第3話 レベル

「オッサンあれだろ? ダンジョン遅れってやつだろ? 俺わかるんだよねー、そういうの。なんつーか、匂い?」


 ぺちぺち、とむき出しの刀身を手のひらで弄びながら、金髪男がだらしなく舌を出す。


 臭いな、と不機嫌な思いを抱きつつも、影一は先程口にしたポーションについて思い出す。

 いい機会だ、尋ねてみるか。


「……申し訳ございませんが、私はダンジョンに詳しくなくて。ダンジョン遅れとはどういう意味でしょうか?」

「おいおい、遅れってのは遅れてるって意味だよ、んなこともわかんねーの?」

「ふむ?」

「残念な遅れリーマンに教えてやるよ、俺達の世代はなあ、もうダンジョンに入ってレベルアップするのが普通なわけ。いいアイテム揃えて、金にするのも普通なわけ。でもさぁ、お前等オジサンはそんな奴らを馬鹿にしてたよなぁ? ダンジョンなんて危ないところだ、若い奴らがまたヘンなことしてるって馬鹿にしてよぉ。なー?」


 なるほど。事情は後で調べるが……この世界におけるダンジョンは、一般市民にずいぶん定着したものらしい。

 そして、ダンジョンに入る流行に乗り遅れた人間を、ダンジョン遅れ、と呼ぶのだとか。


「お前みたいな奴がバカにしてる間によぉ、俺なんか頑張ってついにレベル10になったわけ。わかる? 10ってすごいんだぜ? あ?」

「ほう。自己研鑽に努めることは、素晴らしいことだと考えます。私は努力する人間は嫌いではありません。努力する方向性を間違えていなければの話ですが」

「あぁ? なんか偉そうだなテメェ。……こいつが見えないのか?」


 影一は素直に褒めただけだが、なぜか男の気に障ったらしい。

 ”炎の短剣”をちらつかせ、その刀身をひらひらと目の前で踊らせる。


 左右にちゃっかり別の男が陣取っているのをみるに、影一を逃がすつもりはないらしい。

 ふむ、と影一は改めて彼等に問う。


「又聞きですが、地上では魔力の影響が薄いと聞きましたが? よく分かりませんが、地上とダンジョンで威力が違うのでしょうか」

「おいおい、オッサンほんとに遅れてんなぁ! そりゃあ地上だと魔力武器は弱くはなるけどよ。でも全然影響がないってわけじゃねえぜ? 身体も強くなるしよぉ」

「ほう。影響を無視できない程度に、ですか」

「なんか最近わぁ、野球選手とかオリンピック選手も、ダンジョンに入ってレベル上げするって話らしいっすよ兄貴」


 隣の男がわざわざ補足し、目の前の金髪が「へぇーお前物知りだなぁ!」と褒めていた。

 地上では魔力の影響が薄い。

 が、全く無視できるほどではない……か。


「で? オッサン。俺等の言いたいこと、わかるよな?」

「ええ。情報提供ありがとうございました。大変参考になりました」

「だったら払うもん払わなきゃダメだよなぁ? 出すもん出してくれたら、怪我しなくて済むぜぇ?」

「ふむ。質問に解答頂いたのは事実ですが、事前に告知なく料金を請求するのは違法ではありませんか? 先に価格を提示して頂いたのなら、一考致しますが」

「なら今回はいい勉強になったろ?」


 ナイフを首筋につきつけ、舌なめずりをする男。

 想像はしていたが、金品をせびってくる路上強盗の類らしい。


 地上に出現したダンジョンに、LAWと同じレベルの概念。

 どうやら、影一の知らない新生日本はずいぶんと物騒なことになっているようだ。

 まだまだ知るべきことは多そうだが――


 まずは、眼前の問題を片付けようか。

 影一はふぅと溜息をつき、男共に語る。


「先に申し上げておきますが、私は暴力を好みません」

「あぁ?」

「私の主義は、安心安全、ノンストレス。争い事もなく厄介なストレスを抱えることもなく、朝は快適に目を覚まし、夜は日付をまたぐ前にぐっすりと熟睡する。そんな生活を心から望みます。人生に山も谷も、必要ありません」


 理解して貰えるとは思わないが、影一の年齢は39――ああ、タイムスリップしたから肉体的には33歳か。

 世間一般では彼等の言う通り、おっさんと呼んで差し支えない年齢だ。

 結婚も恋愛もせず、家庭も持たず、仕事も程々という実に淡々と日々をすごす影一は、彼等から見たら「枯れたオッサン」と呼んでも差し支えない存在だろう。


 だが、それでいい。

 あらゆる面倒事を避け、他人との関わりを最低限にしたい影一普通の人生は、それでいい。


 そんな影一の人生にとって、もっとも邪魔なのは……。

 彼等のように、頼んでもないのに突っかかってきて、自分の人生を邪魔するような連中だ。


 社会のルールを守らず、他人に八つ当たりし迷惑をかける愚か者。

 己が悪いという反省すらなく、他人から搾取して当然と考えるような。


 そういう人間を、影一はこの世でもっとも嫌悪する。


「私は、こういった揉め事を好みません。他人と争うのは労力の無駄、そして精神の無駄だからです」

「そうかいそうかい。で? 話せば分かってくれるって言いたいのかぁ?」

「いいえ。そのような話が通じる相手でないことは、人心に疎い私でも理解しているつもりです。ではどうするか。答えはひとつしかありません」


 影一はそっと手を上げ、男の手にしていた炎の短剣の刃を掴み。

 己の体内に漂う魔力を込め、ぐっと力を込める。


 炎の短剣は――まるでスナック菓子のようにパキリと折れ、アスファルトの地面に崩れていった。


「「「……あ?」」」


 三人組がぽかんとし、地面に落ちた刃を見下ろす。

 そんな彼等に見向きもせず、影一は淡々と。


「暴力に抗うには、より強い暴力が必要となる。認めがたい話ですが、私はこれを真実と考えます。――そして昔の私であれば、警察のような公共権力に頼り、代わりに暴力を働いてもらうつもりでしたが……この世界では、その必要がない可能性について検討せざるを得ないでしょう」


 この世界はおそらく、LAWと深い関わりがある。

 理由は、まだ分からない。

 だが現実に、LAWに登場したアイテムや武器があり、ダンジョンや魔法が存在し、その存在が地上にも影響を与えている。


 同じ理由で――

 影一自身の力が、昔、LAW世界で遊んでいた当時のまま引き継がれているとしたら?


「先程、努力を重ねてレベル10になったとお聞きしました。大変結構。……しかし私は、しがない社会人ではありますが、レベル上げとアイテム収集については一家言ありまして。永遠のソロプレイヤーであり趣味の範囲ではありましたが、努力を惜しんだつもりはありません」


 影一普通はそっと肩を鳴らしながら、彼等に分かりやすく、伝えることにした。


「私の元のレベルは320です。もっとも、その設定がどこまで反映されているかは、要検証といった所ですが、ね」

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