第10話 友達

 影一普通がダンジョン攻略を始めた頃――近隣某所の高校にて。






「ね~委員長ぉ。この後さあ、一緒にダンジョンいかない?」


 三月下旬。

 終業式とともに高校一年の全行程を終え、今日から春休みを迎えたその日。

 クラスメイトである鎌瀬姉美に声をかけられ、綺羅星善子はびくりと震えた。


 彼女――鎌瀬姉美は、人づきあいの少ない自分に声をかけてくれる、知人……いや、友達だ。

 濃い茶の入ったショートヘアに、ぱっちりとした二重瞼。

 校則違反ぎりぎりを掠める制服に、ネイルまで施した爪を見せながらニマニマと笑い、綺羅星の机へ勝手に尻を乗せる。


 対して、私……綺羅星善子は、名字のわりにとても地味だ。

 古くさい真四角なフレーム眼鏡に、校則違反の欠片もない、ぴっちりとしたつまらない制服。

 成績優秀、だけど融通が効かずいつも面倒事を押しつけられ、ついた渾名は”委員長”――


 それを悪口とすら気づいてない様子で、姉美がけらけらと笑う。


「ほら見て? いまね、ナンバーズっていうあたしの知り合いがダンジョン攻略配信してんの。しかもうちの超近く! あとこの魔法使いの女、あたしの妹の知り合いなんだよね」

「……だから、ダンジョンを見に行こう、と?」

「そーそー。ね。来てくれるよね、委員長?」


 でも、と綺羅星は眉をひそめる。


 ダンジョンという存在は、好きではない。

 綺羅星は典型的なインドア派であり、運動の類は苦手――小学校の頃からどんくさい女と馬鹿にされ、体育の授業で笑われてきた経験から、身体を動かすのが得意ではない。

 ましてや、ダンジョンで命がけでモンスターと戦う、なんて……。


「え~、委員長もしかしてダンジョンが怖いの? 高校生にもなってぇ? ダンジョン世代的にそれ、恥ずかしくない?」

「……恥ずかしいとか、そういう問題ではありません。いくら政府公認のダンジョンでも、モンスターと戦えば怪我をする可能性がありますし、それに命を落とす危険も……」

「うっわ寒ぅ~。ダンジョンなんて誰でも行ってるって。――ねえ、妹屋?」

「ダンジョンが怖いなんて、無知な大人が騒いでるだけ。相変わらず勉強だけ出来る馬鹿ね、委員長は」


 振り向けば、姉美にうり二つな顔がこちらを冷たく見下していた。


 鎌瀬妹屋。

 姉美の双子の妹であり、同じく綺羅星の友達……だ。

 派手な姉と異なり、一見地味なボブカットで整えているものの、髪で格した耳に派手なピアスをつけていることも、クールな表情に反して毒舌家なことも、綺羅星はよく理解している。


 ……友達、なので。


「……だとしても、何で急にダンジョン、なんて」

「見に行きたいから? あたし達、友達でしょ? つきあってくんない? それに、お嬢も一緒にくるし」

「え、城ヶ崎さんが?」

「ダンジョンを一回見てみたいんだってさー。ね? ……あ、きたきた」


 お嬢ー、と姉美が声をあげると同時に、やってきたふわふわ髪の美少女が「あら」と微笑む。


 城ヶ崎河合。

 明らかに場違いな、ふわふわとしたロングウェーブの髪を揺らし、頬に手をあてて微笑む様は渾名の通り”お嬢様”。

 まるで物語の中から飛び出したような――歩くだけで薔薇が舞いそうな少女もまた、高校に入って新しくできた友人だ。


 綺羅星はあっという間に、三人に囲まれた。

 いつもの四人グループだと見られてるだろうなと萎縮しながら、けど、全く他人に相手にされず虐められるより、いまの綺羅星は幸せなんだろう。そう思うことにする。


 だから、そう。

 これはいつもの、友人付き合いの一環。

 学校帰りに、マックに寄るような。


 ……けど、ダンジョンはやっぱり、怖いかも――


「ねえお嬢、委員長も一緒にダンジョン見に行くってさ。私だけ置いてくなんて寂しいって~」

「え。待ってください、そんなこと、」

「まあ、ありがとうございます。私、以前からダンジョンというものに興味がありましたの。最近では皆様、カラオケ感覚でダンジョンに行かれるのでしょう? 動画で知りましたわ」

「そーそー、ストレス解消に弱いモンスターをぱーっとぶっ飛ばす? ボウリングと一緒一緒」

「待って。私、一言もいくなんて……っ」

「「あ?」」


 じろり、と姉妹に睨まれ、びくっと綺羅星の背が引きつった。


 正直に言う。行きたくない。

 ダンジョンでの荒事なんて、それも違法行為なんて絶対ごめんだ。

 けど、余計なことを言えば、彼女らの機嫌をきっと損ねてしまうだろう。


 そうなれば、後々……綺羅星はまた、虐められるかもしれない。

 それに、クラスの皆との和を乱すのは、人としてよくないし……。


「あたし達、友達でしょ? ね?」

「……う、うん」

「前に、委員長が困ってた助けてあげたの、誰だったっけ?」

「……姉見さんと、妹屋さんです」


 綺羅星はぎゅっとスカートをつまみながら、瞼を伏せる。


(これは、友達の頼み、だから)


 綺羅星善子には友達がいなかった。

 小学校時代から母に友達を制限され、さらには生来の不器用な性格が災いし、他人とうまくコミュニケーションが取れなかった。


 ――学校の成績がいい、先生の言うことをよく聞く真面目ちゃん。

 ――口うるさい委員長。

 ――大人にばっかりいい面する生意気なヤツ。


 クラスで自然と孤立し、行き場を失っていた綺羅星に居場所をくれたのが……鎌瀬姉妹と、城ヶ崎さんの三人だ。


(彼女達にまで嫌われたら。もう、学校に行けなくなる)


 ダンジョンは恐いが、学校での居場所がなくなるのはもっと怖い。

 深海のように息苦しい教室で、自分はここに居てもいいんだと存在を許される居場所まで失ったら、もう。


「……分かりました。一緒にいきます」

「そうこなくっちゃ。じゃ、早速いこ?」


 憂鬱ながら頷いた綺羅星に、姉見はきゃははと笑いながら席を降り――





「……え?」


 到着したのは、学校近くにある一軒家。

 ひっそりとした住宅街の庭に渦巻く銀色のゲートを前に、綺羅星は己の目を疑う。


 行先はてっきり、駅前にある政府公認ダンジョンだと考えていた。

 ”ナンバーズ”とかいう配信者が進んでるのも、当然、公認された迷宮だと……。


 でも、これは……野生のゲートに入るのは、これは、


「待ってください、姉見さん。これ、これは違法行為です!」


 断じて許されるものではないし、危険性も段違い。

 だというのに、


「それが何?」

「大した問題じゃない」


 と、彼女らはけらけら笑いながら、綺羅星を小突いてきた。


 ……嘘、でしょう?

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