも限定されている。
入口ではレンタル式の武器防具やアイテムもあるし、万が一危険があっても、入場時に渡されるアプリを使えばすぐさま救援がくる仕組みだ。
対して、野生のダンジョンにそういった配慮は一切ない。
例えるなら、野生ダンジョンとは檻のない動物園のようなもの。
違法コンテンツで身勝手にダンジョンへ立ち入る者がいるので、真似しないようにと先生もよく言っていたではないか。
「大丈夫だって。そりゃあ毎年死亡事故とか聞くけど、あれ授業でダンジョン習ってないヤツが馬鹿してるんでしょ? こっち四人いるんだし問題ないない」
「けど」
「委員長。そういう真面目すぎるところが、つまんない女っていわれる理由。たまには勇気の一つくらい出したら」
姉に続いて妹にまでつつかれ、綺羅星はぎゅっと唇を噛む。
それは、……確かにそう、かもしれないけど。
綺羅星は、勇気のない女かもしれないけど。
でも、身の安全と、勇気は別の話ではないか?
そう口にしても、姉妹はどうせ聞く耳持たないだろう。なら……。
「緊急連絡先とか、あと、ダンジョンコンパスとか……」
「委員長さあ、どんだけいい子ちゃんなわけ? 善子とかいう、ダっサい名前が嫌って言ってたじゃん」
的確に抉ってくる姉美に、並ぶ妹屋が無言で呆れる。
助けを求めるようにお嬢様へと目を向ければ、彼女はただ友達に連れられ、のほほんと花のように微笑んでいた。
「よく分かりませんけれど、悪い事なのですか? でも、クラスメイトの皆様もよくダンジョンには入られているのですよね?」
「そーそー、お嬢よくわかってんじゃん。ほら、学校帰りに買い食い禁止ーっていうくらいのルール。ま、たまには破ってもいいよね? じゃないと大人になれないっしょ?」
「ええ。私もよく、お父様やじいやから、時には挑戦しなさいと言われますので」
そういう問題じゃない。これは安全性の問題で――
ってダメだ、このお嬢様はお嬢様で、非現実的なところがありすぎて人の話を聞かないのだ。
悪い人間ではないけれど、浮世離れしてるというか……
「っ……せめて、レコーダーとか救援用具とか、用意しないと。ポーションも……」
「あーまあ、一応買う? ねえお嬢、コンビニでポーション買ってきてくんない? いっちゃん安いヤツ三本でいいから」
「まあ。最近はコンビニでも、ポーションを売っているのですか?」
知りませんでした、と目を輝かせる城ヶ崎に、綺羅星はどう応じていいか分からない。
その間に城ヶ崎がふわふわと蝶のように笑い、すぐさまコンビニに向かう。
で、でもポーションや地図があっても……やっぱり野生のダンジョンに入るのは違法行為だし、先生や大人に見つかったら――
「じゃ、あたしら先いこっか」
「え!? 待ってください、城ヶ崎さんは……」
「最初だけ最初だけ。てか、ダンジョン入らないとインベントリ開けないでしょ? アイテム何持ってるか忘れたし」
「様子見。それとも委員長、怖い?」
姉妹に背中を押され、綺羅星は銀色のゲートへと押し込まれる。
ダンジョンに足を踏み入れ、まず感じたのは……むわっと制服に張り付くような、猛烈な湿気だ。
“森林”ステージ。
授業で聞いた通りだ。ダンジョンには”平原”、“森林”、”洞窟”など色々なタイプがあるらしい。
確か”森林”は”平原”のつぎに簡単……
だけど、授業でも平原しか経験していない綺羅星は、鬱蒼と茂る森を見上げるだけで心臓がドキドキしてしまう。
「うっわー、まだ三月なのに暑いね。すごっ。どうなってんの? 妹屋しってる?」
「迷宮はあらゆる物理法則が魔力に置き換わる……でしょ、委員長」
「そ、そうです。だから迷宮では、現実と物理法則そのものが違うので注意しましょう、って……」
ダンジョン内では、すべての身体能力が魔力に比例して上昇する。
また受けるダメージも、自身の総魔力――ゲーム用語的にいえば、HPが尽きなければ死ぬことはない。
たとえ心臓を貫かれても、首を切られても、魔力が残れば生き長らえるし動くことができる。
まあ、心臓や首を貫かれた時点で魔力的にも致死ダメージに至るけど……。
綺羅星はじっとりと吹き出る汗を拭いながら、ダンジョン入口を見渡す。
道は、左右にひとつずつ。
できれば引き返したい綺羅星は姉美をうかがうも、彼女はうすら笑いを浮かべて、
「左にしよっか? ま、適当にね」
綺羅星の背を小突く。
え……私が、先頭?
「委員長でしょ? ほら、クラスの指揮を取んなきゃ、ねぇ?」
確かに委員長と呼ばれているけれど、望んだわけじゃない。
むしろ面倒事を押しつけられ、担任からも聞き分けがいい子だから、と都合良く使われているだけだ。
……けど、今さら断ったら、なんて言われるか。
じくじくと痛む心を抑え、綺羅星は広間から続く雑木林のような道を左に進む。
……これは様子見。
ただの様子見だから。
危なくなったら、すぐ引き返せばいい。迷子になるような道じゃないから。
遭難時の緊急通報先は何番だったかなと思い返しながら、綺羅星も”インベントリ”を開く。
取り出したのは、自身の背丈ほどもある、大型のタワーシールド。
以前ダンジョンの授業で使ったきり、インベントリの肥やしになっていたものだ。
他の生徒からは「ギャグかよ」、「格好悪い」と馬鹿にされたけど、綺羅星はどうしても身を守るアイテムがほしかった。
陰気な自分には、これくらいが丁度いい――
「委員長、まだその盾使ってるの。うけるんだけど」
けらけらと背後で姉妹が笑い、インベントリの開く音がする。
振り返れば、鎌瀬姉見がすらりと銀色の槍――ダンジョン配信者がよく使う、銀の輪がついた武器をさらりと構え。
妹屋のほうは、小型の……ロッド?
「いいでしょ。あたしのパパが買ってくれたの。本当はもっといいやつお願いしたんだけどね、妹屋」
「うちの父親、ケチだから。……もっと可愛いの頼んだのに」
つまらなさそうに妹屋が呟き、ロッドの先端をカチリと押した、直後。
パシン!
と、空気を打ち付ける、しなる音が響く。
半笑いを浮かべた妹屋が、その手に握るのは――僅かに発光する、縄跳びのような分厚いひも。
いわゆる電撃鞭だと気づいて、綺羅星はぞくりと寒気を覚えた。
「――――」
「どうしたの、委員長。大丈夫。モンスターが出たら、私が倒してあげるから」
どんくさい委員長の代わりにね、と。
にっと笑う姉妹に、綺羅星はなぜか、迷宮に現れるモンスターよりもおぞましい何かに迫られてるような気がして、慌てて前を向いた。
……彼女達は、友達。
ダンジョンに来たのも、ただの遊び。
なのに、まるで自分が襲われてるような感覚を覚えるのは――綺羅星の思い込みに違いない、はずなのだから。
*
そうして十分ほど無言で進み――綺羅星は異変に気づく。
……?
モンスターが、いない?
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