第4話 インベントリ

 LAWで学んだレベルが、現実世界に反映されている。

 推測が確信に変わったのは、ポーションを口にして力の奔流を感じたときだ。


 あれは魔力が回復した訳ではなく、もともと、影一の体内に備わっていた膨大な魔力を知覚した証――

 何より自分自身に満ちる力が、影一の推測を正しい、と証明してくれている。


「れ、レベル320……? ふざけんなよオッサン、世界最強の探索者だって、いまレベル40が限度のはずだぜ?」

「それは興味深い情報ですね。LAW ver1.1の上限を反映してるのでしょうか」


 LAWはオンラインゲームの常として、年月を追う度にアップデートが行われた。

 それに伴い、戦力もアイテムもインフレを繰り返してきた歴史がある。


 ……そう考えると、こちらの世界は遅れているのだろうか?

 これも検証が必要だ。


「さて。先程もお伝えしましたが、私は暴力を好みません。何事もルールに基づいた解決を図るのが一番だと考えており、ゆえに、あなた方が私とともに警察へ自首されるというなら協力いたします。如何でしょう?」

「は……?」

「法治国家のあるべき姿かと思いますが」


 影一の素直な提案に、――男達はなぜか一瞬、唖然とし。


 かっと、いきり立つように怒号をあげた。


「っざけんじゃねえぞテメェ! 痛い目みても知らねえぞ――”フレイムウェポン”!」


 金髪男が宣言し、その右手が赤い光に包まれる。

 発動したのは、武器や拳に炎をまとい攻撃力を上げる――いわゆる、スキルだ。


 武器や魔力だけでなく、スキルまで現実に具現化とは……

 この世界はどうなっているのだろう?

 じつに興味深い。


 というか、自分も可能か……?


「では私も試してみましょうか。ああ、その前に――”インベントリ”」


 影一もまた空間に手をかざす。


 インベントリとは、ゲームでいうアイテム画面表示にあたるもの。

 本来ならそのままアイテム選択画面へと移行するが、代わりに現れたのは、右手を飲み込むように出現したブラックホールのような黒い渦だ。

 同時に、影一だけに見える視界にホログラムのようなウィンドウ出現し、


(っ……なに……?)


 身体にずしりと、重力が倍加されたような重みが出現した。

 これは、……膨大な魔力の消費によるもの、か?


 ただアイテム一覧を表示しただけにしては、ずいぶん身体の負荷が大きいような――



「は!? なっ、なんだこいつ……!」

「何で、ダンジョンでもないのに、インベントリ開けるんだ……?」


 男達が戸惑い、影一も疑問に思いながら”インベントリ”より取り出したのは、自分の背丈ほどある錫杖だ。

 先端に青十字が描かれたその武器は、LAWゲーム内で影一が愛用していた武器ではある……が。


(背広姿に眼鏡のリーマンが、錫杖とは、些か、アンマッチでしょうか)


 こんな格好で外を歩くのは恥ずかしいかもな、と外聞を気にしながら、影一は錫杖の先端で、トン、と地面をつつく。


「っ……こいつ、魔法使いか!」

「詠唱させんな、つうか地上での魔法スキルとか大した威力でねーよ!」


 金髪男が牙を剥き、その手に炎をまといながら迫る。

 その様子をうかがいつつ、影一はすっと一歩背後へ引き――



 ピピッ



 特徴的な電子音とともに、男の足下が爆発。

 アスファルトの上、燃え盛る業火となり熱波が地表に舞い上がる。


「ふむ。やはり使えましたか」


 影一が今し方用いたスキルは“地雷”。

 設置型スキルの代表であり、LAW時代から影一を支えた、安心安全のトラップである。

 元々、影一はリアルの自宅にも外部侵入者に警報やスタンガンを用意する性格なので、この手の技と相性がいい。


 ……と、思ったのだが――

 燃え盛る炎を前に、少々、考えを改める。


(威力が、思ったよりも高すぎる……?)


 もうもうと吹き上がる煙を前に、男達も、影一もまた少々驚くなか――

 やがて炎が治まり。

 中から出てきた金髪男は、見るも無惨な黒焦げとなり……どさり、と地面に倒れ伏した。


 しん、と沈黙。

 ふむ。

 まさか、これほどに威力があるとは。というか……

 もしかして。死んだか?


「っ……な、何だコイツ」

「う、ば、化物――化物だあああっ!」


 残った男二人が泡を吹いて背を逃げ出した。

 ……追うべきか?

 影一は僅かに迷うが、否、と否定し男達をあえて見逃す。


 今は、優先すべき事がある。

 影一は黒焦げになった男の首に、手を当てる。


 間違いなく死んでいた。


「…………」


 これはさすがに、少々まずいなと思った。


 言うまでもなく、影一の行為は殺人だった。

 罪悪感は特にない。

 突っかかってきたのは彼等であり、そもそも路上強盗をするような奴らなど社会から消えた方が良いだろう。


 が、いかにスキルとダンジョンが存在する日本とはいえ、殺人は違法行為に違いない。

 つまり、この遺体を警察に発見されると――

 新生日本における影一のノンストレス生活は、すぐさま破綻することになる。


 どうする。

 逃げるか?

 だが、日本の警察は優秀らしい。

 こんな世の中だ、スキルによる殺人を特定する知見を持っていても、不自然ではない。


 何とか隠蔽できないか……いや待てよ?

 先の男達は、こう口にしていた。


『何で、地上でもないのにインベントリを開けるのか』と。


 ……もしや、アイテムを収納する”インベントリ”を地上で開けるのは、特別なことなのか?


 影一は再び、インベントリを召喚。


 一般的に”インベントリ”は、あらゆるアイテムを収納することが出来るアイテムボックスだ。

 武器や防具はもちろん、ポーションや薬草。

 さらには石や水、木材など、基本的に生きていないものであればなんでも収納できる。つまり……


 影一は男の死体に手を当てる。


 軽く念じ――男の死体を、消した。

 インベントリに収納したのだ。


「ふむ。これは便利ですね」


 残るのは、トラップの炸裂に伴い焦げついたアスファルトのみ。

 ここで何かが起きたと察することは出来ても、証拠がなければそれ以上の追求は不可能だろう。

 殺人は重罪だが、死体がなければ事件にならない。


 なるほど、と影一は小さく頷いたのち平静を装いながら歩き出す。


 慌てて走るような、怪しげなことはしない。

 ごく自然に。

 コンビニ弁当片手に夜道をとぼとぼ歩く、平凡なリーマンを装いながら……その実情が殺人犯であると気づかれないよう心がけながら、きちんと赤信号で立ち止まる。


 そうして家についた影一は弁当をテーブルに置き、一旦ゆったりとシャワーを浴びながら――




 この世界は、実は……自分にとって、生きやすいのでは?




 と、気がついた。


 影一普通は、どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。

 そして平凡な人間なら、誰だって――殺したい人間くらい、いるものだ。


 その殺人を、もし、証拠を残さず実践できるとしたら?


 影一はごく普通のことを考えながらシャワーを終え、面白い、と頭を乾かしながら考える。

 まずは仮説を立て、検証しよう。

 この世界がLAWとどこまで似ているのか。そして、どこが違うのか。


 そしてもし、仮説が正しければ――

 この新生日本において、自分はより安全かつ安心な、ストレスのない日々を過ごすことが出来るだろう。

 そんな期待を抱いて、影一は薄く唇を緩めた。


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