第9話 迷惑系配信者
影一普通は予定外のイベントを嫌う。
遅刻や無断欠席、予定にない業務上のトラブルや、必要のない飲み会などだ。
とはいえ、その理由が台風や事故といったどうしようもないものなら理解はする。
或いは冠婚葬祭であれば、影一自身に体感はなくとも許諾はする。
要は、情状酌量の余地があるかどうかが大切なのだろう。
が、世の中にはどう見ても、配慮すべき理由が見当たらない事例もある。
*
「おはナンバー、リスナーのみんな。今日の配信は、世直し系配信者によるお困りダンジョン攻略だ!」
「よろしくな、みんな!」
「キャハハ、あーしもがんばりまーす☆」
自宅から電車をふたつ乗り継いだ、閑静な住宅街。
影一が依頼主の家に顔を出すと――
いかにもな三人組がレコーダーを掲げ、仰々しい斧や細剣を構えてポーズを撮っていた。
どうやら、ダンジョン配信者のようだが……。
影一はスマホで住所を再確認。
が、彼等はどう見てもいまから影一がお邪魔する一軒家の玄関に陣取っていたし、その入口であたふたしているご老人は依頼主の顔写真と全く同じものだった。
「なあ……私ぁ、あんた達に仕事なんか頼んでないんだが……」
「いやいや、お爺ちゃん。庭にダンジョンが出来たんだろう? それはとても心配だし、理不尽で不平等だ。だから僕達が今から退治してあげるんだよ。僕らにとって不公平でしかなく、あなたにとっては美味しい話。だろう?」
「けど、仕事はきちんと頼んで……」
「あぁ!? 何言ってんだジジイ!!!」
勇者風の若者に続き、日焼けした戦士風の男が、大声をあげる。
ドスン! と。
斧の柄を庭にたたきつけ、自慢の鎧でどんと胸を張った。
「日本の未来が、危ないんだよ!!!」
「……へ?」
「ダンジョンゲートを放置して、今までどれだけの日本人が酷い目にあった? お前がそのゲートを放っておいたせいで、ご近所様に迷惑かかったらどうするつもりだ!!! あぁ!?!?」
「だ、だからいま業者に……それに、ダンジョンが出来たのは昨日の夜で……」
「テメェはもう後先短いジジイだからいいけどよぉ、もしそれで近所の子供が巻き込まれたらどうするんだ!? えぇ!? 責任取れんのかジジイ! お前みたいな老害が日本をダメにするんじゃねえのか!? だから俺達”ナンバーズ”が、代わりに退治してやろうって話なんだよ!!!」
耳を傍立てる影一の鼓膜すら破らん勢いで、大柄の男が叫ぶ。
その男に続き、魔法使いギャル風の少女が、にぱっ、とカメラ目線でウィンクしながら。
「てなわけでぇ、あーし達に任せて? ね? あ、お金はあとでちゃんと貰うからね。あたしら正義の味方だから」
「い、いや、でも支払いは……」
「え。なに、最近のお爺ちゃんは感謝の一言もないのぉ? うーん、困ったなあ~」
ギャル魔女は得物らしい樫の杖先で、トントン、と地面をつきながら。
「お爺ちゃんの自宅、ずいぶん古いねぇ。夫婦の年金暮らしで、もう他に行くところとか、ないでしょ? 火事とか怖いねぇ~」
「え……」
「ま、ここは正義の味方であるあーし達に任せてよ、ってね☆ さ、配信配信~」
呆然とするご老人をよそに、三人はそそくさとレコーダーを再び掲げて笑いかける。
彼等は”ダンジョン配信者”と呼ばれる者達だ。
最近ではダンジョンで料理をする“ダンジョン飯チャンネル”や、魔物の生態を紐解く”ダンジョン研究家”。
時には可愛らしい女性チームでメンバーを構成し、ダンジョンを面白おかしく攻略する”ダンジョン攻略ライバー”なんてコンテンツも存在し、国民的人気も高いという。
――ただし。
前提として、配信者が活動できるのは政府公認ダンジョンに限定される。
それ以外のダンジョンについては、狩人ライセンスを所持していない限りダンジョンアタック自体が違法であり、仮にライセンスを持っていても正規の依頼を受けていなければ立ち入れない。
平たくいえば、彼等は――
いわゆる自称世直し系、要するに迷惑系配信者のダンジョン版だ。
「じゃあ、あとは僕らナンバーズに任せて欲しい。さあみんな、日本の平和を今日も守ろう!」
リーダーらしき金髪男が声をかけ、細剣を掲げる。
どうやら、影一が依頼を受けたダンジョンを、勝手に攻略しようとしてるようだが……
影一はその脇を素通りし、困惑中のご老人に会釈を行った。
「失礼致します。初めまして。掃除屋の影一普通と申します。この度はご依頼頂き、誠にありがとうございます」
「あ、ああ! 影一さん、来て頂いたんですね。私、依頼主の葉山と申します。それで、その……」
「依頼されたのは、こちらのダンジョン掃除でお間違いありませんか?」
「あぁ!? 何だテメェ!?」
男の大声に、影一は改めて三人組を伺った。
リーダーは、金髪の爽やかな青年。
腰元に添えた細剣に、配信映えしそうな勇者服――RPG風な旅人服をアレンジしたトレンド装備で身を固めており、いかにも配信映えしそうな格好だ。
隣には、身長百八十を越える日焼けした大柄の戦士。
