第2話 新たな日本とダンジョン

 タイムスリップ――映画や小説で聞くような話が現実に起きている、と理解するまでそう時間はかからなかった。

 ネットの記事や、テレビのニュース。

 SNSはもちろんのこと、カレンダーの表記や世界の行事まで2022年仕様なのだから、事実として受け止めるしかない。


 もちろん、影一もすぐに信じた訳ではない。

 が、だからといって警察やSNSに「自分は2028年から来た」と口にしても、頭のおかしい人間扱いされて終わるだろう。


 ならば一旦、この状況を正しいと判断して行動すべきだ。


(状況は不可解ですが……まずは情報収集と参りましょう)


 安心安全を第一とする影一としては、自分がよくわからない状況に置かれていることを好まない。

 が、だからと現実逃避をする訳にもいかない。

 問題が発生した時は、悪化するまえになるだけ早く解決方法を模索する。

 人生を穏やかに生きるコツは、トラブルを手早く処理し、心の荷物を下ろすことだ。


 とはいえ、考えるべきことは沢山あるが――

 その前に空腹を満たそうと、影一はいつもの背広姿に着替えてコンビニに向かった。

 外出時に背広を着るのは、面倒事に関わらないための武装のようなものだ。


 幸い時間は夜であり、明日は休日。

 確か2022年なら、自分はまだ前の会社に勤めていて――ああしまった、この頃はあのパワハラ上司が部署異動してくる直前だったか――?


 と、当時のいやな記憶を思い返しながら、コンビニに入り。

 いつものドリンクコーナーまで足を運んだところで、……は? と目を疑った。



『これ一本で元気も魔力も超回復! 迷宮用魔力ポーション 薄味レモン 600円』



 見慣れたペットボトルとともに、ドリンクボックス内に――LAWに登場する、魔力ポーションが売られていた。

 それも一本ではない。

 滋養強壮剤、あるいはアルコール飲料のように平然と、複数本が並んでいるのだ。


 ……2022年に、こんな商品あっただろうか?

 いやそもそも、LAWは飲料業界と手を組めるほどメジャーな作品ではなかったはずだが。


 近くの店員に尋ねてみた。


「すみません。こちらの商品は、何でしょうか」

「へ? 迷宮用ポーションっすけど……」


 茶髪の若者がごく当たり前のように答える。

 LAWのゲーム内なら、魔力回復ポーションは必須アイテムだが、ここは現実の現代日本だ。

 ……が、店員が嘘を言っている様子もない。


 影一は「失礼」と謝罪し、そのまま店内をぐるりと回る。



『迷宮迷子にもうならない! ダンジョンコンパス新発売』

『インベントリの悩みをラクラク解決! 超小型折りたたみダンジョン傘』



 生活用品とともに並ぶダンジョングッズを前に、影一はスマホを取り出し、ダンジョン、と入力して検索をかける。


 途端にずらりと並ぶ、謎の検索結果。


 政府ダンジョン注意報。

 ダンジョン配信開始のお知らせ。

 都道府県別ダンジョンTierランキング。ダンジョン攻略専門学校。ダンジョンお困り相談は掃除屋まで。

 近年、ダンジョンアイテムを用いた犯罪が深刻さを増しています。地上では魔力密度が低いため、危険性は低いですが……


 何だ、これは?

 LAWに存在した、ダンジョンという存在が、現実に起きている……のか?


 影一はスマホで情報を追いかける。

 見ればSNSでもダンジョン探索画像が当たり前のように張られており、さらに、去年の高校一年生から”ダンジョン学”という授業が加わり、迷宮専門の警察まであり……

 ……警察庁ならぬ、迷宮庁なんてものもあるのか。


 まずいな。整理するにも、話がぶっとびすぎてて意味が分からない。

 ただ、ひとつ言えることは――


(ここはおそらく、自分の知っている”日本”ではない)


 なぜか世界にダンジョンが生まれ。

 当たり前のように生活に定着した、日本でありながら日本でない、別の世界。


 ……まあ、タイムスリップだけで現実離れした現象なのだ。

 魔法や魔力のある世界でないと、整合性がとれないといえばそうなのだが……。


 ううむ、と混乱しながら、影一は唐揚げ弁当とともに一つポーションを購入する。

 何事も実践だ。


「これは、蓋を開けてそのまま飲めば良いのでしょうか」

「へ? あ、そうっすけど、地上だと効果が薄いっすよ。ほら、地上だと魔力濃度? ってヤツが薄いんで」

「魔力濃度? その言葉は初耳ですが……しかしこちら、ボトルのラベルに健康にも良いと書かれていますが」

「ああ、薄いだけでちょっとは効果あるらしいっす。まあ売り文句みたいなもんっスね」


 茶髪の店員は嫌な顔ひとつせず教えてくれた。


 ありがとう、と影一は会釈しながら外に出て、さっそく、小瓶の蓋を開く。

 カキキ、と聞き慣れた開封音ののち口に含めば、味は確かに薄いレモンといったところ。


 意外と飲みやすくて良いな、と感心した――直後。

 じんわりと、自分の体内にあふれる熱のようなものが満ちた気がして、ほう、と影一は目を瞬かせる。


(これが……魔力、か?)


 手を握り、影一は己の内に宿る力を知覚する。


 体内で果てしなく渦を巻くような。

 念じればあらゆるものをねじ伏せてしまいそうな、強力な力の奔流。

 まるで、素手で大海を掴んだかのような万能感が駆け巡り、これが魔力かと驚いて――


(いや待て。地上だと効果が薄い、とさっきの店員が言ってた気がするが……)


 その割に、いまの影一には奇妙な高揚感を覚えるほどに、魔力を、知覚している気がするのだが……?

 小首を傾げながら、影一はなんとか状況を整理しようと考えた、そんな時――



「ぷはっ。おいおいオッサン、なに地上でイキってポーションなんか飲んでんだぁ?」



 自宅マンションにさしかかったところで、見覚えのない三人組に絡まれた。

 年齢は、二十歳過ぎといったところか。

 柄の悪そうなシャツにピアスをつけた、いかにもな若者達が、影一に威圧しながら絡んでくる。


 だらしなく半笑いになった口元といい、得物を狙うような目つきといい、宜しくない目的を抱いていることは想像に難くない。


 眼鏡を押し上げ、考える。

 普段ならすぐさま踵を返し、近隣住人へ冷静に助けを求めたところだろう。

 影一はごく普通のサラリーマンであり、前世では戦闘能力など皆無だったからだ。


 そうしなかった理由は、男の一人が右手にもつ得物に、興味を持ったから。


「お? なんだぁオッサン、俺の武器がわかるのか。へへ、オッサンの割にいい趣味してんじゃねえか」


 これみよがしに金髪男が見せびらかしたのは、人の手のひらほどあるサイズの短剣だ。

 柄の部分に赤い宝石がはめ込まれ、曲刀のように僅かに剃った刀身はうっすらと赤みを帯びている。


 影一は、知っている。

 戦いとなれば、あの刃が華麗な灼熱炎をまとうことを。


 それは通称”炎の短剣”と呼ばれる――LAWの世界にしか存在しない、炎をまとう武器だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る