厚手の鎧に、背丈ほどもある巨大なバトルアックス。いかにもパワータイプといった体の角刈りの男であり、今しがた影一に難癖をつけた男でもある。
最後に、金髪ギャル風の三角帽子を被った女。
露出多めの魔女風衣装に、歪な銀のネイル。けらけらと人を馬鹿にしたような笑みは、明らかに他人を見下している風体。
(この女が一番危険か)
頭の片隅に留めつつ、影一は彼等に会釈を行う。
「初めまして。私、影一普通と申します。ダンジョンの掃除屋を行っております、フリーの狩人です」
「はっ、だったら残念だな。このダンジョンは今から俺達ナンバーズが攻略する!」
「構いませんが」
「は?」
「私の業務は、ダンジョンの魔物を退治しゲートを閉じることです。その過程を第三者が行おうと構いません」
別段、業務を誰が担おうと、結果が出るのであれば気にしない。
もっとも、彼等にプロと同等の仕事ができるとは思わないが。
「ただし、ダンジョン攻略における正規の依頼を受けたのは私になります。ゆえに、あなた方が報酬を依頼人に請求することは出来ません。もちろん、私と協力してモンスターの掃討に当たると仰るのであれば、報酬については一考しますが――」
「っせえええんだよ!」
ドン、と斧を叩きつけてキレる大男。
「邪魔すんなよオッサン! てめぇ、さては新人の掃除屋だな? これだから素人は困るんだよなぁ。ここには今な、危険なゲートが出てるんだ、わかってんのか?」
「ほらほらぁ、素人が出てくると痛い目みるよぉ? それとも、痛い目みたいのかなぁ?」
大男に続き、ギャル魔女までトントンと杖を肩にのせ威嚇してくる。
燃やそうかとも考えたが、配信中だし依頼人の目もある。世間体の悪いことはできない。
影一が唸ってると、リーダーらしき金髪男が爽やかに笑いかけてきた。
「僕の仲間が失礼したね。景一さん……でしたっけ? であれば、僕等と一緒に攻略しませんか?」
「ほう?」
「実はすこしだけ入口を見たんですが、このダンジョンは入口すぐから二方向に分かれているようだ。その片方を、僕等が。もう片方をあなたにお願いしたい。それで平等だろう?」
「構いませんが、報酬の程は?」
「それは魔物退治の結果を見て、で良いんじゃないかな。僕等がきっちり討伐して、君が這々の体で逃げだした――なのに報酬山分け、では、不平等だろう?」
「畏まりました。もちろん逆のケース、あなた方が逃亡した場合は私が報酬をいただくということで」
「……なに?」
「いまの会話の程、レコーダーに記録させていただきましたので、ゆめゆめ、約束を破らぬようお願いいたします」
影一はそっと礼をしたのち視線を逸らし、改めて、依頼主である葉山老人に会釈を行う。
「では葉山様。早速ですが、仕事に取りかからせて頂きます。……その前に、今回、彼等がこちらの家に来たのは偶然で?」
「い、いや。じつはダンジョンの相談のため、ネットにゲート画像をあげてしまって……」
なるほど。自宅にダンジョンゲートが出現し、相談のためSNSにアップしたところ特定され凸されたらしい。
迷惑系の常套手段だ。依頼主に悪意はないだろうが、軽率ではある。
「こんなことになるとは……近くに、うちの孫が通う高校があって。何かあったらいけないと思って……」
「いえ。しかし今後はご注意ください。人間、誰もが善意をもって接してくるとは限りませんので。また今後ゲートに関するお困り事がありましたら、迷宮庁専用ダイヤル、#889110のダンジョン安全課までご相談ください」
掃除屋の仕事の範疇ではないが、アフターケアを一応。
次の依頼に繋がる可能性もあるし、単純に、困っている人間を助けるのは気分がいい。
「おいおい、俺等を無視してんなジジイと話してるなんてヨユーだなぁ?」
「あーしらと勝負とか、うけるぅ。ダンジョンで事故っても知らないよぉ~☆」
「勝負とは何の話でしょうか。私はただ効率的に業務をこなすための取り決めをしたに過ぎませんが」
「チッ……一々カンに障るヤツだな。ダンジョン前に一発――」
ゴキ、とわざとらしく指の骨を鳴らす大男。
その脇を、影一はするりと素通りする。彼等に見えないほどの速度で。
「は……?」
「では、お先に。私は左を担当しますので」
彼等を無視し、足早にダンジョンに踏み入る影一。
入口をくぐるなり現れたのは、一面が鬱蒼とした密林に包まれたダンジョンだ。
”森林”ステージ。
今回のモチーフは南米の熱帯雨林らしく、主に昆虫系モンスターや植物系モンスターが根城にしていることが多い。
手強くはないが、厄介なタイプのモンスターが多いダンジョンでもある。
それでも、影一の仕事に変わりはない。
邪魔が入らなければそれでよし。
もし仕事の邪魔をするなら、トラブルの原因を削除してしまえばいい。
普段通りだ、と影一は地面に蔓延る根に気をつけながら、森の迷宮を進み始めた。
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